神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 76
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大森林:手始め編
76 取り引き
褐色の肌に黒髪の、瞳ばかりがあざやかな黒衣の戦士が頭を下げる。
これは、我々をひどくあせらせた。
なんとなくだが、お侍に頭を下げさせてしまった町民の気分だ。侍に知り合いとかいないけど。
でも、あれでしょ? まずいんでしょ? こう言うの。戦う民族のプライド的に。知ってるんだ。時代劇とかで。
お江戸で暴れる将軍をテレビで見ながら育った世代のメガネと私は二人して、お武家様どうか頭をお上げくださいましとか言ったりしながらとにかく客たちを入り口から部屋の中へと引き入れた。
お武家様とはなんだ? みたいにテオが形のいい眉を上げたけど、いるんだ。そう言うのがと言い張って押し切る。
いいから、とりあえず、座って欲しい。
我々が若干泣いて勧めると、二人はやっとソファに座った。よかった。床にひざまずかれでもしたら、どうしようかと思った。
そうしてどうにか向かい合い、話を聞いた。ほとんどむりやり聞き出した気もする。
そこで出てきた不穏な単語を、たもっちゃんがくり返す。思わずこぼれたと言うふうに。
「騙された?」
メガネに悪気はないだろう。多分。
けれども問うように言葉を返されて、黒衣の男たちは奥歯をきつく噛みしめた。ソファに座った膝の上では、にぎった両手が少し震えているのが見える。
これはいけない。
異世界のお武家様たちのプライドが、ばきばきに折れて瀕死状態になっている。
昨日から今日までに、なにがあったのかと言う話だ。
二度目の取り引きを今日にしたのは、――いや、そもそも取り引きを二回に分けたのは、彼らに手持ちのお金がなかったからだ。
しかしグランツファーデンの素材はめずらしい。売りに出ることさえあまりない。らしい。そんな素材が必要で、目の前にあるなら、確保しておきたいと思うのは当然だろう。
だから彼らは同じく素材を探す同胞に、金を送らせると言っていた。
実際、彼らは昨日の内に連絡を取り、仲間に送金の依頼をしたそうだ。
しかし相手からの返信はその日にはなく、今日になってやっと解った。
すでに、お金はないのだと。
アルットゥは年かさであるぶん口が重くて、あまり多くを語ろうとはしなかった。それでもぽつりぽつりと事情をこぼしてしまうのは、やはり参っていたからかも知れない。
孔雀緑の目はうつむいて、表情は暗い。
「ギルドで素材を探していたら、冒険者に声を掛けられたらしい。グランツファーデンの素材があると」
「あぁー……」
我々とギルド職員は、同時にうめいた。
それ、多分あかんやつ。
いや、まともな商談でも似たようなパターンはあるのかも知れない。しかし我々はすでにだまされていると知っているので、ものすごいうさんくささしかなかった。
それは同席するギルド職員も似たようなものらしく、初老の男性は「冒険者との取り引きは、ギルドを通して頂かないと困ります」と、歯をキリキリさせながら言った。
この男性職員は、ハイスヴュステの男たちに付き添ってやってきた。昨日の夜、我々を特別室まで案内してくれたのと同じ人だ。今回の取り引き担当だったのかも知れない。
似てる別物を売り付けられるか、お金を受け取り商品を渡さないか。だまされるにしても、そのどちらかだろうと私たちは思った。
でも、それは違った。もっと悪かった。
亡き族長の娘が結婚するため、その花嫁衣裳に素材がいる。
ハイスヴュステの民の中でも有力者の娘が嫁入りするには、グランツファーデンの金の毛で花嫁装束に刺繍をするのが伝統だ。
これはかなり重要で、その刺繍の豪華さで花嫁の嫁入り先での立場が決まってしまうほど。
だから、できるだけ多くの素材が必要だ。
アルットゥと別行動で素材を探していた同胞は、声を掛けてきた冒険者たちにそんな話をしたらしい。
それはめでたい。前祝いだ、と。
素材の取り引きを持ち掛けてきた冒険者にすすめられ、ハイスヴュステの男たちは浴びるように酒を飲んだ。いや、飲まされた。
最後のほうには記憶がないほど杯を重ねて、翌朝気付けば冒険者たちと金が綺麗に消えていた。そう言うことらしい。なんと言うか、これは、取り引きにもなっていなかった。
この辺の事情をどんどんこぼしてくれたのは、アルットゥの隣に座る青年だ。
「お嬢様の婚礼に必要だと知っていて、どうして盗んだりできるのだ!」
自分の膝を固くにぎったこぶしで殴り、青年は吐き捨てる。それを横から、苦々しげにアルットゥがたしなめる。
「ニーロ」
「……悪かった」
ニーロと呼ばれた青年が、ぼそぼそと謝る。顔は完全に不満げだったが、それほど腹に据えかねていると言うことだろう。
年かさの連れがきつく口を噛むようにして耐えるのに対し、彼は身の内にぐるぐる渦巻く燃えるような怒りを全く隠せていなかった。
まあ、その気持ちはちょっとだけ解る。これは相手の冒険者が悪すぎる。
たもっちゃんが左右の眉をぐにゃぐにゃゆがめ、ギルド職員を見ながらに問う。
「こう言うの、何とかならないんですか?」
「さて……被害の訴えがあれば調査はするでしょうが……。話を伺う限り、取り引きの不正ではなく恐らくは窃盗になるかと」
初老の男は困ったように、白髪まじりの眉を下げて答える。
取り引きでないなら冒険者ギルドの管轄ではなく、自警団や場所によっては街の兵士が対処する可能性が高い。
罪状が判明すればギルド側でも該当者を処分できる規則はあるとのことだが、今回は罪を証明するのも難しいような気がする。
失ったのは現金だ。困るよね、現金。全部一緒で。持ってても証拠になんなくて、盗った盗らないの水掛け論になってしまうのが目に見えるかのようだ。
自白か目撃証言があれば楽なんですけどねー。とか言いながら、男たちはなにもないテーブルを疲れたように見詰めた。
ソファに座ったアルットゥとニーロ、たもっちゃんのちょっと丸くなった背中が、失意を体現しているようで悲しい。
それをソファの横辺りに立ち、見下ろす格好のテオや初老の職員までが掛ける言葉も見付からないとしょんぼりとしているようだ。
きっと話して行く内に、ひしひしと感じる手詰まり感が彼らにそうさせるのだろう。
――が、なんなのこいつら。
「あのさあ、おかしくない?」
これだから人間は。と冷たくあきれるレイニーと、興味なさげにあくびするトロールに囲まれながら言ったのは私だ。
頭に布を巻いたレイニーはソファの後ろに立っていて、トロールはあぐらをかいて床の上。だから私がいるのは普通にソファだ。
たもっちゃんの隣に座り、しょんぼりした男たちをまあまあバカにした視線でぐるりと見回す。なに言ってんだこいつら、と。
「なんでそれでしょうがないよねみたいな空気出してんの。おかしいじゃん。なんでそんなことで花嫁が損しなきゃいけないんだよ」
「しかし……犯人を捕まえるにしても、すぐには」
難しい。
常識的なテオの言葉に、男たちが深刻そうに目を伏せる。
「いや、だからさ。それはそれじゃん。そいつらは捕まえてお金回収した上で八つ裂きにして欲しいけど、それとは別に不幸は一個この場で消せるじゃん」
私は肩掛けカバンに手を突っ込んで、アイテムボックスをごまかしながらグランツファーデンの毛をぽいぽい取り出す。
親分の体からブラシに付いてきた毛のかたまりを、二つ三つ出した辺りでふと気付いて手を止めた。
「これ、あとどのくらいあれば足りんの?」
ハイスヴュステの花嫁衣裳を飾るには。
そう問うと、アルットゥとニーロはそろって孔雀緑の瞳を揺らした。それは多分、動揺で。
「……聞いていただろう? 金は」
「大丈夫。これ、花嫁さんへのご祝儀なんで。私が勝手に、このまま手ぶらで帰すの嫌なだけなんで」
昨日取り引きした素材はあるから、正確には手ぶらではない。でもなんか、嫌じゃん。
集落のみんながなけなしのお金を出し合って幸せを願うような花嫁が、こんなことで悲しむとか。理不尽でイライラしてくんじゃん。
とりあえず素材があれば、花嫁は祝える。
盗難に関してはなにも解決できないが、これなら私にもなんとかできる。
「あと、私ら訳あって徳を積まなきゃいけないんで。あんま気にしなくていいけど、気が向いたら神様とかに感謝してくれると助かります。で、何個いるの?」
何個? 何個? と、しつこくぐいぐい押す私の隣では、たもっちゃんが感心したみたいに目と口をぽっかり開けて呟いた。
「はー。なるほど。はー。リコ、本気でポイント貯めてギフト贈るつもりなんだねぇ」
うん、そう。一応。一応ね。
つづく