神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 117

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


エルフと歳暮と孤児たちと編

117 砂糖か塩かダシ味か

 まだ形もできてない孤児院ではあるが、しかしその中にはすでに二人ほどの逸材がいる。
 一人は孤高のうるさがた、元クレブリの城主夫人のユーディット。
 もう一人は銀座ナンバーワン、あざとい幼女のロッティである。
 方向性の全く違うこの二人はしかし、恐ろしい勢いで癒着した。ずぶずぶのどろどろである。
「ご覧なさい、ロッティ。玉子焼きの味一つで、大の大人が朝からあんなに醜い言い争いをするなんて。あの様な無様な大人になってはいけませんよ」
「はあい」
「あら、良いお返事。今日は美しい歩き方を教えてあげましょう」
「わあい」
 あらあら、ほほほ。とか言って、やったー。とよろこぶ幼女の手を取り武士のような貴婦人は自分の席へと去って行く。我々の心に傷を残して。
 砂糖か塩かダシ味か。厚焼き玉子の味をめぐって、争っていたのはメガネと私だ。
 たもっちゃんは砂糖派なのだが、私は塩かダシがいい。しかし作るのは砂糖派のメガネで、私はいつも勝負の前に負けている。確かにムダな戦いではあった。
 クレブリの街の外れにあった、廃倉庫を買って十日近く経つ。本来は二階建ての作りだが、まだ真新しい柱や梁が見えていて建物の中のほとんどが吹き抜けのような状態だ。
 だから食事も土がむきだしの一階に、ベーア族の村で家を作るついでに作った、やたらと数のあるテーブルとイスをぽいぽい並べて食卓にしているにすぎない。
 席に着くのはわきゃわきゃと騒がしい大勢の子供と、貴婦人や侍女。しれっとまざるエルフが二人に、アーダルベルト公爵家の私兵たち五人だ。
 私兵たちに関しては王から派遣された兵士同様、すでに本来の仕事は終えていた。なのに仲間と一緒に王都へ戻らず、本職の大工にまざって床板を張るなどしてくれている。助かる。
 金ちゃんは専用の石テーブルですでにがつがつと食事を始め、レイニーは子供と一緒にイスに座って、まだですか、みたいなキリッとした顔でこちらを見ていた。
 その近くに座る子供らが一緒に妙にキリッとした顔で、もう食べよ、と訴えてくるので顔芸ってうつるのかも知れないなと思った。
 彼らは玉子焼きにこだわりがないらしく、誰も私の味方をしてはくれない。その代わり、たもっちゃんの味方でもないが。
 基本、たもっちゃんと私が言い争うのを早く終わらせろと口をはさみつつ見ているだけだ。
「毎朝毎朝、よく飽きずに同じ事でもめるな」
「覚えといて、テオ。食文化と言うものは、妥協したらそこでたちまちに滅ぶんだ」
「……そうか。ほら」
「ありがとうございます!」
 食文化もなにもそもそもお前料理しねえじゃねえかと言う言葉を飲み込んで、テオは私の前に皿を置く。載っているのは玉子焼きだった。少し不格好ではあるが、それが塩味であることを私はすでに知っていた。
 そもそもこの異世界で、玉子焼きの味付けについて毎朝の争いが始まったのはここ数日のことだった。
 理由はかなりはっきりとしている。
 たもっちゃんに依頼されたドワーフの鍛冶屋が、厚焼き玉子を焼くためだけの四角いフライパンを納品してきたのが始まりだ。
 それまでは玉子焼きは玉子焼きでも、目玉焼きかスクランブルエッグかオムレツくらいしか選択肢がなかった。
 完全に私の主観だが、洋風の卵料理は独特の味でもまあそう言うものかなと思う。しかし厚焼き、お前はダメだ。
 フライパンに卵液を薄く引いて焼き、表面まで乾き切る前に端から折り畳むように巻く。そうして幾重ものレイヤー構造を作りながらに焼き上げた、日本式の厚焼き玉子。あれだけは、ダシか塩でなくてはならぬ。
 なぜそれが、砂糖派には解らぬと言うのか。
 いや、知ってる。砂糖派だからだ。
 私がダシや塩を否定されるとガチギレるように、砂糖派は砂糖を否定されるとガチギレるのだろう。しかし譲れぬ。お互いに。こうして世界は争いに満ちて行くのだ。
 悲しいけれど、いくさなのよね。と朝食のたびに衝突していたある日のことだ。テオが卵を焼き出した。それまでの数日でメガネの手順を覚えたらしく、手付きは少々ぎくしゃくしていたがちゃんと薄く焼いて巻いていた。
 そうして初めて作った厚焼き玉子を出してきて、テオは灰色の目を細めながらに苦々しく言った。
「毎朝毎朝、お前達の喧嘩は長いんだ。リコにはおれが焼いてやる。もう黙れ」
 あっ、はい。となって、今にいたる。
 このところ毎日焼いているから、玉子焼きを巻いて整えるテオの技術はめきめきと向上を見せていた。それだけでもじわじわきて困るのに、あいつは隠し玉を持っていた。
 街の鍛冶屋のドワーフに、卵を焼くためだけの四角いフライパンを自分用に注文していたのだ。さすがに笑った。そして怒られた。ごめん。ありがたいとは思ってる。

 孤児院を作る。
 と、言うだけなら簡単だったが、実際作って運営するのはなかなか面倒なことらしい。
 そもそも孤児院と言うものが、この世界にはあまりない。その役割を神殿が果たしているからだ。
 なのでそれで、まあまあもめた。クレブリの街の神殿と。
 ひらひらとした神官服に、日焼けしてない白い顔。汚れ一つないぴかぴかの靴。
 神官たちは、そんな姿で現れた。まあそれはいい。清潔なのはよいことだ。
 ただ改築途中の廃倉庫の中まで断りもなくぞろぞろ連れ立って入り込み、彼らはそろって不愉快そうに手の甲で口や鼻の辺りを押さえた。
「この臭いは何だ?」
「あれでしょう。この者達は、カニやエビを好んで食すとか」
 ああ、それで。と言うように、一番ひらひらした神官服の男性がくいっとアゴを上げながらめちゃくちゃ上から見下ろしてきた。精神的に。
 さすがの私も、これには気付いた。こいつら嫌な奴らだなと。なんか知らんが、とりあえずケンカ売りにきたんだなと。
 そう思いはしたのだが、ちょっとだけ不安になったりもした。においの話題は繊細すぎる。嘘でしょ。そんな気になる? 甲殻類のにおい。
「えっ、におう? におう?」
「んー、わかんない」
 わかんないかー。
 その辺の子供に確かめてみたが、よく考えたらその子は幼い。多分、気にせず甲殻類を食べてるタイプだ。もっと年長者に聞くべきだった。
 きょろきょろと年長組の子供を探したが、彼らはそれどころではないようだ。血相を変えて小さい子たちをかかえ上げ、クモの子を散らすように逃げている。
 神官たちがやってきたのは、まだ午前中のことだった。しかしお昼が近いので、倉庫の中には大体の子供たちが集まっていた。
 中には逃げ遅れた子もちらほらといて、神官たちに腕をつかまれ抵抗する様子が釣り上げられてびちびち暴れる生きのいい鮮魚のようだった。
 しかし知らんおっさんにいきなり腕をつかまれて子供が泣いて嫌がってるって、絵面としてはちょっとした事件ではないのか。
 そもそも、子供たちはなんで神官から逃げるのだろう。
 神殿が孤児を預かる機能を持つなら、そこを頼れば食事や寝る場所の心配はいらない。
 それなのに、ここにいる孤児たちは神殿からの助けを拒絶しなんとか自力で生きようとしていた。もちろん、大人の助けがあってのことだ。漁師が雑用と引き換えに、魚を与えるのもその一つだろう。
 だからどうにか街で生きてられるが、でもなにも困っていないのかと言うと疑問だ。
 困ってないなら、私たちの所へくる必要もない。ただの食事目当てと言う気もするが。
 孤児たちは、まだ我々を信用していなかった。
 朝には必ず、ちゃっかりごはんを食べにくる。午前中は倉庫に留まり大工たちを手伝ってみたり、ユーディットに構われたりして、午後は海岸で漁師たちを手伝う。
 駄賃にいくらかの魚を手に戻り、それをメガネに調理してもらう。そしてその夕食を終えると、孤児たちはまたどこかへ消えてしまうのだ。
 恐らく彼らにもねぐらがあるのだろうが、もう冬だ。雪がちらつくこともある。少しだけなら床もできたし、ここに泊まれと言ったこともあったが嫌がられてダメだった。
 きっと孤児として暮らす内、なにかがあったのだと思う。大人を信じられなくなるような、なにかが。
 はっきりとした根拠はないが、その原因の一つには神殿があるような気がしてならない。
 子供たちが逃げ回ってるし、なにより神官の感じが悪い。単純に、私があいつら嫌いだなーって。これはもう、ケンカだなーって。
 しかしそんな私より先に、ケンカを買った人がいた。神官たちの言動に、静かにガチギレのユーディットである。

つづく