神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 392

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

392 お忍び

 トルニ皇国へと国外から訪れた客には、もれなく国から専任のガイドが付けられる。
 そのためガイドの職務に就く者は、公務員的な立ち位置に当たるとのことだ。
 加えて、我々に付いているガイドの二人は現在びっかびかの蛍光色に彩られ絶賛懲罰中である。
 これはしんどい。
 えらい人の前に出て、お前らどうしたとか言われたら返事に困るし非常に気まずい。
 しかも我々がまだ知らないだけで、我々と一緒のお皿から甘味を分け合い食べているのは幼さ残る少年ながらにこの国に現在現役で君臨している皇帝なのだ。
 えらいどころの話ではないし、隠れたくなるのも解りすぎてしまう。
 まあ、そうなったのはかなり自業自得のところがあるのでざまあの気持ちもあるけども。
 しかしだ。
 実際にそうした理由で隠れようとしていたのなら、ガイドたちは最初からルップが皇帝であると知っていたってことになる。
 国選ガイドは公務員であるので、広い意味では皇帝に連なる臣下とも言えた。ただし、それは本当に広い意味でだ。
 写真や映像媒体の存在しないこの異世界で、宮廷に出入りすることもないガイドらが皇帝の顔を知っている道理は普通ならばない。
 だから逆に言うならば、普通ではない理由があって彼らは皇帝の顔を知っていたのだ。
 そのことは、さんざん話して満足し少年ルップとメガネやテオが次の約束をするでもなくあっさりと別れて、冷たい甘味ばかり食べすぎて寒いし、日も暮れてきたから帰るかと。宿に向かって戻ろうと歩き始めたタイミングで解った。
 それまで完全に気配を消して沈黙していたおもてなし要員の中年下男が、「あれ、この国の皇帝様ですけど。大丈夫ですか?」と、ものすごい真顔で言ってきたのだ。
 なにが大丈夫なのか、逆になにが大丈夫でないのか。
 そして大丈夫かと心配するのなら、もうちょっと早く言って欲しさがそこにある。
 なんかよくよく話を聞くと皇帝である少年のルップはまあまあちょくちょくお忍びで城下町たる帝都を散策しているそうで、だから地元の人たちは大体彼の顔と正体を知っているらしい。
 ガイドらも公務員だからなどではなくて、帝都を歩き回る仕事柄そのことを知る機会があっただけのようだ。
 そして少年の正体をみんな知ってるのに街全体で知らないフリをしているとのことだが、その感じ。私には少し覚えがあった。
 あれだろ。相手の身分がえらすぎて、一周回ってもうめんどくさくなっちゃってるんだろ。解るぞ。私は詳しいんだ。
 ほぼほぼ正体解ってるのに、解ってないと言う体裁で表面上の付き合いを重ねる某王子とかで。
 もうどんだけえらいのか知っているのに知らないフリをさせられるのは面倒な部分もあるのだが、しかしその一方で多少雑に扱ったところで誰だか知らないから仕方ないですしと言い訳できる利便性もあった。
 最近頻度は減ってきたものの、自称メガネの一番弟子たる某王子はいまだに通信魔道具をよく鳴らす。
 あんまりにも夜が遅いと眠たいメガネがこれをガン無視するのだが、それもこれも相手が王子とは知らないのだから不敬ではないのだ。ただただ扱いが悪いだけ。
 だから我々にはそう言った、身分を隠した権力者に対するロクでもない免疫があった。
 その後もちょくちょく帝都の街で少年ルップと再会する機会もあったりしたが、お陰で特にあわてることもなく。
 この子、皇帝なんだよなあ。よっしゃ、宮廷では出ないような雑なおやつ食べさせたろ。
 みたいな感じで連れ回し、護衛のただでさえいかつい顔をさらに恐くさせるなどしたくらいのものだ。いやでもね、ほかほかの肉まんとかおいしいでしょうが。
 そしてこれはさらに後日の、何度めかに再会した時のことになる。
 よくうろちょろしてるとは言っても、わざわざ皇帝であると触れ回っている訳でもないのに帝都の街の人たちがみんな少年ルップの正体を知ってる理由が解った。

「なにごとか!」
 鋭く声を上げた少年はその時、とても怒っていたのだと思う。
 場所はなんのことはない、どこにでもあるような街角で、とある商家の前だった。
 ただ、なにか騒ぎがあった様子で、通りには人だかりができていた。人垣が商家の前を囲んでいるが、しかしその中央部分には空洞がある。
 ルップはその中に分け入って、騒ぎを起こした大人を叱り付けたのだ。
 相手は裾の長い衣服を身に着け布の靴を履いていて、どうやら貴族らしき男性だった。長い髪を結んだ根元に銀色のかんざしが見えるから、もしかすると官吏かも知れない。
 そしてその男性は、用心棒と言った様子の男たちを連れていた。
 その男らは丈の短い作務衣のような上着を粗暴にはだけさせ、猿股めいた短めのズボンにサンダル履きの服装だ。
 それだけなら庶民によく見られるが、ただし彼らは上着の上から結んだ帯に使い込んで重たげな簡素な剣を差している。
 どことなくうらぶれた浪人めいた男らは、大した理由なんかなくても剣を抜いて突き付けて人を平気で傷付けそうな雰囲気があった。
 ルップを守る護衛らはピリピリ神経をとがらせていたし、テオもまたじゅげむを乗せた金ちゃんの前へとかばうように進み出る。
 そうして警戒せざるを得ない、剣呑な用心棒を連れた貴族は、どうやら商家で品物を求めて代価を踏み倒そうとしていたようだ。
 取るに足らぬたわいない品だが、特別に俺がもらってやろう。光栄に思え。
 みたいな。
 最初、大体そんな感じの内容の、訳の解らないことを言う声が人垣の向こうから聞こえてきたので。
 帝都においては外郭に当たる朱色の門の区画のことで、貴族がわざわざ訪れる場所でもないらしい。
 だから恐らく最初から、貴族を相手に商売するのに慣れてない庶民向けの小さな店で身分を盾におどし付け、好き勝手に品物を持って行くのが目的なのだと思われた。
 しかし、そうは行かぬのだ。
 なぜならちょうどお忍びで帝都の街を散策中の、皇帝が通り掛かって騒ぎの中に飛び込んだので。
 少年はいつもにこにこしている顔をキッときつく引きしめて、商品を手に立ち去ろうとする男らに真正面から立ち向かう。
「見たところ、貴族の家の者だろう。はずかしくはないのか。その品を戻し、店の者に謝罪せよ」
「何だ? 子供が大きな口を利く。思い違いをしている様だ。これはな、店の者が差し出したのだ。高貴なお方がお使い下さればこの上ない誉れと申してな。なあ、そうだろう?」
 商品を持ち逃げ途中の貴族の男は少年の叱責を意にも介さず、余裕たっぷりにそう言って同意を強要するように店の主人に視線をやった。
 息がぴったりと言うべきなのか、用心棒の男らがこれ見よがしに腰の剣をカチャリとなでて言外の恫喝をあと押ししている。
 しかし、「いいえ!」と。
 力強く否定したのは、態度と圧力でおどされている真っ最中の店の主人だ。
「差し出すなど、とんでもない! 嫌だと申し上げたのに、この方たちが無理矢理に奪って行こうとなさるのです!」
 初老の男性であるその人は痩せた体を通りに投げ出すようにして、ルップの足元にひれ伏しながらにはきはきと言った。ここで引いたら損しかしねえと、覚悟を決めた商人は強い。
 あと、多分だがほぼ確実に正義感あふれる少年の身分を知っててやっている気がする。
 こうなると逆にこの貴族らがなんでルップのこと知らないのかと不思議だが、貴族はあんまり下町にもこないし出歩いたりしないらしいので世間知らず的な話なのかも知れない。
 少年はふっと表情をやわらげて初老の店主を見下ろすと、「安心せよ。悪いようにはせぬ」と鷹揚にゆったりうなずいて見せた。
 周りを囲む人垣からも、わっと歓声が上がったが、貴族の男はそれを白けたように鼻で笑った。
「官職にもつかぬ童が大きな口を」
「確かにわたしは若輩者だが、理不尽に民をしいたげる臣下を処罰することくらいはできる」
「何を……」
「そなたも貴族なら、宮廷の新年会などで余の姿を見かけたこともあるだろう」
「えっ、新年会?」
「宮中、新年会とかすんの?」
 なんかそれ、地獄みたいで楽しそうだねえ。などと、騒ぎを見守る人垣にうもれてのんびり言い合うのはメガネと私だ。
 いや、すでに少年ルップが皇帝なのを知っていると言うこともあり、これ多分大丈夫なやつだなと思って。
 すっかり安心して見物の構えでいたのだが、さすがにのんびりしすぎだったのだろう。
 ルップの護衛やガイドたちから、「こいつらマジか」みたいな顔を戸惑い気味に向けられるなどした。

つづく