神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 327
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右の靴だけたずさえて編
327 強い結束
人が煮れそうな大きな鍋と人が入れそうな壺入りの燃料油をたっぷり持って砂漠に立てたドアから戻り、たもっちゃんはサソリの肉を頬張って叫んだ。
「エビだ!」
「やはり」
さすが我が幼馴染。
私と同様に語彙力がエビ。
なお、たもっちゃんが持って戻った大きな鍋と大量の油が追加で調達してきたアルットゥへのおみやげだそうだ。
大きな鍋があると大きなフキを煮るのにいいと思った。よく考えたら自分も大きな鍋は持っていたのを思い出したが、これはおみやげなのでまた別なのだ。
あと、オイルランプを明かりに使うようなので、油はあって困らないと思った。
おみやげのセンスなど持ち合わせてはいないメガネがそんなことをキリッと言って、いやもうおみやげはもらっているしこれ以上は受け取れないと戸惑うアルットゥと若干の押し付け合いが始まる。
これは話が長くなるやつだと察し、忙しそうな二人の横から強引に割り込む。
「たもっちゃん、たもっちゃん。本どこ。本。引き取ってきてくれた?」
「ん、鞄の中。ねぇ、貸し本屋に入った瞬間くらいに蛙にするって脅されたんだけど。あれ普通なの?」
メガネはアルットゥとの言い合いを一旦止めて、ボイルしたサソリ肉のかたまりをわんぱくに両手で持った格好で顔だけこちらに向けて言う。
「普通普通。とにかくカエルにしようとしてくるから」
それに適当に答えつつ、メガネの腰にくくり付けたカバンを勝手に探るとすぐに薄い本が見付かった。
「あ、これじゅげむにいいかと思って頼んでたやつだ」
本は薄いが内容は薄い本でなく、異国の昔ばなしを集めた本だったはずだ。
この世界には我々の業界の薄い本は恐らくないような気がするし、私から見ると異世界はどこもかしこも異郷であるのでどこから見ての異国なのかは解らない。
集めてあるのは基本短い話ばっかりなので、ページ数が少なくて一番最初に写本ができあがってきたようだ。
食べるのとアルットゥを説得するのとで忙しそうなメガネの背中に礼を言い、私は受け取ったばかりの薄めの本を勝訴とばかりに掲げ持ちじゅげむの元へと急いで走った。
結局、たもっちゃんとアルットゥの押し付け合いはあちらが折れることになる。
そもそもメガネがアルットゥ――と言うか村へのおみやげにこだわっているのは、それなりに理由あってのことだ。
嫁入りを控えたクラーラのため、アルットゥと村の人たちがハイスヴュステの花嫁衣裳に必要らしい高価な素材を手に入れようと砂漠を離れていた時になけなしの資金をだまし取られるなど色々あって、望むより少ない量しか素材が手に入れられずしょんぼりしていた花嫁の伯父とその連れにご祝儀代わりにいくらか多めに素材を渡したのが始まりである。
ご祝儀だからそこに代金は発生しないはずではあったが、頑固なアルットゥが育てた頑固な姪がそれはダメだろと生まじめに異論を唱えたことから多めに渡した素材のぶんもその内に支払われることになっていた。
でもやっぱりご祝儀だし、そのまま受け取る訳にはいかないからねと、その余剰な代金は全部おみやげで返すことに決めたのだ。
決めたのは主にメガネだが、我々も文句などはなくむしろ賛同の姿勢を取っている。どちらかと言うと、一回贈った品物にお金をもらうことへの違和感が強い。
だからメガネがやたらとおみやげを用意するのも理由があるし、理解もできた。
ただちょっとややこしくなるのがこの水源の村は決して豊かではなさそうで、まだその代価を受け取ってないし、支払われるにしても時間が掛かかりそうだと言うことだ。
おみやげにして還元するはずのお金がまだ入っていないのにおみやげにして還元すると言う強い気持ちだけが先走り、おみやげのセンスを持ち合わせないメガネにあるといいなと思うけど絶対に必要でもなくて自分で買うにはちょっと勇気が出ないと言うような、微妙な存在であるでっかい鍋などをおみやげとして調達させることになったのだ。
もう訳が解らない。
と言うか今さらながらに考えてみると、今回おばばに頼んだ呪いの代価、やっぱりもうちょっと現金多めにしたほうがよかったのではないのか。
結構ぼったくられたので、あれでだいぶん支払えた気がする。
ただ、それでいくらか払えたとしても我々から巻き上げたお金をそのまま我々に渡すと言うのもしっくりこない感じはするし、ギルドの規約で我々も現金は受け取れないのだが。
こうして、まあまあどうせその内に持ってくるおみやげな訳ですしとパラドックス気味の理屈でもってメガネはアルットゥを押し切った。
なお、ご祝儀として我々が渡したグランツファーデンの抜け毛はきんぴかとした高級素材で、量としても結構あった。
つまり、たもっちゃんが用意した今回のおみやげくらいでは支払われる額には全然届かず、そのためこのおみやげ攻勢は我々が水源の村を訪れるたびにまだまだ続くことになる。
このことが逆に、善良なるアルットゥや村人たちを金策と返済の悩みに突き落とす可能性もあったような気がしなくもないが、それはそれなのだ。
結果として、そうはならずに済んだので。
我々も悪気はないのだが、人の気持ちが解らないところが大いにありすぎる。
そのせいで引き起こし掛けたこのお金にまつわる悲劇を、なんとなく回避できたのはひとえにテオのお陰でしかない。
彼は自分を買い戻すために実兄に借金をかかえていたが、同時に七槽の塩を調達する過程でメガネとレイニーに対する負債も不用意にかかえ込んでいた。
彼はそれをコツコツと、現物で返済して行くことにしたようだ。
そのためまずは狩りに参加して手に入れた、砂漠のムカデの外殻をそっくりそのままメガネに渡した。
砂漠のサソリの外殻は赤っぽくすりガラスのようで、光を通して頑丈で明かり取りの窓などに重宝される素材とのことだ。
湾曲した外殻を真っ直ぐな板状に加工するのが熟練した職人の技らしい。
テオは自分のアイテム袋からなにやら大切そうに帳面を出すと、メガネと話し合いながら返済額に設定し書き込んだ額からサソリの素材の金額ぶんを引いて行く。
この帳面に書き込んだ額とメガネに渡した素材の額が、きっちり差し引きゼロになったら返済完了と言うことのようだ。
ちょっと帳面を見せてもらうと、暴れウシの二、三倍ほどもあるサソリをあと二回くらいは狩ってこないと全然間に合わない計算だった。今回返済に充てられた素材だと、透明なガラスより価格がいくらか低くなるそうだ。
サソリが意外にお手頃なのか、塩が思いのほか高いのか。恐ろしい。
こうしてコツコツと現物での返済を試みるテオに、ハイスヴュステの民たちも気付いた。
そうか、現物でええんやと。
砂漠のふちの集落にあっては現金収入も限られているが、そのぶん砂漠の魔獣はいくらでもいる。
「えっ、いるの?」
「いる。探せば幾らでも」
おどろいて思わず口をはさんだ私に、アルットゥが普通にうなずいて答えた。
彼はテオの現物取り引きを参考に、自分たちもそうするとメガネに申し入れ相談している最中である。
砂漠って砂しかなくてなにもいないようなイメージがあったが、実際は意外にそうでもなくて探せば結構生物は隠れているらしい。恐い。
どこまでも果てしなく、しかも灼熱の砂漠の中で魔獣を長く追い掛けるのは難しい。
そのために狩りの難易度ははね上がってしまうが、その点、砂漠の民であるハイスヴュステならば慣れてるし有能だしで安心なのだ。
森の魔獣よりも割高な、けれども砂漠を探せばまあまあよくいる魔獣の素材で負債が返せると言うことに、アルットゥはほっとしているようですらあった。
それからは負債を負った者同士、テオとハイスヴュステの戦士らが毎日のように連れ立って砂漠へ狩りにと出掛けて行くことになる。
借金による強い結束である。
あとはおばばの所へ呪いの進捗を確かめに行ったり、テオたちが狩ってくるでかいサソリをメガネが軽率にフライにしたり、フライと相性のよすぎるカレーをミスカが率先して布教したりして七日ほどがすぎた。
そんな、そろそろまた冒険者ギルドのノルマ日数が心配になってくる頃である。
たもっちゃんが不意に、ゴクリとなにかを飲み込むみたいな様子で言った。
「ねぇ。もしかしてさ、俺らアルットゥにツィリルとか紹介しといたほうがよくない?」
なんか全然忘れてたけど、砂漠に新しい住人が増えたのでよろしくお願いしますって言うだけでなく、直接引き合わせなくてはならないのではないかと。
今さらながらに思い出したメガネに、我々もまた、遅ればせながらにせやなと思う。
つづく