神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 388

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

388 ツキニイチド

 振り返ってみれば我々はすでに、トルニ皇国へくるまでの海で渡ノ月を越えている。
 それはちょうど船が補給地の島で停泊中のことではあったが、まあまあえらいことになったのだ。
 あれ、どうやら船員たちが面倒がってちゃんと報告してなかったっぽい。
 いや、そうじゃないとおかしいんだよ。考えれば普通に。
 渡ノ月だけとは言っても我々がいるとでっかい魔獣がくるって言うのに、皇国への上陸や入国を拒否されたりはしなかった。
 我々に手を焼くガイドたちにしたって、傍若無人に迷子をくり返す観光客に内心の迷惑さをにじませはしても、恐れみたいな感じのものは少しも見せたことはない。
 もしもあれを知ってたら、そうはならないと思うのだ。
 はれ物を扱うみたいな態度になって当然だったし、それは我々に対してなんとなく雑なお役人にも同じように言える。
 それが、このフリーダム。
 ちょっとおとなしくして欲しいと言った動機でチンピラ三文芝居をくわだてられたり、その刑罰でガイドたちが蛍光色になったり、それでもガイドは専任だから一日中ぺったり張り付かれてはいるが。
 フリーダムってなんだっけ。
 いや、我々も相変わらずふらっと迷子になったりするので、ガイドたちのお陰で助かるところもあるけども。
 違うんだよ。私が迷子になるんじゃないんだよ。いつの間にかみんながいなくなってるんだよあれマジで。メガネが迷子になる原理は知らん。
 しかし、ガイドたちが密着するのは外国からのお客全員のことだし、我々のガイドが若干警戒強めなのは我々がふらふらしすぎているからだ。
 渡ノ月の我々がマジやばいと解っていたら、監視はこんなものではないだろう。
 ってところまで考えて、こないだの渡ノ月のできごとなどを「そんなこともあったなあ」みたいな感じで思い出す。
 そうして主にメガネと私がぼんやりと、やっぱり頭の上までも油断なく豪華に飾られた、高級宿の天井を見上げてその実もっと遠いところを見ていた時だ。
 一緒に螺鈿のテーブルを囲むテオがふと、なにかに思い当たった様子で首をかしげた。
「そう言えば、船は大丈夫なのか? 月に一度だろう、あれは」
 そろそろ移動の日程を含めてちゃんと考えたほうがいいのではないか。それとも、もう一ヶ月滞在をのばすのか。
 研ぎ澄ましたようにきらめく髪をさらりと揺らし、灰色の瞳が理知的に問う。
 おめーほんとイケメンだなって気持ちが最初にきたのでちょっと聞き逃しそうになってしまったが、テオは今、とても大事なことを言ったと思う。
「ツキニイチドノ」
「カエリノニッテイ」
 人マネがうまい鳥っぽく、変にキリッとした顔でテオの言葉を一部分だけカタカタくり返すメガネと私に彼はすっと両目を細めた。
「考えてなかったんだな」
 うん。
 大陸とこのトルニ皇国は海で隔てられている。それも皇国があるのは荒れ狂う外洋で、海の魔獣もじゃんじゃか出てくる海域だ。
 これを自力で渡ることはなかなかできないし、トルニ皇国は特に、まあまあ鎖国気味である。
 国が運行しているらしい専用の船が唯一の渡航方法で、入国も出国もかなりシビアに管理されていた。
 まあ普通に、船に乗っているべき人間がおらず、乗っているべきでない人間がいたら解りやすいだけって気もする。
 我々も帰ろうと思えば船でなくても帰れるのだが、ドアとかで。しかしくる時に船を使ってるのに帰りに乗っていないとなると、なかなかややこしい話になるような気がする。
 たもっちゃんは「あー、あれねー。はいはい。知ってた」とか言って、セリフは余裕ありげだが妙にきょろきょろ落ち着かない瞳を絵や彫り物で飾られた宿屋の豪華な天井へとそらした。
 明らかに、私といい勝負でなにも考えてない人間の挙動。
 しかしメガネはきょろきょろ泳ぎ回ってる目でなにかをガン見したらしく、うんうん頭をうなずかせ「実は前々から考えてはいたのですが」みたいな空気を出して言う。
「あのさ、あの船。あれもね、月に一回の運行って言うから毎月大陸と往復してんのかなと思ったら、月に一回片道しか運行してないっぽい」
「は?」
 思わず無意識に声が出てしまったが、これはおどろきのせいだった。
 たもっちゃんがふええとイスの上で体を引いて、「リコ、普通に恐いからいきなりキレんのほんとやめて」と訴えてくるがおどろき由来の声だからどうしようもないのだ。
「いや、キレてない。ちょっと訳解んないだけ。片道ってなんだよ」
「だからー、大陸から二十日頃に出港した船が翌月トルニ皇国に着くじゃない? そしたらそのまま次の二十日になるまで船と船員休ませて、そこからトルニ皇国から大陸へ引き返すって事みたい。まぁ、よく考えたらそうだよね。片道の航海だけで二十日近く掛かってる訳だから、往復してたら一か月超えちゃう。欲しいよね。普通にお休みも」
 それに荒海を乗り越えてきた船のメンテナンスもある訳だし、とメガネは理解を示してうなずいた。
 この変に深く示される理解は、恐らく我々がいたせいで乗ってた船が渡ノ月の魔獣に襲われちょびっと壊れたことによるだろう。
 実際壊れるところを見てるので、補修、メンテナンス、大事。みたいな気持ちはものすごくある。しかも、外洋の海では普通に魔獣と遭遇するのだ。渡ノ月に我々がいなくても。
 それを思うと船員にはよく休み英気を養って欲しいし、船を万全の状態にするのは客船としてもはや義務。
 では、来月の船に乗るとして。
 まだ日にちに余裕はあるが、我々は港から帝都にくるまでにやたらと時間を食って八日ほど。しかも港から入国審査を受けた出島まで、分乗した船で二日掛かった。
 ならば帝都で自由にすごせる時間は、十日余りと言ったところだ。
 意外にゆっくりはできないが、まあそんなものかなと。
 たもっちゃんや私がぐだぐだながらにそう納得し掛けていた横で、話を聞いていたテオが左右の眉をぐねぐねさせて首を限界まで傾け呟く。
「……それ、もう船出てないか?」
 これは誰もがうっかりしていたのだが、我々が皇国に到着したのは今月である。だから、なんとなく船が大陸へ向かうのは来月みたいな感覚でいた。
 しかし出港した日に注目すれば、我々を乗せた客船が大陸を出たのは先月である。
 そしてトルニ皇国の船は、月に一回、片道の運行と言うことが判明したばかりだ。
 つまり、皇国側から大陸に向け船が出港するのはどうやら、今月の二十日ではないのか。
「たもっちゃん、今日……」
「二十三日ですね……」
 しかも来月は大陸から戻るだけの船なので、トルニ皇国から出国できるのは再来月と言うことになる。ダメでは?
「いや無理だよ! だって二十日っつったらさ、まだタコで帝都に向かって移動してる途中だよ俺達!」
 忘れてたのも気付いてないのも全員なので誰の責任ってことでもないのだが、なんとなく責められる気配を察したメガネがなぜか必死に言い訳を叫んだ。
 なんとはなしに不穏を感じ、俺悪くないもんと即座に主張するその姿勢。さすがだ。
 私なんかあれだよ。すきあらばメガネの無計画さを追求し、逆に自分も同じく無計画であった事実を逆ギレでごまかすくらいのことしか思い付かなかったよ。
 人間て、その場で怒られないためなら割となんでもやりがちだよね。
 腹を探り合うような、これ以上は深追いせずにあいまいに終わらせたいような。
 生ぬるい緊張をかもし出す大人たちの醜い姿に、さすがになにかを感じたのだろう。
 螺鈿のテーブルに小さな両手をちょこんと載せて、その手の上に自分のほっぺをむちっと押し付けたじゅげむが「どうしたの?」と心配そうに見上げてたずねる。
 その視線の先にいるのは言葉の通じる大人として唯一、話に参加してないレイニーだった。彼女はじゅげむを見返すと、幼い不安を天の視点で鷹揚にぬぐう。
「愚かしい人間の些末なミスです。気にする事はありません」
 確かに。
 再来月まで出国できないと思うとなんとなく息苦しいような感じがするが、それだけだ。
 出港日はもうすぎちゃってる訳だし、誰かを責めてそれが変わる訳でもないのだ。
 このレイニーの言葉によって帰るのが多少遅れたところで死にゃあしねえよみたいな空気が我々の間にむくむくと生まれ、なんかもうしょうがないなってことになりおどろくほど素早く逃げるように解散して寝た。
 考えるのが面倒になったのと、なんらかの責任が発生した時に自分だけは無関係でいたいと言った汚れた大人の判断である。

つづく