神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 373

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ラーメンの国、思った感じと違う編

373 六角形の石

「嫁さー、レミの嫁さー。立場的にも絶対見逃しちゃいけない我々をさー、なんでもないみたいなフリで通したのもしかしなくてもレミのためじゃない? しんどくない? なんでもないみたいなフリができてるかどうかは別にして。ほぼほぼ顔に動揺出ちゃってたけど、それはもうそれとして。今も役人やってる嫁がさ、国を裏切った夫の存在を確信しつつ見逃してくれんのエモくない? もうさ、推しちゃう。嫁のほうを推しちゃう。むしろ嫁になにしてくれてんだレミみたいな気持ちまである。詳しいことは知らんけど」
 トルニ皇国の玄関口たる出島の端で、船を待ちつつ海に向かって腕を組みいかつく仁王立ちした私は大体の感じで嫁を推す。
 見ろよ。淡々と、そして厳しく仕事するタイプの女性官吏が夫のことにだけ心を揺らし、あえて見なかったフリとかするんだぜ。かわいいだろ、純情。
 嫁が淡々と厳しく仕事するタイプかどうかは多分そうと私が勝手に思ってるだけだし、なんとなくごちゃっとしてそうな夫婦の間の雰囲気も根拠のない想像でしかないけども。
 そしてその純情に付け込んでルールを破らせているのは夫のレミ本人ではなくて、あんま関係ない他人の我々って気もするがそこをじっくり掘り下げてしまうと多分息の根が止まるのだ。私とかメガネの。
 いやあ、しかし。まさか文字見て誰が書いたか解るとか、全然考えてなかったよ僕は。
 こりゃー参ったみたいな感じで都合の悪い事実からゆるく顔をそむけつつ、嫁かわいいよ嫁とやかましい私に逆に冷静になったらしきメガネがすぐ隣から注意する。
「リコ、今はいいけどさ。その話、人いるとこで話すのはやめとこ」
「あ、はい」
 そもそもこの話を始めたのはメガネだが、言いたいことは解る。やむにやまれずであろうとも、国から逃れた人間の話をその国でするのは避けたほうがいい。ような気がする。
 ともかく、こうしてレミが国に残したらしい嫁の純情と職業倫理の犠牲の上に、我々は無事トルニ皇国へと足を踏み入れた。
 正確にはまだ二日ほど船で移動するのだが、出島の審査を通ってしまえばもうあとはこちらのものである。
 内海を本土へと向かうのは、これまで乗ってきた帆船よりは小さぶりだがそれでもそこそこの大きさの客室を備えた船だった。
 お陰で金ちゃんもおとなしく乗って、障壁のケージに閉じ込めて荒ぶるゴリラを目覚めさせず済んだ。
 巨大帆船によって運ばれた大陸からの客や荷物を運ぶため、小ぶりの船は何隻か連なり列をなす。
 青黒い海の中から突き出した六角形の石柱は出島から向こうの内海にもあって、むしろ本土に近付くごとに多くなって行くように見られる。
 船団はそれらをうまく避けながら、と言うよりもそこだけ不思議と開けた海路を迷いなく進むのだ。
 問題なく船が通れるように整えられているのか、その道はまるで大神殿の柱廊めいたおもむきがある。
 航路の左右に立ち並ぶ海中の柱が、存在しない空の天井を支えて道を守っているかのようだ。
 さすがにそれは気のせいだろうし、私は大神殿に行ったこともない。だから、なにもかも大体の感じで言っている。
 けれどもひとかかえもある真っ直ぐとした石柱が、どことはなしに整然と道の左右を守るみたいにずっと先まで立ち並んでいる光景は壮大なものを感じさせるものがある。
 そうして、巨大な石柱が見下ろす中を列をなした船隊で運ばれること二日。
 我々はトルニ皇国の本土へと着いた。
 テオは誰よりも早くそわそわと停泊した船から急いでおりて、海に向かって突き出した船着き場の上で両膝を突く。
「地面、素晴らしい……」
 そしてしぼり出すように、噛みしめるように、そんな呟きをこぼした。
 しかし、ここは石柱を引き倒したか自然と倒れたか、横倒しになった六角形の石の柱を数本集めて足場としただけの場所である。
 まだほとんど海の上とも言えたが、テオの中ではすがり付きたくなるレベルで陸地のようだ。揺れないし。
 ジャマんなるからとりあえず上陸しようぜと、海原の脅威から解き放たれたテオを支えて桟橋めいた柱の足場を移動。
 横倒しになった石柱はちゃんと陸地に向かって伸びていてはいたが、水面とそう変わらない高さしかないのでざぶざぶと波に洗われぬれている。
 滑らないよう注意しながら陸地に向かい、やっと踏んだ陸の地面はしかし六角形のタイルを敷き詰めたみたいな石畳だった。
 二日前、帆船での旅を終え出島に上陸した時のことを思い出す。
「あ、マジか。本土もこの石でできてんのか全部」
 さすがにおどろいた様子のメガネによると、石畳に見えているのは実際は海から突き出した石柱の頭で、それらが大量に集まって島を形作っているとのことだ。
 それは入国審査を受けるために立ちよった出島と同じではあるが、本土は全く規模が違った。
 目に入るのは、見渡す限り黒っぽい石。いや、海もある。トルニ皇国は高さのまちまちな巨大な柱と海に囲まれた島国だ。
 そして陸地に目を向けてみても、どこもかしこも本当に石の柱しかなかった。
 みっちり密集しすぎているのでなんかオシャレな柄みたいだが、石畳に見えようと石の壁に見えようと、そこにあるのはどこまでも六角形の石柱である。
 船を迎える港には海とほとんど同じ高さの石の床が広がって、しばらく先で段々と六角形の石の柱が階段のように高さを変えて上へ向かって伸びていた。
 その先は高層ビルのように高い丘になっていて、町はこの上にあるらしい。
 高い丘は石柱の密集した断崖を見渡す限りの海岸線に広がって、そのふもと、港の石床から見上げると崖のフチにぐねぐねと曲がりくねった大きめの木が生えている。
 木々は切り立った石柱の壁にがっしり太い根を這わせ、絡み合う大蛇のようなその先端をずっと下の海面にまで伸ばす。
 恐らくあれも、海水を吸い上げ真水を落とす島では貴重な水源の木なのだろう。
 まだトルニ皇国の入り口でしかないのだが、なんかもうこの光景だけで私はふええと圧倒されてしまった。
 ゴツゴツ硬く堅牢な石柱の壁を、植物の根がしなやかに気の遠くなるような時間を掛けて侵食しているこの感じ。遺跡か。悠久の自然遺産かなんかか。
 私はやっぱりこの感覚をふええとしか表現できないが、隣を見るとメガネもふええとなっていた。
 なんと言うか我々は、あんまりすげえものを目の当たりにすると語彙力がなくなるし逆に心が閉じがちな陰キャだ。感情がすぐにキャパオーバーしてしまう。
「とりあえず、宿探そっか……」
「うん……」
 そのためなんの前触れもなく急激にテンションが下がってしまい、おい大丈夫かと海の上とは逆の立場でテオに心配などされながら粛々と石柱の階段をのぼった。
 普通に高層ビルみたいな高さのある崖を、階段があるとは言っても自力で登るのめっちゃしんどい。

 少しずつ高さの違う石柱の、どこまでも長い階段を俺のことは置いて行けとか言ったり言われたりしながらのぼり、どうにか丘の上へ到着すると我々はほかの入国者と順番に、次々と、役所のような建物に放り込まれた。
 本土へ上陸した外国籍の客は、その建物で出島でもらった許可証を提示し、お役人から本土への上陸許可をもらわなくてはならない。
 そして上陸許可が下りると、なぜか自動的にガイドが付けられる決まりになっていた。
「あっ、これガイドと言う名目で国が観光客監視するやつだ!」
 予習してたとこが出た! みたいな感じでメガネが顔を輝かせ完全にボロッと失言しても、相手はあんまり動じなかった。
「その側面があるのも否定はしませんが、我が皇国は外とは全く違います。不慣れな事も多いでしょうし、安全で快適に過ごして頂きたいのも本心なのです」
 ですからご辛抱くださいと、薄く笑むのはガイドの男だ。
 我々がまあまあの人数のためか、ガイドは一人ではなく二人組の男女となっていた。
 彼らはどちらも法被みたいな形の服を二、三枚重ね、ウエストを布のベルトで、バックルのような飾りは付けずただシンプルに結んでしめてある。
 女性はその下にくるぶし程度のスカートのようなものを着け、男のほうは猿股に近い。さらに足元は雪駄のようなサンダル履きだ。
 トルニ皇国は温暖な海に囲まれているが、足元は黒っぽく冷えた岩石である。
「寒そう」
「慣れていますから」
 今はあんまり関係のない内容の、でも思わず口から出てきた私の声にもう一人の女性ガイドが口元に笑みを浮かべて答えた。
 なんとなくだが二人共笑ってるのが口元だけでビジネス慇懃って感じはするが、表面だけでも一応優しくしてれるの助かる。

つづく