神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 341

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

341 生産現場の実情

「前に、兄さんがブルッフの実で菓子作ったじゃないっすか。あれが作れるんだったらつって、冒険者ギルドが爆ぜたブルッフを回収し始めたんす」
 薬売りの男は集めたブルッフの実と引き換えに、たもっちゃんから手に入れたおやつをもちもち食べつつそんな話をしてくれた。
 我々は溶岩池へとブルッフの実を投げ込むために列に並んで順番待ちをしていたが、実を手放した薬売りに関してはただ立ち話するためだけに一緒に並んでいる状態だ。
 仕事はいいのか。多分また怒られるぞお前。
 私の薄っぺらい心配をよそに、ぱくぱくとおやつを口の中に消しながら薬売りは話を続ける。
「障壁だって、姐さん達が最初っすよ。走り回るのがだりいっつって、ブルッフの実が飛び散らない様に閉じ込めて勝手に集まってくる工夫までしてたじゃないっすか」
「ああ……」
「そう言われればそんな事もあった様な、なかった様な」
 走り回るのがだりいの辺りがなんとなく人聞きが悪いような気がして私やメガネは可能な限り言葉をにごしたが、薬売りが「あったんすよ」ときっぱり言うのでなにもかもがムダだった。
 確かに、言われてみれば魔力と魔法のゴリ押しででっかい風船のような魔法障壁で溶岩池にフタをして、障壁にぶつかって落ちた実が下部に設けた障壁のすべり台をごろごろ転がり自分の重みで勝手に手元まで集まってくる全自動回収システムを我々はよく知っているような気がする。
 魔力と魔法に関しては――と言うか魔力と魔法に関しても、私はなんの使い物にもならない。
 だからブルッフの実の全自動回収システムがあったらいいなと思ったとしても、実行犯は確実に別だ。
 そしてこの回収システム搭載の複雑で繊細な構造を思うと、実際に障壁を構築したのは大体の感じのメガネではなくムダに器用なレイニーだったのではないか。
 と、言う気がとてもする。天界による天使の掟とはなんだったのか。
 話のついでにそれぞれの胸になんとなく微妙な思いが駆け巡ったりそうでもなかったりしたが、しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
 今は、ブルッフの実のことである。
 溶岩に投げ込み爆ぜた実は薄いピンクに膨張し、味は水分少なめのおいしくないサツマイモに似ていた。
 そのため貴重な香辛料である中の種だけ取り出すと、爆ぜた実はその場に捨てて行かれるものだったのだ。
 これにもったいない精神を発揮したメガネがブルッフの実を材料にスイートポテト的なものを軽率に作り上げ、ギルドを通じてレシピを登録。
 そのことからこれまでは捨てられていたブルッフの実を、冒険者ギルドが確保に乗り出しているそうだ。
 確かに、森のどこに落下したか解らない、それも蒸かしたイモ的にノーガードの食べ物をお菓子の原料とはしたくない。解る。
 それで障壁を利用して、効率的かつ清潔に回収しているのだろう。有能。
 ただ、ギルドの設けた障壁は高さはあるがシンプルに四方を囲むだけの壁だった。
 溶岩池に近すぎるのかはじけ飛んだブルッフの実がびだんびだんとぶつかって、それから自分の重みでずるずると、ゆっくりすべり落ちて行く。
 これをヘラとバケツを両手に持ったバイトの冒険者が待ち構え、地面に落ちてしまう前に手慣れた感じで回収している光景が順番待ちの列の途中からでも見られた。
 なんとなく見たくなかった生産現場の実情を目の当たりにしてしまったみたいな気持ちだが、それより大きな問題なのはそうして回収された実はギルドが張った障壁の使用料として徴収されてしまう事実だ。
 このことに、たもっちゃんはショックを受けた。
「えっ。それ、実はもらえないって事?」
「種はお返ししますよ」
 魔法障壁に囲まれた溶岩池へと続いた列の先頭で、冒険者を管理しているらしきギルドの職員がブルッフの実の扱いについて問い返すメガネにあっさりと答える。
 冒険者的にお金になるのは種だから、本来それで問題はない。
 しかし、たっちゃんはブルッフの実でスイートポテト的なお菓子を作る気まんまんだったし、我々も食べるつもりでいっぱいなのだ。
「いや、種もだけど、実……」
「なんとか、なんとかならないんですか!」
「ほんの少しで良いのです。わたくしのぶんだけでも」
「そうっす! ちょっとだけでもいいんす!」
 冒険者ギルドの職員によぼよぼと取りすがるようなメガネと私の背後から、なにもさりげなくないレイニーとスイートポテト食べたいだけの一心で順番待ちに付き合っていた薬売りの男の援護があった。
 薬売りにはアイテムボックスの中でほとんど忘れられていたブルッフのお菓子をすでに全部渡していたが、数が少なかったこともありまだ全然食べ足りないようだ。
 そんな、欲望を原動力とした勢いだけはある外野からの応援のお陰か、種を取り出したブルッフの実は一山いくらで買い戻せることになる。
 回収役でありながら、こんなもん買ってどうするんだと職員は若干引き気味だった。
 まあ、これもな。自前で全自動回収障壁を張ればこんな出費はしなくていいのだが、そう言う訳にも行かないだろう。
 冒険者ギルドがブルッフの実を集めるために雇った魔法使いや回収係のバイト。そして職員を派遣するのにも、多少なりとも費用が掛かっているはずだ。
 ギルドはそれらの諸経費を、従来は廃棄していたブルッフの実を食材として扱うことでまかなおうとしている。それも、まかなうだけでは仕事として成立しないので、回収した実を活用しどうにか利益に変えなくてはならない。
 なのに、その肝心の実も欲しいっつったらそりゃー代わりにお金も取られますわな。
 そもそもブルッフの実を回収しなければ必要なかった経費ではあるが、ブルッフの実で作るスイートポテトはおいしいし、おいしいスイートポテトを食べるため発生してしまった費用はどうにか埋め合わせねばならない。
 なるほどね。
 私の脳裏にはなんとなく、前に大森林の間際の町でレシピを登録した時のビキニアーマーを見せ付けなからブルッフのお菓子をやたらとキリッと試食する、美しきギルド長の姿が思い出された。
 根拠はなにもないのだが、もしかしてあの人、自分がお菓子を手軽に食べたいってだけでギルドをあげてブルッフの実の回収に乗り出してしまっているのではないか。
 これまで見向きもされなかった素材に対し、今になって急にギルドの対応が手厚すぎるような気がする。
 それでつい余計な勘ぐりをしてしまったが、でも、そうだとしても仕方ない。ブルッフの実で作るスイートポテトはよいものなので。
「仕方ないな。おいしいからな。さすが俺」
「仕方ないね。おいしいからね。あのお菓子」
 ちゃっかり自画自賛するメガネと、自画自賛に余念のないメガネを泳がせる私は変に深い納得にうなずき、おとなしく銅貨でイモ化したブルッフの実を買った。
 そうして、いくらか経ってのことになる。
 無事に手に入れたブルッフの実を執念で裏ごしして適量の砂糖や生クリームとこね、まんじゅうのように成型。
 整然とアミに並べてあとはもう焼くだけの状態にしたものをたずさえ、たもっちゃんは夜間休業中の溶岩池におもむいた。
 夜は障壁も消えているのだが、それでもやはり冒険者ギルドの管理下ではあるらしい。
 溶岩池に近付くメガネに油断していたギルド職員がはね起きて、なにをするつもりかと止める。
 そりゃそうだ。溶岩だもの。普通に危ない。
 しかしたもっちゃんはたもっちゃんなので、基本、人の話を聞きゃあしねえのだ。
 あー、またよその人ともめてる。みたいな感じで我々は、ずいずいとギルド職員を押し切るメガネを特に止めることもなくその辺で地面に座ったままに眺める。
 溶岩池の辺りではずいずいくるメガネを止めきれず、侵入を許してしまった職員が地面に手を突きガクリと崩れ落ちたところだ。
 たもっちゃんの生まれ持つ、人の話を悪気なく全然聞いてないと言うコミュ障としてのスキルは強い。そしてその効果は特に、相手がいい人であればあるほどてきめんなのだ。
 だが、さすがに悪いと思ったのだろう。
 たもっちゃんは溶岩の熱でほくほくとお菓子を焼き上げて、その一部を後付け賄賂としてギルド職員へとそっと渡した。
 結果として、この行動が呼び水となった。
 周辺で野営していた冒険者たちがそれを見て、こっちにも食わせろとわらわら集まりブルッフのお菓子即売会が始まってしまう。
 この流れ、あれだな。最初に大森林にきた時に主に獣族のおっさんたちに強要されて、延々とヤジスをフライしパンにはさみ続けたあの日々のことを思い出してしまうな。
 正直困惑はするのだが、いかつい体で銅貨や魔石をにぎりしめわくわくと列を作るおっさんたちはなんとなく期待を裏切りにくい。

つづく