神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 144
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謝罪行脚編
144 ジャンク
たもっちゃんは料理のプロである。
小さいながらも自らの店を持っていたほどだ。
だからなのだろう。私の好む簡単で手早くジャンクな味は、邪道だと言ってはばかりもしない。
「この調味料はさぁ、ほんと。リコのものぐさ加減を体現してるかの様だよね」
たもっちゃんはなげかわしいと言わんばかりに、鼻から深い息を吐く。そうして厨房に面したカウンターの上で、忌々しげにつついているのはヒョウタンに似た手の平サイズの植物の実だ。
中身は私が熱望していた、振り掛けるだけでなにもかもジャンクな味にする魔法の粉。正しくは安めのスパイスソルト。
これもまた、ドラゴンさんの自宅の下のダンジョンで採れた調味料である。
マヨネーズの入った太ったナスみたいな植物同様、このヒョウタンも中身が詰まった状態で生えてきた。
植物のすぼまった頭にはヘタがあり、それを強引に引き抜くとほどほどの口が開くようになっている。取れたヘタはコルクめいた弾性を持ち、ぎゅっとはめればフタとして使えた。
また、マヨネーズの場合は容器となった植物自体がやわらかい。なのでそのまましぼり出すことができる。
対して、スパイスソルトの入った容器はそれこそ加工後のヒョウタンのように硬い。ヘタを取ってそのまま振ると、すぼまった口の部分からぱらぱらと調味料の粉末が出てくる。
ほかにも私の願った調味料はあるが、どれもが用途に適した形状の植物としてダンジョンの中にはびこっていた。
「いやいや、たもっちゃん」
まだあわてるような時間じゃないと、私はなだめるように両手を上げて首を振る。
「ものぐさって言うかね。ほら、親切? 専用の容器に詰め替えたりしなくていいし、便利でしょ? 超便利」
これらジャンク系の調味料は、熱意を持ってわしが育てた。よくできた子なのと全力でかばうと、メガネからはそう言うとこだぞなどと言われた。プロの料理人が私に厳しい。
異世界のジャガイモ的なものを細長く切って揚げてもらって、スパイスソルトをさかさかと振る。
大皿に盛り上げ、さあ食えと。
ジョナスの店のテーブルにどかどか置くと子供たちが群がり、クマやヒツジの短い尻尾がぴこぴこと、タヌキやそれ以外の長めの尻尾はもっふもっふとうれしげに揺れた。
ちんまりとした幼げな手がいくつも大きな皿に伸び、あっと言う間にポテトフライが減って行く。その光景に、私は深い満足感を覚えた。
「よーしよしよし、うまかろう」
見ろ。ジャンクフードを前にして、堕落せずにいられる者などいないのだ。私は勝利を確信し、ふはははは、と不敵に笑った。
思わぬ伏兵が現れたのは、そんな時のことだった。
そいつはいつの間にかにしれっと子供の輪にまざり、ポテトフライを一口食べて「まぁ……まずくはない」などと優しさでコーティングしたコメントを残した。
ブルジョアである。
と言うかローバストの騎士服に身を包む、そばかす顔の年若い騎士。ジャンニだ。
やだ久しぶりと言う気持ちと、なにやってんだと言う気持ちと、じゃあしょうがないなと言う気持ちがいっぺんにきた。
あいつの実家、公爵家と遠いながらも姻戚になれるレベルの貴族だから……。ああ見えて、実はいいとこの子だから……。
オリーブオイルで贅沢に揚げて天然岩塩を振り掛けた、意識高いポテトチップスを好むような男ですよあいつは。
私の覇権は、そんなこんなで二分くらいで終わった。
ポテトフライにメガネ秘蔵の岩塩を削って掛けてあげながら聞くと、ジャンニがしれっと村にいたのは任務だそうだ。
領主の新事業で外から働きにくる人が増え、中には騒ぎを起こす奴もいる。そこで城から兵や騎士を送り込み、警備に当たらせているらしい。
ジャンニの場合は村の人に馴染みすぎてて、仕事って感じがあんまりしないだけだった。
そしてジャンニがいると言うことは、ジャンニの仲間も村の警備を担当していると言うことだ。
正直ちょっと忘れていたが、ジャンニのところの隊長と言うと例のあの。レイニーへの恋心をこじらせた、赤銅色の髪と目の騎士。セルジオだ。
だから当然村の任務には彼もいた。そして思わぬ再会におどおどと、動揺しながらレイニーの周りを付かず離れず徘徊していた。
以前事務長が視察にきた時クレブリの街でもちらっと会ったが、この鼻の下まで泥沼にはまったような男の態度も変わらない。
よく考えると、これは実に奇妙な話だ。
なぜなら近頃のレイニーは、隠匿魔法で自らの輝くような容姿を隠しているはずだったから。
なのに、セルジオの態度は変わらない。これが愛の力と言うものか。
と思ったら、隠匿魔法の特性としてすでにその対象の状態を知ってたり特に注意を払ったものには効果が薄いとのことだ。リア充に秘められた能力とかじゃなかった。
隠し切れない男の純情を全力で応援する部下たち。完全におもしろがる村人。酒のさかなにする最近きた移住者たち。それを見物する我々。
そんな感じでわいわいやって、途中、はっと我に返ったうちのメガネがエルフの里へ行かねば。入り浸らねばと村からの出奔を試みたりもしたが、まだ手続きがあるから引きとめておけと事務長の意を受けていたリディアばあちゃんに阻止された。
あれまあ、もう行ってしまうのかい? でも、仕方ないね。大事な用があるんだものねえ。おばあちゃんは解ってるからね。好きに遊んでるように見えて、いっぱいがんばってるいい子だって、ちゃんと解ってるからねえ。
みたいなことを憐れげに言い、我々の息の根をあざやかに止めた。
「ひどい」
「さすがだ」
なにもがんばってない我々の、めちゃくちゃ的確に痛い所を突いてくる。
ダテにリンデンの親をやっていないと、たもっちゃんと私はうなった。
せっかく村にいるんだし、どうせだったら懸案の窓ガラスでも作るかと。たもっちゃんは日中せっせと作業していたようだった。
私はあんまり手伝っていない。大体は群がってくる村の子供と、忙しく水あめを練っていた。
割り箸めいた二本の棒でぐりぐりと白くなるまでよく練った水あめは、いつも半分金ちゃんにあげる。白くなめらかに練る工程は片手では難しい。
これは私だけのこだわりで、金ちゃんは多分そのままでも気にしていなかった。気にしたのは子供だ。私が毎回そんなことをしているのを見て、そう言うものだと思ったらしい。
幼い手で一生懸命こねくり回した水あめを、子供らはいつも慎重に完璧に二つに分けた。そしてその白い水あめがくっ付いた二本の箸を真剣な顔付きで見詰めたあとで、三段ほどの階段の上から飛び下りるような思い切った様子で金ちゃんの口元にぐいっと片方差し出すのである。いじらしくて笑う。
別にこれ作法じゃないからあげなくてもいいと一応は言ったが、あんまりやめる子はいなかった。おやつをあげると、金ちゃんのサービスがよくなるからだ。
肩に子供をぽいぽいのっけてその辺を歩いてくれたりするので、特にまだ小さい子供はきゃいきゃい騒いでよろこんでいた。これが少し大きな子供になると相撲めいたなにかが始まり、それはそれで楽しいようだ。
リディアばあちゃんのあざといクマ顔がチラついてさすがにエルフの里へは行かなかったが、日暮れになるとドラゴンさんの所へ通った。ダンジョンで調味料を育てるためだ。
夜中までねばってダンジョンを出ると、まだどこかしおれたままのドラゴンさんと夜食を食べる。それから村へ戻って寝るのだが、寝床は二階の寝室ではなく一階の居間だ。
二階には大体お客がいるので空いてない。たもっちゃんが建てた家なのに。
そして今ちょうどいるのは、ローバストの役人やジャンニのところの隊長とかだ。
眠る部屋は当然別だが、一つ屋根の下にレイニーが泊まると知った時のセルジオの動揺。
すごかった。確かに、貴様はラブコメの主人公かと言いたくなる状況かも知れない。しかしあいつは本当にいいリアクションをする。
とりあえずめちゃくちゃ笑ってしまい、上司を敬愛する若手の騎士からまあまあの感じで怒られた。人の純情を笑ってはいけない。
こうしてのんびりしているようで忙しく、しかしやっぱりだらだらと数日がすぎた。
メガネをちょっぴり手伝った私によってこの世に生まれたエキセントリックなステンドグラスは、変に気を使ったジョナスによって店の入り口に飾られた。のちに、これが訪れる者に底知れない不安を抱かせることとなる。
また、ついでだからと食堂には専用の棚が設けられ、フィンスターニス討伐で折れたナイフとぶよぶよの死骸に長く埋まってべろべろにふやけた私のブーツが飾られた。フィンスタ殺しの祭壇だそうだ。
なぜなのと言う気持ちが強い。
つづく