神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 374
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ラーメンの国、思った感じと違う編
374 ビジネス慇懃
ガイドと言う名の監視役らしい男女二人は、本当にぴったりと我々に付いてきた。
どのくらい密接かつ常時一緒にいたかと言うと、その辺の道で売ってる変わった食材を見付けては「やだ! 買う!」とメガネがはぐれ、その辺の屋台で売ってるほかほか蒸された肉まん的なものを見付けては「やだ! 食べる!」と私がはぐれ、あまりに遠慮なく迷子になり続けたために入国二日目にしてプロのガイドの能面みたいなビジネス慇懃をかなぐり捨てさせたレベルだ。
「あっ! いた! いました、こちらです! またこんな所に入り込んで!」
どうやら必死で探し回った様子で、ガイドの女性が仲間を呼びつつ私を叱る。
屋根のひさしが頭より下にくるような、小さな家がぎゅうぎゅうひしめく路地である。
下町や裏町と言った言葉が思い浮かぶ場所で、足元は少し高さががたがたの六角形の石畳。人がすれ違えるかどうかのその細い道の途中に、やたらとこじんまりとおばあちゃんがいた。
恐らく自分の家の前なのだろう。路地の片側に古びたイスがいくつかと、七輪みたいな小型の炉。火の上に鍋とせいろが重ねて置かれ、ほこほこと抗いがたい湯気を振りまく。
せいろの中には手作りらしき肉まんが少し隣とくっ付き合って並べて蒸され、すでに迷って迷路のような細い路地をさまよっていた私も思わず足を止めてしまう吸引力だ。
これはムリだよ。どうしても食べたい。
おばあちゃんの料理は多少雑なところがあったとしても、なぜか解んないけど全面的に無罪だと信じる。
ガイドたちに発見されたのはそうして、こじんまりとイスに腰掛け小型犬みたいに絶えず細かく震えるおばあちゃんから肉まんを買い、その横の古びたイスに座らせてもらってふんわり蒸し上がったミントブルーの肉まんに思いっ切りかじり付いていたタイミングのことである。
なお、小型犬みたいなおばあちゃんの肉まんがミントブルーの色合いなのは異世界の小麦が大体ミントブルーだからで、同じ理由でラーメンも基本ミントブルーの麺だった。
ただラーメンは卵をまぜる関係か少し色が違うような感じもするのだが、正直おいしいならなんでもいいのであんまり気にしたことがない。
「勝手にいなくならないで下さいとあんなにお願いしたでしょう!」
女性ガイドが若干泣きそうになりながら言うので私もさすがに悪いなとは思ったが、口いっぱいに肉まんがあるので返事もできずイスの上からごめんねの気持ちで彼女のことを見上げつつ、でもせっかくだから肉まんもちゃんと味わいたいとよく噛んでいた時である。
「あっ、いいなぁ。俺も食べる。リコほんとよく見付けるよね、人が通らなそうな所で売ってる隠し肉まん」
たもっちゃんが感心したみたいに言いながら、男性ガイドに貼り付かれテオやじゅげむや金ちゃんたちと現れた。
そして初日に換金した現金で支払い、おばあちゃんから買った肉まんを全員に配る。
男女二人のガイドにもだ。
最初の頃は辞退しようとしていたが、あまりにも面倒を掛け続けているためか出会って二日目にして彼らは迷惑料を遠慮なく受け取ると言うことを覚えた。
みんなが肉まんを食べ始めた頃には私はすでに食べ終えて、そのため持て余した時間を肉まんを絶賛してすごすことにする。
「いいよね、肉まん。ふっかふか。買っちゃうよね。コンビニとかで。なんでだろうね。ブルーメではめっちゃ硬いパンとかしか出会わなかったのにね。なんでここの肉まんはふっかふかなんだろうね」
「やっぱかん水じゃない? あれ炭酸ナトリウムだから、加熱すると生地に気泡がね。それでふっかふかになんじゃない? 知らんけど。これ、中に入ってんの時雨煮? 魚っぽいけど油がしみ出て味濃くっておいしいね」
料理のことに関してはマジレスせずにいられないうちのメガネの解説に、私はよく解らんがやはりラーメンは大正義とうなずく。
「さすがラーメンの国」
これは絶賛のつもりだったが、トルニ皇国の民であるガイドの二人はほかにもいいところがあるみたいな感じの非常に微妙な顔をした。
そして改めて思い出したと言った様子で、「それよりも、もういなくならないで下さいね」と言う意味合いの、じっくりとしたお叱りをいただいてしまう。ごめんて。
ちなみにレイニーは最初から私の隣にいたが、主犯が私だと目されているのか常時展開している隠匿魔法の効能か、ガイドからあんまり怒られてなかった。
もしも怒られていないのが本当に隠匿魔法の副次的な作用だとしたら、うらやましすぎるので私にも掛けてもらいたい。
これが、トルニ皇国の本土へ上陸しまだ二日目のことである。
もうすでにガイドの二人はメガネと私を要注意人物と認定し、目を離さないように神経をとがらせるようになっていた。
まあ、その理由は完全に我々が迷子になりすぎるからだ。
ただこれには、皇国の移動手段がまあまあ特殊であると言う事情も、あるにはある。
レミに教えてもらった食事処や宿は首都の話で、そのトルニ皇国の首都は島の中央に位置しているそうだ。
皇国は国としては小さめだそうだが、島としてはそこそこ大きい。そのため本土へ上陸した港から、我々は数日掛けて首都まで移動することになる。
のだが、この移動手段がタコだった。
タコ。普通に。
あのにょろんにょろんと海にいる、軟体動物のタコ。
ただしでっかい。ただしトルニ皇国で労働するタコは、見た感じ頭が小型車くらいある。放射状ににょろにょろ伸びた足の先まで含めると、視覚的にはもっと大きい。
全体が黄緑の体に茶色い水玉柄を持ち、水玉の中にはさらにあざやかな青い輪っかがくっきり浮かぶ。このタコの御者からは、すごい毒があるので絶対に触るなとも言われた。
毒のある生き物をなぜ人里に。と思わなくもないが、タコは表通りのフラットに整えられた石畳の上をにょんにょろにょろと吸盤付きの足を動かし滑るように移動する。
うごめくタコの移動速度は結構早く、人間はその毒々しいタコに引かせたソリに御者と一緒に乗り込んでヒャッハーと腹をかかえてあほほど笑って旅をするのだ。
いや、別に笑わなくてもいい。でもとりあえず私はダメだ。ソリを引くタコがシュールすぎるし、にょんにょろしてる全体の動きがなにもかもムリ。メガネも同様にダメだった様子で、腹をかかえてヒャッハーとしていた。
まあそれは我々のお腹が痛いだけだからいいとして、タコソリは担当する町内から出ない決まりになっていた。同業者間の住み分けである。
そのため隣の町との境界まで付くと、そこから先はその町のタコソリ業者に乗り換えなくてはならない。それに町の広さはどこもちょっとその辺と言った感じの規模なので、とにかくタコの乗り換えが多かった。
トルニ皇国に上陸した昨日はもう夕方近かったのでそのまま適当な宿を取り、首都に向かって移動を始めたのは今日から。
それでもすでにタコを二、三回は乗り換えていて、そして主にメガネと私はその乗り換えのたびに迷子になった。
おばあちゃんの肉まんを食べ終え路地から表通りへと戻り、次のタコソリを捕まえたところでガイドたちから「お願いしますよ」と念を押されたのはこのせいだろう。
「だってほら、初めてきた国だから……」
「そう。見たいでしょ、色々……」
たもっちゃんと私はごにょごにょと苦しい言い訳をしたが、我ながら動機が弱々しくてあまりにも説得力がない。
当然ガイドたちも承服はせず、二人そろって首を振る。
「見るのは構いません。黙っていなくなってくれるなと言っています」
どこまでも真顔で言ってくる男に初日のビジネス慇懃をもうちょっと思い出してくれてもいい気はしたが、まあ確かにそれなとは思うし、いつもならこのガイドのポジションにいるはずのテオが今回は楽だなーみたいな感じで笑っているので多分全部我々が悪い。
トルニ皇国は基本、石の柱でできている。
どこもかしこも足元は六角形の石柱が密集し、黒っぽい石畳に見えるのが地面だ。
水の確保は島の端だと海に面した地面のフチに海水を吸い上げ真水を落とす木があって、海の見えない内陸になると地面の柱を一本抜いて同じく真水を落とす木を植える。
地面の石が六角形のハニカム構造をしてるので、ある程度の範囲で一本だけなら抜いても問題ないらしい。
家屋は基本木造で、屋根には粘土を焼いた瓦があった。家によっては飾りの施された桟に紙のようなものを貼り付けた窓もあったが、これらの素材は全て海にあると言う。
海中に木のような植物が生え、海底からは粘土がとれて、ある海草からは紙を作れた。
内陸には豊かな土壌の農地もあって、だからトルニ皇国は満たされた国であるのだと。
どこか誇らしげなガイドたちから解説を受けつつ、数日後。我々はさらに何度かの迷子を経て、どうにか首都へたどり着く。
つづく