神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 203

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


テオ捜索回収編

203 巨体のムカデ
(※排泄関連の話題が出ます。引き続き虫注意。)

 荷物をおろして去った者たちと交代に、翌日は朝から忙しく商人や荷運びの労働者たちが大量の荷物をムカデの背中に積み込んで行った。
 その半数ほどは一緒に乗ってシュピレンに行くが、半数は残る。残るのは、物資をムカデに積むまでを仕事としている者たちだ。
 シュピレンは観光客も多いそうだが、物資もこうして大量に、客より多いくらいに運ばれる。砂漠の真ん中にあるために、あらゆる物を外から輸入するのだそうだ。
 人買いたちもむきむきしたウシや馬車をムカデの背中に乗せるため、順番を待って荷積みの列に並んでいたが我々はヒマだ。役に立たないからその辺で遊んでろとか言われた。
 異世界の子供は働き出すのが早いので、それより役に立たないと判断された格好である。少し寂しいが、まあそれはいい。
 人間、ヒマを持て余すとロクなことをしない。昔からそう決まっているのだ。
 恐いもの見たさと好奇心に突き動かされ、私は足の生えたブロック状の胴体がどこまでも続く長い生き物のすぐ横を歩いた。
「これ、自分で自分の足に絡まってつまずいちゃったりしないのかなあ」
「着眼点が小学生なんだよなぁ」
 私の素直な心から出る素朴な疑問をメガネにディスられたりしつつ、レイニーや金ちゃん、金ちゃんに肩車した子供、そしてテオと一緒に進んで行くとやがてムカデの先頭に着いた。
 子供とテオは人買いの商品扱いなのでこっちにきてもいいのかなと思ったが、テオは魔道具の首輪と契約魔法でしばられている。どうせ逃げられないし、我々はテオの連れだった。あとで戻ればいいらしい。
 近くで見ると、巨体のムカデはインパクトがあった。
 暗褐色の胴体に対し、頭だけが黒ずんで赤い。足より節の細かな触覚と、毒と物理で強そうな左右から噛み合わせるアゴを持つ。こんなに地球のムカデによせなくていいのに。
 そのムカデの頭の近くには、そろいの服と胴体や関節を守る防具を着けた三人の男の姿があった。彼らがシュピレンの街までムカデをあやつる乗務員のようだ。
「おい、それ以上近付くな」
 一人が、我々に気付いて止める。そのことに、私の本能がうひゃっと騒ぐ。
「えっ、噛む? 噛むの? やっぱり? 噛むの?」
「脅かさなければ噛まないが、不用意に近付くと驚くぞ」
 別の乗務員がおもしろがるように言い、金ちゃんの肩の子供と二人してお皿に出したゼリーのように細かく震えた。恐いのは恐いのに、こうして脅すみたいにされると逆にちょっとだけ楽しくなってくるから不思議だ。
 我々の本能を恐怖のるつぼに落とすムカデは、おっとりと食事中だった。丈夫なアゴでこりこりと、肉のかたまりを噛んでいる。
 なんかこの音知ってるなと思ったら、騒音と言うほどではないが昨日の夜からこの辺に地味に響いていた音だ。あれはムカデが、肉を骨ごと噛み砕いている音だったのか。
 ちょっと離れた所からその食事風景を眺めつつ、乗務員たちに話を聞くとムカデはタフで一ヶ月やそこらは食事なしでも動けるらしい。しかし与えたほうが機嫌よく走るし、パフォーマンスの向上も見込める。
 昨日からこりこりこりこりじっくり大事に食べている肉は、もう残りわずかになっていた。元は子牛程度の魔獣の肉を丸ごと与えてあったと聞いたが、それでもおやつ程度の感覚だそうだ。
「体大きいもんねぇ」
「お仕事がんばってえらいねえ」
 たもっちゃんと私はしゃがみ込んだ自分の膝で頬杖を突き、働くのりものでも見るノリでムカデの食事風景を眺めた。
 動物園の猛獣みたいな感覚と言うか。まだ恐怖心はあるのだが、肉を噛む以外はほとんど動かないムカデに対してなんとなく雑な慣れが出てきた。
 休日の行楽みたいな能天気さを発揮して、きゃっきゃし始めた我々になぜか眉間をぎゅっとして苦々しげにテオが言う。
「お前達は絶対に、その楽観で痛い目を見るぞ。絶対にだ」
 なんとなく、説得力にあふれた予言だと思った。

 荷物と客を全て積み、デカ足と呼ばれるムカデは砂漠の中へと進み出す。街まで五日と聞いてたが、昼夜を問わずノンストップでの運行だそうだ。
 それを聞き、ムカデに休息は必要ないのかとおどろく前に私は叫んだ。
「トイレとか! どうすんの?」
 それから、トイレとか。トイレとか。
 トイレはガマンの限界があるぞ。
 ムカデの胴には固定具の付いた長いベルトが何本も、等間隔に巻いてある。荷物や馬車は、それできっちり固定されていた。
 しかもムカデの歩みは滑るようになめらかで、手すりさえない平たい背中を普通に立って歩けるほどだ。
 周囲は三百六十度、色褪せたようなベージュの砂漠。さざ波めいた風紋の浮かぶ砂の地面が、山のように谷のように高低差を持って無限に続く。
 ただし広い砂漠にも当然終わりはあるはずなので、この無限は言葉のアヤとして大体の感じで受け取って欲しい。
 この変化にとぼしい景色のためにどうも実感はしづらいが、ムカデの足は相当に速い。
 夜も休まず走るとは言え広い砂漠の真ん中の、シュピレンの街に五日程度で着けるのはこの速度あってのことらしい。
 大して足も速くないのに私の心と尻に忘れられない疲労を残した謎馬車を思うと、高速でありながら普通にすごせるこの野生の制震構造はどうにか高く評価して行きたい。
 そのつるりとした暗褐色の、ムカデの背中で私は問うた。
 どうなの、と。
 思わず反抗期の金ちゃんのように、仁王立ちした私を見上げて女は笑う。
 よく見るとウエスタンハットの革ひもを、アゴでぎゅっとしめている。高速走行で発生した高速の風で、帽子を飛ばされないようにしているのだろう。
 そんな抜かりない人買いの女の、その笑顔は奇妙にゆがんでいるように見えた。そしてどこか皮肉げに、吐き捨てるように言ったのだ。
「おまるだよ」
「ごめんて」
 トイレとかマジどうすんの、に対する返事がこれだった。人買いとは言えご婦人に、繊細な話題を振ってしまった。
 異世界なあ、意外にトイレちゃんとしてるからな。田舎に行くと汲み取り式だが。
 王都とかの都会になると、なんかこう、魔法的なもののゴリ押しと信念を感じさせる力強さで清潔を保つ。原理は知らない。ただ、使用後には伝説の力でも託されるのかと言う勢いで便器の中がめちゃくちゃ光る。
 だからこの技術水準のよく解らない世界においても、おまるを使うのは追い詰められた状況だけだ。高速で走り五日も止まらない乗り物で運搬されて、おりるにおりれない時とかに。今だ。
 私も、できるだけトイレの回数を減らそうと、ごはんを質素に試練パンと干し肉だけで済ませようとしたこともあった。ムリだった。ごはんは食べたい。それもおいしく。
 この問題はレイニーと私がうちのメガネを馬車の荷台で角に追い込み、地味に腹パンしながら交渉した結果ドアのスキルをこっそり開いて適当なトイレにつなげてくれることで解決を見た。
 たもっちゃんはこの密約により、我々がトイレに行きたくなるたびに腹パンで合図されることになる。
 大ムカデことデカ足での旅は、その移動自体は快適だった。
 揺れないし、速いし、ちょくちょく降ってくる突然の雨はその気配を察知して商人たちが素早く雨具を取り出すのを見て馬車の中に退避するワザを身に付けた。
 ただし雨季でありながら、砂漠は基本スコールに伴う激しい雨ですぐにやむ。晴れ間の日差しが結構強く、頭の上から直射日光。足元からはムカデの体の黒っぽい部分に蓄熱された太陽熱が、時間を掛けてじっくりと夜になっても放熱を続けた。つらい。
 これが真夏になったらどうなるのだろう。冗談じゃなくて、到着したら干からびてた乗客とかいないのだろうか。
「いやいや、今が一番きついんだ。真夏になったら簡易テントを貸し出すからな」
 だからそこそこ暑いけど、それでも夏とは言えない今みたいな時期が最も試されてしまうのだ。乗客たちの生命力を。
 困るよな。みたいな感じの完全にひとごとのテンションで、そんな話をしてくれたのはそろいの格好の乗務員たちだ。
 三人一組で搭乗する彼らはムカデの多分首の辺りに設置された席に着き、一人は操縦、一人は待機、残りの一人が気合で眠る。デカ足の運行は三交代制のようだった。
 操縦も待機もなにもなければ退屈なだけだが、眠るのが一番難しいそうだ。眠らなければと思うほど、なぜか寝れない謎の現象に見舞われるのだろう。
 賄賂に甘いものを渡したからか、あれはこれはとわくわくたずねる我々に乗務員は結構親切に応じてくれた。ただのヒマ潰しって気もするが、話自体はおもしろかった。

つづく