神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 330

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

330 そうだ、

 たもっちゃんが唐突に言い出したのは、アルットゥやクラーラたちとピラミッドの住人を引き合わせてから二日ほど経ってのことだった。
 すすけた低い天井の下、穴倉みたいなおばばの家でなんとなく不穏に煮込まれている鍋の中身を見ながらにぼそりとこぼすように言ったのだ。
「どこかにときめきを忘れてきた気がする」
「たもっちゃん、どうしたの。バブルの頃のOLさんみたいなこと言いやがるじゃん」
「そうだ、エルフの里へ行こう」
「おっ、さてはオメー最初から会話するつもりねえな?」
 我々はこの時、呪術師である村のおばばがハイスヴュステに伝わるらしいなんにでも使えるお薬を丹精込めて作る様子を見せてもらっている最中だった。
 見たいと言ったのはメガネとついでに私だが、これがなかなか退屈でつらい。
 なにしろ原料となる毒草と毒を中和する材料などを、使い込んで古びた鍋に雑にぽいぽい放り込みあとはひたすらまぜて煮るだけだ。
 実際はただ煮ているように見えているだけで、おばばが繊細に効能などを調整しながら薬に仕上げているのだそうだ。が、解らないものは解らない。
 ではそんなど素人でしかない我々が、どうしてお薬を作るところが見たいなどと言い出したのか。
 その理由は二日前、アルットゥらにピラミッドまで足を運んでもらった日にさかのぼる。
 いや、お薬の原料になる毒草が魔族の三人に水やりしてもらってる花壇ピラミッドで採集した草ってだけなんですけどね。
 花壇化したピラミッドの中でいい感じに育った草をクラーラと一緒にむしっていたら、急にすっくと立ち上がった彼女が早足にツィリルと話し込むアルットゥの所へと行った。そしてやはりなぜか早足のアルットゥを連れて戻ったと思えば、例の、毒性がえぐくて売り物にはならないと聞いて私がせっせと砂に埋めなかったことにし続けていた毒草を譲って欲しいと言ってきたのだ。
 不思議に思ってなぜかと問うと、ハイスヴュステの呪術師に掛かればえぐいレベルの毒草もいいお薬にできるのだそうだ。
 頭痛にも腹痛にも発熱にも外傷の鎮痛薬としても使われて、しかし毒性は完全にはなくならないのでことあるごとにこの薬を摂取する内に結果としてハイスヴュステの者たちは毒に強くなったりならなくなったりするらしい。毒耐性が付くかどうかは体質による。
 シピとミスカが一緒に草をむしってた時にはそんな話聞かなかったなと思ったら、毒草が薬の原料なのは別に秘密ではないのだが毒草を欲しがると普通に気味悪がられてしまうので空気を読んで控えていたそうだ。
 アルットゥとクラーラも、結構思い切って言ってみたらしい。
 そうして、毒から薬ができるってところとちょっとずつ体を慣らして毒に耐性を付けるって辺りになぜかうっかり胸がぴょんぴょんしてしまった我々は、もうかれこれ二日ほどただただゆっくりおばばが鍋をかきまぜる姿をじっと見守り続けているのだ。しんどい。
 軽率に薬作るところが見たいとか言うもんじゃねえな。
 薬と言うか、鍋の中身がどう見ても雨の日のドブみたいな感じだし。
 たもっちゃんが唐突に、ときめいていたあの日の自分を取り戻したいみたいなことを言い出したのはそんな、せまく暗い穴倉でたき火に掛けた鍋とおばばの手元を見ながらじわじわと後悔を噛みしめていた時のことだった。
 だから、なに言ってんだこいつと思うと同時にまあまあ気持ちは解らなくはない。

 結構ゆっくりすごしたし、そろそろ行くねとアルットゥに告げると「そうか」と答える孔雀緑の瞳が生ぬくい。
 おばばの仕事を見るのにあきたと正直に言った訳ではないのだが、なんとなく全て見切られている気がする。
「それでなんですけど、次にくる時のためにこのドアを村の近くとかに設置させて頂きたく……」
 おばばの家から移動して話をしにきたアルットゥの所で、メガネはアイテムボックスから取り出したドアをなでるように示しながら言う。
 水源の村の家々が大体そうであるように、アルットゥの家もまた巨石の作るすき間を利用したものだ。
 外に面する開口部には硬く厚い魔獣の革を壁として張り、その下の端っこをめくり上げて出入り口とする。そのために、たもっちゃんが利用できるドアがこの村にはなかった。
 だからどうにかドアを置いて行きたいメガネに、アルットゥが首をかしげる。
「近くでいいのか?」
「いや、正直どこでもいいんだけど俺ら多分いきなりくるからあんまり邪魔にならない所に……」
「歓迎する。好きにくるといい」
 また絶対にくるし、そのために利便性も抜かりなく図る。たもっちゃんのそんな姿勢を大らかに受け入れ、アルットゥが笑う。
 その笑みにはなんだか友情と言うか、親しみがにじんで、たもっちゃんがもじもじと「やだ……好き……」などとキュンキュンし始めなければ、本当にいい感じだった。
 ドアは好きに設置していいと言うのでぞろぞろ村を見て回り、どかどかと重なるように並び立つ巨石の間にちょうどよさそうな空間を見付ける。
 なにがいいって、そのサイズ感。
 上下左右とついでに奥を岩に囲まれた穴倉で、少々いびつではあるものの大体ドアの大きさ程度のタテ長い開口部を持っていた。
「これ、もしかして自立式じゃなくてもいけんじゃない?」
 完全に今思い付いた感じでメガネが言って、蝶番と枠組みは付いてるが自立前のドアを取り出し岩間にぐっと押し込んだ。
「見て……このフィット感……」
「いやいや、浮いてる浮いてる」
 ちょうどいいと思った空間に実際にドアをはめ込んでみると、枠組みと岩の間のあちらこちらにすき間が開いて扉の上下には謎の空間。そのくせ軽率に押し込んだドアは、びっくりするほどぐっとはまって外れない。
「うわー、取れない。なにこれ。浮いてるのに。外れない。たもっちゃん、ねえ。このドアもう外れない」
「まぁ……ドアって本来そう言うもんですし……」
「……ほんとだね……」
 ガッチリはまって取れそうにないと、はしゃいでいた心がすっと静まる。
 ホントだわ。ドアって取れるもんではないわ。戸板は外れるかも知れないが、少なくとも枠組みは。
 あと、本来は別に自力で立たせるもんでもなかったわ。ドア。
 なるほどね……。と静かにうなずいて、我々はここをドア設置場所とした。もうなんか、取れないし。
 水源の村で初めてドアが設置された穴倉は、そう大きくはなかったが台形のような変な形で奥に向かって一畳ほどの広さがあった。
 その空間を遊ばせておいてもいいのだが、巨石のお陰か中は結構ひんやりしてて物を保管するのによさそうだ。せっかくだからとメガネに頼み、つっかえ棒的にちょうどいい棒を設置してもらう。
 岩と岩の間にぐっと押し込んだ何本かの棒に、私は袋に詰めた健康なお茶をどんどん吊るして岩屋をほとんどいっぱいにして行く。
「これさ、この紙付いてるやつは妊婦さんにも大丈夫なお茶。で、紙付いてないやつは産後にいいお茶で、両方ほかの人も大丈夫だから。飲んで」
 お茶をひたすら吊るす作業を終え、振り返って言った私に付き添っていたアルットゥがあわてた。
「いや、これは受け取れない」
「あ、違う。ごめん。違うの。それでね、飲んだら飲んだぶん素材かなんか置いといて」
 あれでしょ。獲ってきた魔獣のお肉食べて素材もいくらか加工するけど、あまった素材はいつか街に売りに行こうと思ってずっと置いてあるんでしょ。いっぱい。私知ってるんだからね。
 説明の順番がおかしくてアルットゥをムダにあわてさせたが、タダで置いて行こうと言うのではなかった。このことに、たもっちゃんがぽろりと正解を叩き出す。
「無人販売所じゃん」
「あっ、それだ」
「じゃあ俺もカレーとかシチューのルー置いとこ」
「それはさすがに虫とかこない?」
「壺に入れてしっかり蓋しとけば……」
 レイニーから「まぁ。がめつい」と言われながらに我々が、せっせと壺にルーを詰め込みフタとなる革やヒモを用意しているとアルットゥが片手で口元を押さえて呟くようにして言った。
「マルヤの体調もよくなったと聞くから……助かるのだろうが……。素材でいいのか?」
 眉をくっきりぐねぐねさせてまたなんか悩んでるなと思ったら、支払いに関してのことだったようだ。
「僕ら冒険者なんで、現金でもらうと逆に困るって言うか」
 大人になって怒られるのってやだよねと、これまで怒られてきた数々の記憶がよみがえりちょっとだけ暗い気持ちになりながらメガネと私は壺のフタをぐるぐると巻いた。

つづく