神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 283

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久しき帰省と待ち受ける保護者編

283 完全なる誤解

 思えば、絶妙に間も悪かった。
 村に住む獣族の子供らは久しぶりに金ちゃんを見てやいやい騒ぎ、夏毛の毛皮の集団の中からもうほとんど大人みたいなサイズのクマが進み出る。
 そして数秒ひたと金ちゃんとにらみ合い、唐突にがっぷり四つの相撲大会が始まったのだ。
「あっ、あれティモか。またちょっと大きくなってない?」
「えっ、ティモなの? やばいな。もうおっさんと見分け付かないな。あの子の水あめも練っといたほうがいいよね」
「にーちゃんね、にーちゃんね、きんちゃんにかつってれんしゅーしてたよ」
 子供はすぐにおっきくなるわねえ。みたいな感じでメガネと私がジジババの会話をしていると、転がるように小さなクマがやってきて一生懸命に教えてくれた。ティモの弟のトニである。かわいい。
 周りで相撲の応援をし始めたちっちゃいクマやアライグマやヒツジの子供にダンジョンで補充した水あめを配り、割り箸的な二本の棒でねりねり練りつつ隻腕のトロールと若クマの一戦を見物してしまう。
 これは村に着いてすぐのことだったので、気が付けばヴァルター卿も獣族の子供に指導され一緒に水あめを練っていた。
 正直戸惑うが、そこまではまだいい。
 しかしなかなかいい勝負を見せた金ちゃんとティモの一戦が終わると、慎重に分けた水あめを半分金ちゃんに差し出すための子供の列に老紳士までが並ばされていた。これはもう、どうしたらいいのか解らない。
 子供たちの言うことを聞いてたらそうなったらしいが、止めるべきだったような気もする。なんかこう、ビジュアル的に。
 同じくどうしたらいいか解らなくなっている公爵家の騎士と、互いにものすごくなにか言いたげな視線を交わしながらも結局なにも言葉にならず、ヴェルター卿がよく練って細心の注意を払って二つに分けた水あめをトロールとクマの口に突っ込む姿をなす術もなく見守った。なんだこの状況は。
 この老紳士の行いに、はっとしたのはティモの弟であるトニだ。
 彼は小さな体でものすごく葛藤しながらに、すでに金ちゃんに差し出して残ったもう半分の水あめを戦いを終えた自分の兄へと肉球をぷるぷるさせながら贈った。
 この献身で自分のぶんの水あめがなくなってしまった子グマには、あらかじめ私が丹精込めて練り上げた執念の水あめをそっと渡した。でも、それさえも二つに分けて兄弟で食べてた。いじらしい。
 獣族の子供らが尻尾をぴこぴこ動かして水あめを食べたり食べ終わった子供から金ちゃんにおどり掛かる姿にほっこりし、よっこらしょと立ち上がって振り返る。
 すると、その時にはもうすでに地面に両手両膝をガクリと突いた男がそこにいた。
 なぜなのか。
 訳が解らないままに、私はその男の前に立ち真顔で見下ろすレイニーに問う。
「どうしたの? いよいよ隊長さん振ったの? ダメだよせめて優しく振ってあげなきゃ」
「何ですかそれは。知りません」
 この「知りません」は優しく振る義理などないと言う意味ではなくて、振ってもいないし私だって訳が解らない、と言う意味だったようだ。
 レイニーの前に崩れ落ちているのは、ローバストの騎士服に身を包み赤銅色の髪と目を持つ男。
 そう、なぜかレイニーに恋をして、泥沼に沈み切っているセルジオ・カプランその人である。
 セルジオはローバスト伯の命により守りの強化されたこの村で、志願して警備に当たる騎士隊長だ。どう見ても、たまに帰るレイニーが志願理由です。ありがとうございます。
 だから村に戻ってくるたびにこの隊長さんとは会うのだが、今日はかなり様子が違う。
「ねー、なんなの? いつもと違うじゃん。いつもはなんかもっとこう、レイニーの前では緊張しすぎてポンコツになる感じじゃん」
「リコ、そう言うのって本人には黙っててあげるのが優しさだと思うの。でも解る。いつもと挙動不審のタイプが違う」
 レイニーを左右からはさむ形で横に立ち、たもっちゃんと私はひそひそと話す。
 この感じの悪い我々に、セルジオのそばに片膝を突いた若い騎士が「おい」と厳しげな声で言う。
「あの子供は……子供か?」
 見れば、それは鼻と頬にそばかすのあるジャンニだ。なにを言ってるんだお前は。
 彼の視線はチラチラと、我々とレイニーの足元を行ったりきたりしてさまよっている。そこにいるのは、レイニーのスカートにしがみ付いているじゅげむだ。
 戦いにおもむく金ちゃんの肩からおろされて、かと言って獣族の子供の中にもうまくまざれなかったのだろう。もじもじとレイニーの陰に隠れていたのだ。
「いや、子供だよ」
「見た感じ子供でしょうが」
「そうなのか……子供がいたのか……」
 どこかショックを受けたようなその騎士、ジャンニに、なんか変だなと思いはしたのだ。だが、この時点ではそれだけだ。
 ヴィエル村に常駐する騎士たちは、相撲大会の騒ぎに気が付き様子を見にきたものらしい。
 そしてそのタイミングだと、すでにじゅげむは金ちゃんの肩ではなくてレイニーの足元にいた。
 また、最初ごわごわだったじゅげむの髪は、レイニーが手入れを続けたかいあってまあまあつやつやになってきている。その薄茶色の髪の毛は、見ようによってはギリギリ金髪と言えなくもない。
 くるくる巻いたレイニーの長い金髪とは輝きが違うが、真夏の太陽が赤く染める夕暮れの中ではそんな細かな差異までは解らないだろう。
 つまり、どうやら彼らはじゅげむがレイニーの子供だと思い込んだらしいのだ。
 我々にしたらレイニーが母親と言う発想すらないが、それを平気で乗り越えて行く思い込み。恐ろしい。奴らはどれだけレイニーが人間失格か解っていない。そもそも人類ですらないことも知らない。恐ろしい。
 この行き違いが判明したのは、ゆるゆると体を起こしたセルジオが騎士服の泥を払いもせずに、まぶしいように目を細めじゅげむを見て言ったからだった。
「一度で良い。父と呼んでくれないか」
 完全なる誤解ではあるのだが、思い人が子持ちであると初めて知ってあらゆる感情が吹き荒れつつも全てを受け入れ義父となる覚悟を決めた男の顔がこちらになります。
 ただし、相手の意見は聞いてない。
「えっ、俺、この人ちょっと恐い」
 たもっちゃんが反射的に体を引くのと同時に、テオが素早くじゅげむを抱き上げて確保。すでにじゅげむをかわいがっている公爵家の騎士と、テオのお目付け役である隠れ甘党が油断なくその周りを固めた。
 そして両膝を突いた状態で訳の解らないことを言い出した上司の背中を見ながらに、「隊長、それはさすがに」と、味方のはずのジャンニでさえもドン引きだった。

 場所を村の宿屋を兼ねた食堂に移し、たもっちゃんは勝手に入り込んだ厨房の中でしみじみと事実を噛みしめる。
「まぁ、子持ちだからって態度変えないのは誠実ではあるよね」
「いやあ、でもさあ。子供はいいとしてだよ、たもっちゃん。旦那は? レイニーに旦那いたらどうしたの? 略奪なの? それって誠実なのかしら」
「仮定の話で隊長を貶めるのはやめろ」
 魔石のランプが灯されたカウンターを間にはさみ、厨房と客席でゲスな話を始めそうな我々にジャンニがどこかげっそりと言う。
 最初は一緒に誤解して尊敬する隊長の気持ちを思い心を痛めていた彼ですら、あの愛の重さには引いたのだ。あんまり関係ない我々が、ざわついてしまうのもいたしかたない。
 その本人は今、我々の真後ろにいた。
 ジャンニや私などが腰掛けたカウンター近くのテーブルで、子供の好きそうな料理をこれでもかと並べて「さあお食べ」みたいな顔を向けている。
 向けられているのは、騎士にがっちりガードされているじゅげむだ。
 誤解は解けているはずなのだ。メガネと私が説明したので。なのにセルジオは私の隣でカウンターに座り夕食ができるのを待っているレイニーではなく、子供を構った。
「ねえ、なぜなの? 親子じゃないっつってんのに、なんでレイニーじゃなくてじゅげむのほうへ行っちゃうの?」
 体をよじり背後の席を見ながらに私が誰にともなく問うと、カウンターに料理を出しながら厨房の中のメガネが答える。
「あれかな……あの一瞬で見た父親になる夢がまんざらでもなかったのかな……」
 悲しいね……。と我々はジャンニをまじえて背後の様子をそっとうかがう。
 そこには、当事者なのに置いてきぼりのじゅげむ。表向きはなごやかに、しかし確実にピリピリしている義父志望のセルジオとじゅげむをかわいがる王都からきた騎士たち。それから水あめの対価に村の子供と遊び終え、食堂の床にどっかり座りテーブルの料理をひょいひょいくすね続ける金ちゃんと、なぜか仲裁に入った苦労性のテオがいた。カオスだ。

つづく