神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 339

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

339 全力で自由

 変に話題を生み出したことから、宿敵たるチームミトコーモンが同じ町にいると言う事実をミオドラグに知られてしまった前回までの我々。
 こりゃーもめるぜーと思っていたら、なんか知らんが大丈夫だった。
 ミオドラグがくるのはいつかいつかと身構えて、しかし子供を連れて大森林はならぬと言うので間際の町から動くこともできない。
 仕方がないので町の外の原っぱでヤジスフライをはさんだパンを魔石と引き換えに勝手に売って、脱法屋台と呼ばれながらに小銭を稼いで数日がすぎた。
 冒険者はギルドを通さず現金を得てはいけないが、現物ならば規制の範囲外なのだ。
 そうこうする間に救いのエルフが現れて、なんとなくじゅげむを連れて大森林に入れる感じになったのはまたさらに日にちが経ってからになる。
 こよみで言うなら九ノ月が終わり、渡ノ月もすぎ去って一ノ月になろうとする頃だ。
 それなのに、いつになってもミオドラグは我々の前に現れなかった。
 なんか思ってた感じと違うなと、首をかしげてメガネがその辺りのことを改めてガン見。
 それでやっと、マロリー男爵家に恥をかかせた我々に報復せんとしているはずの三男、拡散された噂によって我々の存在を知ってしまったミオドラグとその連れが「あっ、いけない! 今すぐ急いで逃げるように虫探しに行かなきゃ!」とばかりにめちゃくちゃ急に大森林に入ったと言うことが解った。
 我々とは絶対に顔を合わせないと言う、確固たる強い意志を感じる。
「つーかね、ほら。ミオドラグは全力で自由を満喫してる訳じゃない? 今」
 たもっちゃんはそう言って、大森林の野営地でいそいとスープを作りながらに語った。
「それがさ、俺らとばったり会ったりしたら報復とかしないといけない上に自由時間も終わりな訳じゃない? だったらさ、全力で逃げるよね。向こうが」
「あいつそう言う感じなの?」
「うん。ミオドラグ、俺らと全然会いたくないみたい」
 男爵家の三男として生まれ、ミオドラグはぽちゃぽちゃと甘やかされて育ったようだ。
 けれども父と、父によく似た兄たちに押さえ付けられて、自由だけは与えられてこなかった。
 それが、父兄の八つ当たりと言う形ではあったが。急に放り出されるようにして、無制限の自由を与えられたのだ。
 しかも、報復の資金として家からまあまあの仕送り付きである。
 これは解る。可能な限りモラトリアム期間を引き伸ばしたい。めちゃくちゃ解る。その気持ち。
 里へと戻るエルフらと共に鍋を掛けたたき火を囲み、スープができるのを待ちながら聞いた話に私は深い納得をいだいた。
 ただしメガネ。お前はダメだ。
「たもっちゃんはさあ、なんでそれを最初に言わないの?」
 エルフの救いが最近なのでもっと早く大森林に入れたかどうかは微妙だが、ミオドラグがこっちを避けていると解っていたら我々はムダに怯えてすごさなくても済んだのではないか。
「説明がさあ、致命的に足りないんだよ貴様は」
「貴様……」
 やっぱコミュ力の問題かなとメガネをディスり始めた口の悪い私に、一緒にたき火を囲んだテオが戸惑うようにぼそりと一部をくり返す。
 しかし言われた本人は全然気にも留めない様子で、やたらとキリッとした顔で言う。
「長文の流し読みって文章の意図をうっかり読み違えがちだよね」
 それでなくてもミオドラグについて、そもそもがこの前言うとった話と違うやないかいと思っていたら、最初からガン見で全部出ていたがそれをななめに読んでたメガネがあんまり正しく理解せず我々に説明していたらしい。
「恣意的な情報操作」
「リコ、その言い方はよくない。悪気はないの。ただもの凄く面倒くさかっただけ」
 ガン見で出てきた長めの文章をちょびっと読み違えただけで、俺、そんなには悪くないもんと。
 どうやら思っているんだろうなとありあり伝わるメガネのセリフに食い気味に、レイニーが青い瞳を憂い深げに伏せながら芝居がかって首を振る。
「わたくし、正しくない事を正しい様に装うのはいけないと思います」
 そこへすかさず私が隣に座ったエルフの一人に耳打ちし、「タモツ、反省しろ」と言わせてメガネの信仰を利用して揺さぶる。
 思惑通りに動揺したメガネが「何なの? 何が食べたいの?」とガクブルしながら和解を申し出たのに付け込んで、「冷やし中華」「ざるそば」「意識高い冷製パスタ」「アイス」「冷やしうどん」「あらゆる夢を詰め込んだパフェ」「冷しゃぶ」「いい感じのスムージー」などと思い付く限りの冷たいものを私が要求しレイニーが同調。
 そう言う流れだと察したテオが、金ちゃんとテオの間でちんまりと座るじゅげむに「何か食べたいものがあるなら今だ」とうながす。
 テオもなかなか我々のことが解ってきたなと思っていると、じゅげむが「たもつおじさんのごはん、いっつもおいしいよ!」と一生懸命に訴えて料理担当のメガネを泣かせた。
 すきあらば自分の食べたいメニューを好き勝手に要求する我々とはあまりにも違う、子供の素直さがしみるほど愛おしくなったのだろう。
 たもっちゃんはこのあと数日掛けて、私と私に同調したレイニーが欲望のままに並べ立て支持したメニューを片っ端から作って行くことになる。
 私の味覚がキッズに近いので、じゅげむにも受けると思ったらしい。
 人から言われるとなんとなく釈然としないしざるそばだけはそば粉がなくて先送りとされたが、ダメ元で言ってみたメニューが大体かなえられたのでトータルとしてはニッコリなのだ。
 最後のほうには興が乗ったメガネによって、ミルクアイスと謎のフルーツと濃厚なベイクドチーズケーキが層となって積み重なったおいしいとカロリーしかない食べ物が生み出され、その完成度を前に自分がこれまでにリクエストしたメニューのシンプルさ、発想の貧困さに気付かされたような心地がしたがそれはそれとしてあれは大変よいものだった。本気出したカロリーおいしい。

 冒険者ギルドで適当にノルマ対策に依頼を受けるなどして、数々の冷たくおいしいものに溺れつつ分け入る大森林は秋である。
 秋と言えば、ブルッフの実だ。
 本当にそうなのかは知らないが、最初に大森林にきた時にそう教えられたので我々の中ではそうなのだ。
 その時に完全にノリだけで作った溶岩池近くの露天風呂について、修繕されたと聞いてはいたがどうなっているか見ていない。
 ちょうどブルッフの実のシーズンでもあるし、一回立ちよっておくのもいいだろう。
 また、爆ぜたブルッフの実から取り出せるクルミ大の種は、肉のくさみを消すためのいい感じの香辛料になると言う。
 これを、森の恵みを魔獣を含めてなにもかも大切にいただくエルフたちが好んだ。以前エルフの村で出たトンコツ的なスープも、ブルッフの種があってこそのものらしい。
 その事実に、エルフを愛する黒ぶちメガネとエルフの作るトンコツスープを崇拝している私の利害が一致した。
 ブルッフの実を投げ込むために、溶岩池には絶対に立ちよる。
 船を飛ばすかドアのスキルで移動してしまえば早いのに、あとは里へ戻るだけのエルフたちに付き合ってもらい大森林で野営してうろついているのはこのためだ。
 この完璧な私欲による計画はしかし、思いっ切り採集シーズン真っただ中の人の多さにちょっとだけ頓挫しそうになった。
 影が濃く緑の深い森の中、もさもさと生えた下草が唐突に途切れてそこだけぽっかりと空間が開く。いびつな円を描きながらに黒い地面が広がって、その外周は真新しいアスファルトのようだった。
 今は絶えずブルッフの実が投げこまれているので、いびつに黒い円形の地面の、その中央部分はひび割れてぼこりぼこりと煮え立つような赤いマグマがうごめいて見える。
 周囲にもんもんと熱波を放つかのような、その溶岩池と周囲の様子に我々はすっかりおどろかされた。
「溶岩池で順番待ちしてる!」
「実の取り合いでケンカみたいになってる!」
「まぁ。あちらでは集めた実を他の者に売っていますね」
「ホントだ!」
 ブルッフの実は石のように硬いから、溶岩池に放り込みやわらかく爆ぜさせてから中の種を取り出すのが本来の手順だ。
 しかし今は順番待ちで混み合っているので、集めた実をそのまま他の冒険者に売って小金を稼ぐのも効率的と言えるかも知れない。
 色々考えるねえときゃっきゃ言って感心していると、テオが大きな手でがしがしと我々の頭をつかんで止めた。
「おい、やめろ」
 多分、田舎者が丸出しすぎたのだ。ごめん。

つづく