神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 22

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クマの村編

22 事務長

 会議室に現れたのは、ムッキムキのおっさんだった。
 鍛え上げた大きな体を包むのは、騎士団長の制服だ。クセのある黄色い髪とヒゲが顔の周りで逆立って、内面の激しさを表わしてでもいるかのようだ。
 この時点で威圧感がすごいが、その上ビリビリするような大きな声で怒鳴るのである。もう、訳が解らない。やってもいない犯罪を自白してしまいそうになる。
 これがフィンスターニス討伐の報にガチギレし、調査目的で村に騎士を送り込んできた男。正道大好き騎士団長のマルセロだった。
 彼は遠慮もせずにずかずか部屋に入ってくると、イスに腰掛けた事務長をにらむように見下ろした。
「いいか。こんな得体の知れない冒険者から、手柄を譲られたと知れてみろ。ローバスト騎士の面子が――」
「私は騎士ではありませんし、面子のために仕事をした事もありません」
 この恐ろしげな騎士団長に、しかし事務長は容赦なかった。トントンと足の先で床を鳴らし、口元だけでひやりとほほ笑む。
 完膚なきまでの一蹴である。
「あっ、これ意外と社内では事務方が強いパターンのやつだ」
「解る。騎士って、理想とプライドしか気にしてないもんなー。事務方に発言力ないと、すぐに経営破綻しちゃうよな」
 まあ、そう言うものですか? と感心するレイニーをまじえ、小市民である我々は好き勝手にひそひそと言い合った。
「そんなはずはない!」
 叫んだのは、ヴィエル村に派遣された若い文官だ。
「騎士は、ローバストの誉れです! それが……そんな。文官に負けるなんて……」
「その通り。ローバストの繁栄は、騎士あってこそ。文官ごときが、比べ物になるはずがない。なぁ、マルセロ。……そうだろう?」
「あ、ああ。そう? そうだとも」
 若い文官をなだめるように、事務長は言った。が、ひとっカケラの説得力もない。そうだろう? と問い掛けながら、机の下では騎士団長を蹴っていた。
 心なしか黄色のクセッ毛がしんなりとした騎士団長は捨て置いて、事務長はさくさくと詳細を詰めた。たもっちゃんに額を引き上げようと言う気がなかったのもあり、そこからはかなり話が早い。
「リコ、魔石出して」
 たもっちゃんが言ったのは、交渉が成立してすぐのことだ。言われた通り、肩に掛けたカバンの中から魔石を取り出し机に置いた。
「素材って、これも含めてですよね。お渡ししときます」
 たもっちゃんが事務長に向けて魔石を押すと、隣のイスでしょげていたおっさんがあわてたように身を乗り出した。
「これは……見事だな」
「えぇ、本当に。殆ど消費が見られない。フィンスターニスの魔石としては最大だろう」
 事務長も、おどろきを隠さず騎士団長の言葉にうなずく。
 どうも、魔石と言うのは充電池のようなものらしい。魔獣は体内の魔石に普段から魔力をためておき、いざと言う時にそれを使う。
 魔石は魔獣が魔力を消費するほど小さくなってしまうので、大きな魔石を得るためにはできるだけ素早く倒す必要がある。当然ながら、相手が強い魔獣ほどそれは難しい方法だ。
 例えばフィンスターニスを狩る時は、わざと体力と魔力を消費させ疲れさせてから止めを刺す。
「今さらだが……本当にお前達が討伐したのか?」
「マルセロ」
 素朴な疑問を口にした騎士団長を、事務長がとがめる。しかし、こちらは誰も気にしなかった。て言うか、解るよ。その気持ち。私たちも同じことを思っているので。
「いいんです。多分信じてもらえないと思って、この魔石持ってきたんで」
 むしろ交渉が順調すぎて、逆にびっくりしたくらいだ。
 そう笑うたもっちゃんの横で、私は話が見えずに首をかしげた。
「この魔石があったら、信じてくれるの?」
「普通の素材だとそんな事ないんだけど、このレベルになると鑑定スキルで仕留めた人の名前が出てくるんだよね」
 へえ、名前が。仕留めた人間の。
 なあメガネ。その話、初耳なんだけど。
「え、嘘でしょ? それって消せないの? 永遠に名前さらされ続けるの? プライバシーとかないの? ねえ、たもっちゃん!」
「それは知らないなー」
 ダメだ! 完全にひとごとだと思ってる。
 私が頭をかかえていると、「リコ・オオノギ」と名前が呼ばれた。
「私だ!」
 大きな魔石に視線をそそぎ、言い当てたのは事務長だった。
 領主の城に入る時、冒険者ギルドのカードで身分照会は済んでいる。だから名前は知られていても不思議はないが、カードに書いてあるのは「リコ」だけだ。
 こちらで使ったことのない、私の名字までバレている。これはほんとに魔石のステータスに刻まれているっぽい。
 なにが困るか聞かれてもぱっとは思い付かないが、なんとなく嫌だ。あー、嫌だー。
「あ、鑑定スキルですか」
 私は結構取り乱したが、たもっちゃんは全く気にせず事務長のほうを見て言った。その言葉に、どきっとした。鑑定スキルで見られたら、色々まずいものが出るかも知れない。
 これはしかし、ただの余計な心配だった。
「えぇ。……だから、最初から君達を疑う気にはなれなかった」
「何が見えた、ハインリヒ」
 不審げに問う騎士団長に、彼は静かに首を振る。
「何も。私には、彼らのステータスが見えないんだ」
 鑑定スキルで人のステータスを見るためには、対象のレベルが自分より低いことが条件となる。
 このことは、世界の常識のようだった。事務長の告白に、会議室の中にいたほとんど全員が息を飲んだ。
 私は違う。鑑定スキルの条件は、あとで聞いて知ったので。この時はただ、ほっとした。助かったとさえ思った。
 いやだってね、ステータスに強靭な健康とか、鉄壁のメガネとか、鉄槌を落とした守護天使とか出てきてごらんよ。
 困る。ただただ、困り果てる。
「君達の素性が気にならないと言えば嘘になるが……深入りしない方がいいだろうな」
 頭のいい人は、勝手に深読みしてくれる。
 神経質な文官は、薄く笑う。あきらめたように。そして少し、残念そうに。

 交渉を終えて城を出ると、空はすっかり暗かった。
 取り引き自体は順調に成立したのだが、報奨金を準備するのにえらく時間が掛かったからだ。面倒な手続きが多いのは、世界を問わずお役所の宿命なのかも知れない。
「どうする? もうギルド行って寝る?」
「いや、ちょっと見て回りたいかな」
 疲れた気分で私は問うが、たもっちゃんは初めての街に興味いっぱいと言う感じだ。城の門番に大通りの場所を聞き、元気いっぱいに歩き出す。
 もう帰って寝たい私を引きずり、レイニーがそのあとを追い掛ける。団体行動を乱すなと、クラス委員に怒られた中学の修学旅行を思い出した。
 昼間は馬車に詰め込まれて到着し、そのまま城へと直行した。街を見るのは、これがほとんど初めてだ。
 たもっちゃんに付いて行くと、やがて大通りのような場所に出た。人が多く、雑然としていて、まるで市場か年末の商店街みたいだ。
 通りをはさんだ両側に小さな商店が立ち並び、雑踏に向かって盛んに客を呼び込んでいる。どの店先にも魔石で光るランプがあって、その不思議なぬくもりは子供の頃に連れられて行った祭りの屋台を思わせた。
 ローバストは、これまで見てきたどの町よりも活気があった。
「ねー、リコ。何買って行けばいいと思う?」
 ちょっと楽しくなった私とは逆に、たもっちゃんが悩んだような声を出した。
「当面の食料とかは城から支援してくれるみたいだから、それ以外で。何かない?」
「あー……村の人に?」
「そう、何かで返さないとさー。畑潰しちゃった分くらいは」
 確かに、それは悩む。たもっちゃんが穴を開けた部分だけでも残っていたら、多少は収穫できたかも知れないもんなあ。
 ダメにした作物を返したいけど、それでは食料が中心の城の支援品とかぶってしまう。
「解んないけど、とりあえず子供に甘いもの買ってあげたい」
 そしてかわいく、ありがとうとか言われたい。食べ物だけど、おやつは別だ。ティモの弟だけでなく、村にはほかにも子供がいるらしい。多めに買っておいたほうがいいだろう。
 小さな店を覗き見ながら、お菓子屋さんを探して歩く。そんな時だった。
 レイニーがすっと私の隣を離れ、たもっちゃんのそばへ行く。そして少し顔をよせ、小さな声でささやいた。
「誰か、後を付いてくる者がいます」
 もれ聞こえた不穏さに、ぎくりとする。

つづく