神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 265

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ネコの沼とシュピレンの闇編

265 魔族の話

「は? 魔族? 叔父? 魔族の? 買ったのは双子の子供だったよな? は?」
 ――と、そんな感じでキレ気味に、混乱しながら詰めよるテオに我々は思った。
「これ、言ってなかったっけ?」
「そうだっけ? あれ? じゃあ黙っといたほうがよかったのかな。もう遅いけど」
 確かに、魔族と魔獣の襲撃で王都の公爵家がぼっこぼこになった去年の夏のある夜に、テオはその場にいなかった。そのことはしっかりと覚えてる。
 しかしその襲撃事件に付随する、魔族の男を茨に巻いてアイテムボックスに片付けた話はどうだっただろうか。
 その後、大森林の間際の町で合流してからテオにも話してなかったっけと思ったが、多分話してなかったのだろう。私には解る。
 この、理知的な灰色の目を見開いた上に、全身で「何してくれてんだ」みたいな感じを出してくるテオには、ほかに可能性が思い当たらないだけだが。
 ちなみにいくつか連ねて建てた、長いトンネル状になったテントの中にはテオのお兄さんやその部下の騎士たちもいる。
 隣から飛び込んできた我々がどうでもいい話をいきなり始め、あまり聞かないようにしてくれていたようだがさすがに魔族の話は別らしい。
 大体はテオと同じような表情で「お前ら何とんでもない事をしてんだ」と、そんな感じで我々を囲んだ。黙っときゃよかった。
 しかも、全部は話してないのにこれだ。
 去年の夏に公爵家が襲撃されたこと、そしてその時に捕らえた魔族の男をそろそろどうにかしないといけないことと、それが昨日買ったばかりの魔族の双子の身内になるのでその辺をうまいことやりたいと言うのは正直に伝えた。
 隠したのは全自動ながらに私が魔族を茨で巻いて、その恩寵スキルの茨で巻くとなんか知らんが巻かれたものの時間が止まり、どんな理屈か解らんが生き物が入らないはずのアイテムボックスに収納できる、って辺りだ。
 あと、でたらめなアイテムボックスについてもなんとなく面倒なので秘匿した。
 そのために我々は魔族の男を一年もどことも知れぬ辺境に監禁しているヤバい奴と言う話になってしまったが、これはキリック兄弟や隠れ甘党からはむしろあきれ半分に感心された。
「実際に戦った事こそないが、体は頑強、魔力も強く、魔法も使う。エルフですら敵に回せば厄介だと言うのに、魔族ともなれば手に負えるものではないと聞く」
 そう話す騎士らの言葉には、「腹立たしいことに」とにじむかのようだ。
「逆に、エルフってそう言う感じなの?」
 かなり昔に人族の国をぼこぼこにしたと聞いてはいたが、今や私の中のエルフと言ったらカニとラーメンにウホウホ言ってるイメージしかない。
 なんか全然、ピンとこないって言うか。
 しかし、魔力と魔法の能力は高いが体力的にはそうでもないらしい、見るからに線の細いエルフですらそうなのだ。
 魔力も体も頑強な魔族ともなると、ただもうヤバイ。その魔族を生け捕りにしただけでなく、逃がさず殺さず一年も虜囚にすると言うのはなかなかあり得ない話とのことだ。
 それを思うと魔族の双子が奴隷になってんのはなぜなのとも思うが、エルフだって非合法ながら奴隷になってることもあったし、例外や油断と言うものもなくはないのかも知れない。しかもあの双子の少女らは、もっと幼い子供の頃から奴隷の状態のようだった。
 まあ、とにかく。
 魔族の男を捕えている件に関しては、嘘って言うか。大体は誤解をそのままにしているだけなので、実際は意識もなにもなく冷凍保存に近い状態で置いているだけだ。
 ……うん。ごめん。解凍するから……。もうすぐ……もうすぐ解凍するから……。
 たもっちゃんがごにょごにょと色々ごまかし説明しているその横で、良心の思い出し呵責に襲われて私はウッと胸を押さえる。
 そんな中、隠れ甘党のヴェルナーが「しかし」と難しい顔をした。
「大丈夫なのか? 一年前の騒動なら聞いている。魔獣の群れが王都の守りを破って侵入し、公爵家が被害を受けたと。その件に加担していたのだろう、その魔族は。だとしたら何故、国から罪に問われもせずにお前達に任せられている? それに、解放しても構わないのか? また同じ事を繰り返さないとどうして言える?」
「やばいなヴェッくん……。めっちゃ正論で攻めてくるじゃん」
「リコ、ちょっと黙ってて。あのね、一言で言うと、あの人ちょっと事情があって正気じゃなかったんですね。その時は」
 主には悪魔とうっかり契約などを交わしてしまい、体をいいように使われてただけだ。
 そして魔族の男を支配していた悪魔については、捕獲後すぐにレイニーの上司さんが金ぴかの玉にして回収して行った。つまり。
「その辺はもうクリーンなんで、大丈夫って言うか。あとはほんと、解放するだけって言うか。そして、それを先送りにして忘れてたって言うか……」
「たもっちゃん……」
 その言いかたはお前……、あれだぞ。
 悪魔のこととかはぶいてるから、錯乱状態から回復し正気を取り戻したどっちかと言うと罪なき者をただただ閉じ込めてることになっちゃってる気がするぞ。
 そしたらな、そしたらお前。我々の人間性がな、また疑われてしまうじゃん。
「おい、忘れてたって何だ?」
「捕えた魔族を解放するのが人族の脅威になるならないの問題以前に、その理由はさすがにないぞ」
 ほら見ろ。
 さすがの隠れ甘党も、甘いものをちらつかせたところでごまかせないレベルでざわついている。
 そもそも、どうしてお前らがそんなヤバいのを預かっているのかと。
 ヴェルナーから既出の疑問を含めながらにわあわあと、なぜだなぜだとアレクサンドルや隠れ甘党の騎士たちが包囲の輪を縮めて我々に詰めよる。
 そう言えば、あれってなんでだっけとよくよく思い返してみると、あの襲撃の原因と言うのが自分のかかえる渡ノ月のバグをまだ知らず、我々が公爵家で連続二回渡ノ月をすごしてしまったことだった。
 で、ほかの事情も色々あって我々は事件後すぐに王都を出された。
 そして次に王都へ行った時には表向き、去年のあれは襲撃ではなく魔獣の被害ってことで落ち着いていたのだ。
 つまりどう言うことかと言うと、やはりこれ、人に話してはいけなかったのではないかと言う気がとてもする。
 たもっちゃんと私は、テオとアレクサンドルのキリック兄弟や隠れ甘党の騎士たちがいるテントの中で静かにすっと腰を浮かせた。
「じゃあ、我々はこの辺で」
「待て待て待て」
「やだー! これ多分話しちゃダメなやつだった! やだー!」
「それを叫んでる時点で手遅れだ! 全部吐け!」
 そうなんだよ。手遅れなんだよなにもかも。
 うちの常識人テオと、その常識人の兄であり同じくなんだかんだ常識人のアレクサンドル。そして常識人を上司に持って常識が騎士服を着ているかのようなチーム隠れ甘党にずいずい囲まれ追求されて、我々はくやんだ。
 そうだった。
 あれ、なんか解らんけど力業でうまいことごまかしてもらったやつだった。
 完全に忘れてたので多分だが、あの場に魔族の男がいたって話は明かしちゃいけなかったのだ。びっくりした。普通に忘れてて。
 しかしもう、なんか。全部話さんとどうにもこの場が収まらんかも知れん。
 あまりにも失敗がアホすぎて一時はそんなパニックまじりの覚悟までしたが、結果を見れば事態は意外な収拾を見せた。
 バカなのだなあ、と顔に書いてあるようなレイニーだけを輪の外に置き、我々を囲む常識人らにメガネと私がしどろもどろに言い訳していた途中のことだ。
 この、主に襲撃事件の隠蔽と魔族についてはアーダルベルト公爵も承知で、また、ごまかすのに加担したのは今も同じデカ足に乗るヴァルター卿であることを我々がポロッと告げた途端に全員がぴたりと口をつぐんだ。
 そんな中、挙動不審にぼそぼそと沈黙を破るのは隠れ甘党たちだった。
「ちょっと、馬の様子を……」
「夕食の準備をそろそろ……」
「危険がないか見回りを……」
 そして逃げた。下手くそか。
 しかし上司のアレクサンドルを置いて、腹心の部下であるはずのヴェルナーまで消えたのを見ると、なんか。公爵すごいなって。あと、老紳士。
 巨大なムカデの背中に建てた三角形のトンネル状のテントには、我々のほかには沈黙と、二人そろって頭を伏せて武骨な片手で顔面を押さえたキリック兄弟が残された。
 なぜだか全然解らないのだが、この話はこれ以降、最初からなかったことになる。理由はさっぱり解らないのだが、とにかくごめん。
 なにかをあきらめ疲れ果てたテオに子供と金ちゃんを預け、たもっちゃんとレイニーと私が魔族の少女らと共にこっそり砂漠へ飛び立ったのはそれからほどなくのことになる。

つづく