神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 387

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

387 草の可能性

 テオは店を騒がせた詫びにと、薬屋で酔い止めをこれでもかと買っていた。
 客と思うと軟化するのが商売なのか、薬屋の老人たちはこのことによりテオにだけちょびっと優しくなった。
 あと、買うのが大量の酔い止めって辺りになんとなく悲哀と苦労がにじんでるので、帰りの船では私もなるべくテオに優しくしてあげようと思う。
 そんなことを思いつつ少し頭を冷やしてみれば、私が乱入したために草を背負って売りにきたらしい女性やその対応をしていたもう一人の老人、薬屋のおばーちゃんも困っているのが解った。
 変なのがきたと思うと落ち着かず、草の取り引きも進まなかったようだ。
 そこはさすがに謝って、しばらくおとなしくしてますんでとご婦人がたによる草の売買を見守る。
 それでなんとなく解ったことは、その草が農地ではなく海で育った素材のようだと言うことだ。
「つまり、海草」
 私は薬屋の片隅で、膝をかかえて座った床から思わず呟きはっとした。
 そうか。草の可能性は地上だけでなく、あの雄大な海の中にも広がっていたのだ。
 ご婦人たちが目の前で取り引きする海草は、自分の知ってる海草と見た感じなんとなく違うような気がする。ちょっとびしゃっとしているほかは地上の草との見分けも着かないが、なにぶんここは異世界だ。そう言うこともあるだろう。
 その草の新たな可能性に私は、隣でやっぱり床に座って膝をかかえたメガネの体を興奮気味にぐらんぐらん揺する。
「たもっちゃん、海だよ。海。海にも草はあるんだよ。むしろう」
「海の草って多分海中に生えてると思うけど、リコ冬の海で泳げんの?」
 草の気配にはしゃぐ私に、この無慈悲。
 たもっちゃんはどこまでも冷静に、そしてなに言ってんのとあきれるみたいな空気を出した。メガネめ。
 しかし、そうか。冬か。
 冬の海はきついわ。
「……今回はご縁がなかったと言うことで」
 私はすっと凪いで引き下がったし、草を売りにきてたご婦人から普通によその人間にまで海草とられるとこっちがおまんま食い上げになるから勘弁してくれと困った顔をされた。
 せやな……。これはさすがに私の配慮が足りなかったかも知れない。
 ごめんやでと謝りながら海から街まで草運んでくるの大変ですねとか草売りのご婦人と話していると、私が思っていたよりも帝都と海は近くにあった。
 島国であるトルニ皇国の、帝都は陸の真ん中にあるので最も海から離れた都市である。
 しかし、島をぐるりと囲んだ海の一部が内陸に向かって入り込み、そこそこ帝都に近い土地まで入り江となっているらしい。
 村の位置でも変わってくるが彼女の場合は夜明け前に出発し、荷物を背負って歩き通しでこの時間――午前八時や九時頃に帝都へと着く。
 我々が船で上陸した港から帝都までタコで数日掛かっていたので、大体そう言うものかと思っていたがそうでもなかった。ただ単に、大陸からの物資や客を運ぶルートが帝都から遠いだけだったようだ。
 そんな話を横で聞き、なるほどなー、とメガネがうなずく。
「そっか。それで新鮮な海の豚とかもその辺で普通に買えるんだなぁ」
 外と同じく六角形の石を敷き詰めたみたいな薬屋の床で、二本の足をあぐらに崩して腕組みし、なんだがしきりに感心していた。

 せまい薬屋の戸口の辺りからちんまり頭を覗かせたじゅげむに「おこられてるの?」と心配されたり、レイニーと金ちゃんは明らかにどうでもよさそうだったり、酔い止めの大量購入で老人たちからお客扱いされ始めたテオがうまいこと草を潰す道具を売ってる店の場所を聞き出すなどして我々は薬屋をあとにした。常識人はいい仕事する。
 そうしてその薬屋と同じく朱色の門の内側の、下町の一角に道具屋はあった。
 やっぱりせまく小さな店で、薄暗い店内に棚や細々とした商品がひしめくように並ぶ。
 その様子になんとなく解ったことだが、どうやら下町の小さな店は隣の建物と密接しており窓がない。そのために、通りに面した間口からしか光の入る余地がないのだ。
 小さな道具屋を切り盛りしている店主によると、草を潰すためだけの道具はやっぱりそんなに売れるものではないらしい。受注生産が基本とのことだ。
 そこを運よく店の倉庫でほこりをかぶってた古い在庫を発掘し、まあまあいい値段で言われるままに購入。
 古くて売れ残ってた不良在庫にも関わらず、値引きもないとはこれいかに。とは思ったが、ごろごろするローラーやそれを受ける細長いお皿に必要ない豪華な飾りが付いてたり、そもそも素材として使われているのがまあまあ希少な石や金属だったりするので最大限に勉強しても大して安くはできないらしい。
 素材のせいで値が張るし豪華な飾りでかさばって使い勝手も悪くなると言う、あんまりいいところのない一品である。
 なんでそんなものを作り、なんで下町の店にあるのか。
 そんな疑問は尽きないが、なんとなくだか私にも解る。そら売れ残りますわと。
 普通なら買わないこの品を、しかし道具屋は自信を持って売り付けた。
 道具を使うためではなくてただ所有したいだけと言う、私の底の浅い目的を見抜かれていたように思われてならない。
 そうして散財したあともきゃいきゃいしながら帝都を観光して回り、気になった店でラーメンを食べ、ガマンの限界を迎えたガイドや街を歩くと段々増えるレイニーの追っ掛けをどうにかするためお役所へ立ちより日が暮れてから宿屋へと戻った。
 そうしてようやく手に入れた、よく解らないふさふさや宝石めいた飾りのついたごろごろするやつを道具屋がオマケに付けてくれたやわらかい布でぴかぴかにみがき、すごいね、よかったね、とじゅげむに一緒によろこんでもらって私がほくほくしていた時である。
 精緻な透かし彫りをはめ込んで部屋を分ける仕切りや、黒く艶のある木材を彫刻で飾った美しい家具。
 そう言うものに囲まれた高級宿の一室で、たもっちゃんはきらきらとした素材を埋め込み模様を描いた螺鈿のテーブルに両肘を突き、深刻そうな感じで言った。
「ねぇ、聞いて。今日が二十三日でさ、あと四日くらいでまた渡ノ月がくる件について」
 部屋に置かれた螺鈿のテーブルは丸かった。
 そして結構大きくて、同じくきらきらとした素材で飾ったイスをいくつか備えてあった。
 観光客のお守り役であるガイドらは宿に我々を押し込めるまでがお仕事なのか部屋まできたこともなかったし、宿屋のおかみに付けられたおもてなし要員の中年下男も職場に戻った瞬間に「さー仕事」みたいな感じで忙しそうにどこかへ消えた。
 なので今、我々が宿泊する豪華な部屋には少し重たいイスに腰掛けテーブルを囲む、メガネ、テオ、レイニー、じゅげむ、私、そして複雑に板を組み合わせよくみがかれた床でどっかりくつろぐ金ちゃんだけだ。
 螺鈿のテーブルに傷を付けないように布を敷き、その上で草をごろごろするやつをムダになでまわしていた私は手を止めてすぐ横の位置に腰掛けた黒ぶちメガネの顔を見る。
「たもっちゃん、爆弾の落としかたよ……」
「えっ、いや。大体そんな感じしてたでしょ? こないだの渡ノ月から一か月くらいになる訳だから。薄々そんな感じあったでしょ?」
「正直全然なんも思ってなかった」
「リコ……ちょっとは思って……。俺もね、食べたラーメンのレポートに今日の日付書こうと思って気が付いたんだけどね」
 そう言うメガネの前にはやはり布が広げられ、その上に繊維を漉いて作られた紙やなんらかの毛で作られた筆。黒くなめらかな石を削り出し模様を施した硯や、縁起のよさそうな鳥を刻印した固形の墨などが並ぶ。
 草をごりごりする道具を買ったのとはまた別の、文房具が専門らしき店の前を通り掛かって衝動的に小学校の習字の時間を思い出したメガネが一通り購入したものである。
 中でもトルニ皇国の紙は細かく砕いた植物の繊維を一枚の紙としたもので、質感は少し和紙に似ていた。これはまあまあ値が張るが、もっと薄くざらついた安い紙も別にある。
 素材は海の植物で、やはり大陸と同様に市井の識字率は微妙だがそれでも紙はよく使われる。役人などが小遣い稼ぎに写した本も街で普通に売られているらしい。
 多分使う文字が違うので読めないような気はするが、公爵さんへのおみやげに買いたい。
 まあ、そんな。現実逃避はほどほどに。
 たまにはちゃんとしろとものすごい顔面のテオの手前しぶしぶと、我々の渡ノ月がヤバい件を話し合った結果、海と海に近い沿岸部はなんか出てきそうな感じがあるが内陸の帝都に留まるのはむしろ安全っぽいと言うことが解った。根拠はメガネの看破するガン見。
 だったらあんな深刻な空気で言い出さんでもよかったやんちゃうんかと思ったが、いっつも先に相談しろって言うでしょうがとメガネからぶうぶう反論される。
 そう言われるとなんとなくうっすらそうだった気もして、せやなとうなずく。

つづく