神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 313

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

313 新しい乗り物

 気が付くの遅くない? と、たもっちゃんは言った。
 お前が言うなと心底思った。

 雇った冒険者の世紀末的な裏切りで文なしとなった若い商人、エミールによる異世界土下座の変から一夜明けて翌朝。
 昨日の話し合いに使い、ついそのまま泊まってしまったピラミッド脇にある大きな建物。
 その中にある人工砂岩テーブルに、たもっちゃんが早起きして作った朝食を並べてもそもそ食べてた時にはっとしたのだ。
「いや、新しい乗り物はどうした」
「気が付くのに一晩掛かったかぁ」
 遅くない? 気が付くの。遅くない?
 たもっちゃんはそう言って、問い掛けるようでありながらその実めっちゃディスってくると言うムダなスキルを発揮した。
 いや貴様が昨日の内に素直に説明しとったらよかったんとちゃうんかと、私がついついイラッとしてしまうのも仕方のないことだろう。
 そんな、一触即発のこちらのことには目をくれず、朝食に集中するレイニーと金ちゃん。
 ケンカでも始まりそうな雰囲気に、びえ、と泣きそうな顔になるじゅげむ。
 朝食に出たやわらかいパンを、おろおろしながら揉みしだくエミール。
 こちらを気にはしているが口をはさめない子供と大人、そもそも気にしてない天使とトロールがいる中でめんどくさげに席を立ったのはテオだった。
 そして、おうコラお前だけ表出ろやと言い合うメガネと私の間に手を入れてバリッと物理で引きはがし、一言。
「やめろ」
 朝早く、寝起きで機嫌が悪いのかも知れない。
 灰色の瞳を細めるようにして、見下ろすテオに我々は一瞬でおとなしくなった。
 この空気は読まなくてはならない気がする。
 おびえた子供にごめんごめん、こう見えて! 俺たちなかよし! と謎のポーズでアピールしつつ、たもっちゃんと私は努めて穏便に朝食と話の続きへと戻った。
「で? たもっちゃん。なんで手ぶらなの?」
 乗り物はどうした、乗り物は。
 花壇化したピラミッドで収穫された、どうやら食べられるらしい砂漠の謎野菜いっぱいの可もなく不可もなくいたって普通のミソスープをすすって私は問うが、手ぶらは便宜上の比喩である。
 僕らには途中で勝手に共有された便利で不思議なアイテムボックスの存在があるので、物理的に手ぶらでもなにも持ってないと言うことにはならない。
 しかし、たもっちゃんが乗り物をアイテムボックスにしまったとしても、私のほうに新着通知が届く。それがないと言うことは、やはり手ぶらで間違ってないはずだ。
 だが、そんな細かい話は全然気にした様子も見せず、たもっちゃんは語る。
「いや、探しに行ったよ。最初はクレブリに。でも、ちょうどいい船がなくてさ。ブルーメ海少ないらしいから、クレブリになかったらもうないのかなと思って困ってたんだけど、そしたらほかにも港町あるって言うから行ってみたのね。そしたらね、よさそうな船があったから買っちゃった。何か、作ったあとで施主さんともめて引き渡せないしお金にならないしで遊んでたって新造船なんだけどね。すぐ売ってくれてラッキーだったなーって。でも、木造船だから。木造船ってほら、弱いじゃない? 何となく。ピラミッドに当たって砕けちゃう訳だし。それでね、今ちゃんと鉄板貼ってもらってるから。割増料金払って、めっちゃ速く貼ってもらってるから」
「たもっちゃん。私、なにから突っ込めばいいのかもうなにも解らないんだけど、とりあえずね、船なの? また? 船なの? いやいや、違うじゃん。あの流れは違うじゃん。テオもはっきり言ってたでしょうが。もう船には乗らないって。それで船買ってくるってなんなのメガネ。それから、木造船が弱いんじゃなくて、前の船は元々が古くて乗れなくなったのをもらってきたからボロかっただけじゃん。ちょっとぶつけただけで壊れるのも解るじゃん。あと、ピラミッド硬いし。魔法でよく固めてあっから、ほぼほぼ石だし。そら大体の物体は負けて当然っすわ。て言うか、船て。お前。船て」
「リコ、解んないって割にめっちゃ言うじゃん。そして最終的に話最初に戻ってきてるじゃん。いや、俺もね、どうだっけなと考えはしたの。でもテオが言ってたのはあの船で、この船じゃないからセーフかと思って。それでね、今日の午後くらいには鉄板貼り終えるって言うから引き取ってくるね」
「マイペースかよこのクソコミュ障が。たもっちゃんちょっとそこの塩取って」
「えっ。味薄い? 血圧上がるよ」
 やいのやいのと我々が、食事と言い合いを同時進行させる姿に戸惑ったのだろう。
 これは? これはケンカではないの? と、じゅげむが助けを求めるように問うようにテオの顔を見上げたが、もはやテオはなにも答えない。
 あれはああ言うものだからほっとけと、投げ出すふうに告げながら小さなじゅげむの頭をなでた。
 釈然とはしないが、子供には優しい。

 それから、テオとエミールは魔族たちが保管した魔獣から素材を適当にはぎ取るために中ミッドへと入り、たもっちゃんは万が一にもこのピラミッド群の存在が知られて誰かしらのよくない人間がたどり着いてしまった場合に備えてツィリルらの住居となった大ミッド一階部分のダンジョンを強化すると張り切って消え、昨夜の話し合いで可決されごはんとおやつで買収を受けたレイニーがこの辺り一帯を全てカバーする大きさで防御と隠匿の魔法壁を張るためピラミッド周辺の砂漠で作業することになった。
 この防御と隠匿の魔法壁については前に、大森林でエルフ売買に使われていたロクでもない小屋で見たものと同じだ。
 と言うか、レイニーはあれを参考に魔法術式を刻んだ九つの石と、その石の配置によって大きさの違う三つの三角形を重ねて作った。
 その全ての三角が重なる範囲が魔法壁で守られるのだが、守っているのはメガネの作ったピラミッド群であり、決して、決してそこに住む魔族ではないから天使としての天界しばりには抵触しないし絶対にセーフ。
 そう強固に言い張る天使に、そうだよねと私は全肯定でうなずいた。
 それは本当にセーフなのかとうっすら浮かび上がる疑問は、心の奥底にぐいぐいと隠す。
 仕方ない。
 やっと安寧を手に入れた魔族たちのために防御と隠匿の魔法壁は張っといて欲しいし、降りそそぐ太陽光とその熱を吸い照り返す砂地で朝の内から砂漠は暑い。
 魔法術式を刻むための石を砂を固めて作るところから始めたレイニーに付き合い、ただ見ているだけのお仕事でさえつらかった。
 これは仕方ない。どうでもいいからなる早でお仕事を終わらせて欲しい。
 実際に作業するレイニーだけでなく、私もがんばってえらかったと思う。
 ただただあくまで本当に、横で見ていただけではあるが。
 一秒でも早くエアコンの効いた室内に戻りたい一心でむやみにレイニーを全肯定しながら作業を見守りお昼になって、ピラミッド脇の建物に再集合してアイテムボックスに残ってたカレーで食事とする。
 こちらの世界ではイマイチ受けの悪いカレーだが、たもっちゃんはこれをいそいそと大ピラミッドのツィリル、ルツィア、ルツィエの魔族たちにも届けた。
 そして、がっくり肩を落として戻る。
 魔族たちと同じくカレーが初めてのはずのエミールは最後の希望とばかりにメガネから熱い視線を浴びせられていたが、結局はカツカレーの民に落ち着いた。
 そうだろ。やっぱカレーはカツカレーだろ。わかるわかる。私もだ。わかる。
 たもっちゃんは素のカレーだっておいしいのにと悲しみに暮れ、ごはんのあとで逃げるように新しい船を引き取りに行った。
 ピラミッドの住居部分を守るべく、ダンジョンを強化する意欲まで失ったらしい。
 しかしメガネが留守の間にちょっとだけ大ピラミッドを入り口から覗くと、入るなり耳の長い謎の巨像が通路の両脇に立ち並び、その先には謎の大階段がある上にでっかい石の玉がさあ転がるぞとばかりにスタンバイしていた。レイニーによるとでかい玉をやりすごした先にも色々ありそうだと言うので、そこそこ張り切って改装したあとだったらしい。
 たもっちゃんが砂漠に戻ってきたのは、おやつの時間を少しばかりすぎた頃のことだ。
 明らかに新しい船にテンションをおかしくしたメガネは、なんの効果もなくただ光るだけの魔法陣を展開させてアイテムボックスから船を取り出しはきはきと述べた。
「鉄甲船だよ! 日本丸って呼んでね!」
 どこからどう見ても自慢げに、わくわくと胸を反らしたその姿に悟る。
 木造船の強度がどうのこうのと言ってたが、実際水に浮かべもしない船体にわざわざ鉄板を貼ったのは結局それが言いたいだけだと。
 とりあえず、大体の感じで私は叫ぶ。
「貴様は戦国時代の瀬戸内の海賊とでも渡り合うつもりか!」
 自分の浅すぎる知識を思えば、正しさはともかく瞬発力だけはあるコメントができたと僭越ながらちょっとだけ自負する。

つづく