神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 332

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

332 ミズクミ

 ネコ。それは人類の頭上に君臨せし肉球。
 ネコ。それはまとめて置いとくと、まあまあ増えて行く毛玉。
 ネコチャン。かわいい。

 ネコの村たるハイスヴュステの深淵の村で、黒衣の戦士の騎馬とするため大切にされている巨大なネコたち。
 しかし人見知りが酷いとか、絶対に走ろうとしないとか。
 様々なネコ的な要因によって、騎馬には不向きとされたネコもいる。
 強めに掛けた隠匿魔法で深淵の村の人々には伝わらないのが残念なほど、顔面をぴかぴかさせたルツィアとルツィエが引き合わされたのはそう言った理由で主の定まらないネコたちのようだ。
 のようだ、と言うのは、双子とネコが引き合わされる瞬間に私は立ち会っていなかったからだ。
 ジェラシーである。
 ルツィアとルツィエに私は親しみを覚えているが、彼女らがこれからネコ様と運命の出会いを果たすかと思うととても同じ場所にはいられなかった。
 決まってから教えて。そしてたまにちょっとなでさせて。肉球で踏んでもらえるだけでも構わない。
 そんなねじれた気持ちを胸の内にかかえて、私は深淵の村の由来とも言える深い谷のそばにいた。
 対岸には白っぽく鋭利な刃のような、それこそセラミック包丁をタテにぎゅっと並べたみたいな高さのある絶壁。
 それを見上げる格好のハイスヴュステの村側とその絶壁の間には、深い谷が砂漠の果ての大地を割いてざあざあと水の流れる音さえ遠い。
 その谷の、村からほど近い位置に、向こうの岸まで届かず途切れた橋がある。
 谷の岩壁が鋭いために、水汲みのロープがどちらの岸にも触れないように谷底へ桶を下ろすための足場だ。
 よく見れば使われているのは木材ではなかった。ちょっとした丸太のような、なんらか大きな骨である。革ヒモで束ねて長く継ぎ足して、岸の柱に向かって張った何本ものロープでしっかり固定されている。
 その足場に一歩踏み出せば、骨の部分はつるっと滑るし革のヒモはやたらときしんだ。
 先導している黒衣の背中にくっ付いて、そろりそろりと足場に乗ったうちのメガネがふるふる震えてこっちに向かって振り返る。
「やだぁ、こわぁい」
「やかましい」
 ついイラッとしてしまうが、これは仕方ないと思うので特に反省などはしていない。
 ものすごく長いロープの付けられた水汲みのための桶を持ち、たもっちゃんは高低差のある絶壁の間にはさまれた深い谷の真ん中にいる。
 足場は岸に近い辺りは広く、建材が骨と革であることを除けばほとんど床のようだった。それが先のほうへ行くにつれ、使われる骨の本数が減り飛び込み台のように細くなる。
 強度と軽量化をかね合わせた結果、こう言うことになっているらしい。
 たもっちゃんと付き添いのシピは一応、命綱を体に巻き付けてはいる。それでも見てて普通に恐い。
 なにしろ谷がどこまでも深いし、渓谷を作る断崖はちょっと触れただけでもズタズタなのだ。しかも、谷からは風が吹き上げている。
 今、奴が足を滑らせでもしたら、我々は鋭利な岩壁でメガネがすり下ろされながら落ちて行く様を目の当たりにするのだ。恐ろしい。
 たもっちゃんは鉄壁のメガネを掛けてる上に飛べる魔法が使えるような気がしなくもないので、多分そうはならないが。
 桶をかかえてすり足で、足場の先のほうへ行くメガネ。
 それを振り返り気遣いつつも、全然平気そうなシピ。
 彼らを岸から見守るが、絶対に手伝おうとしない我々。
 物理的な意味で保身に余念のない我々は、まず私、それからレイニー。問答無用で安全を確保されたじゅげむに、おやつで釣った金ちゃん。また変なことを始めたなあと顔に描いてあるテオに、エミールと言う内訳だ。
 エミール。なんかまだ村にいた。
 頭に巻いた日よけの布がハイスヴュステの黒布になっていたりして、地味に集落になじんでいたが彼は砂漠の民ではなくて砂漠を行商で回る商人である。
 護衛に雇った冒険者に裏切られ砂漠に置き去りにされ、干からび掛けていた危機をツィリルが救った。ほとんどうっかりと。
 それが縁で我々がこの深淵の村まで送り、シュピレンの冒険者ギルドから迎えがくるのを待っていたはずだ。
 それなのになんでまだいるのかなと思ったら、その迎えがまだきてないらしい。
 それはいるね。全然普通に。我々が行って戻るのは早かっただけだ。
 エミールはダイレクトな恩人であるツィリルが村へきていると知り、挨拶のためにあわててやってきてくれたようだ。
 しかしその時にはすでにミスカによるネコ飼いの講義が終わり、魔族らは運命のネコに出会うべく別の場所に移動していた。
 それで大切な用ならジャマしてはいけないと、形としては二次的な恩人となっている我々に付き合いメガネのプロジェクトミズクミを見守っている。
 我々だけでなくちょっと遠巻きな村の人にもなにを始めたのかと見られつつ、たもっちゃんは足場の先からロープを垂らして桶を下ろした。
 勢いよくやりすぎて滑らせるように持ったロープが摩擦熱を持ち、変な悲鳴を上げながらメガネが手を離してしまうなどのベタなハプニングはあったが、すかさずシピがロープをつかみことなきを得る。
 戻ってきたメガネの言い訳によると、びっくりするほど熱かったらしい。
 その前に、谷底を流れる水に桶がしっかり浸かっていることを目視ではなくロープの手応えでシピが確認。桶のロープを足場に結わえ、その状態をキープした。
 それからシピと一緒に地上に戻り、たもっちゃんはあらかじめ作っておいた魔道具の所へ移動する。
 魔道具は砂漠の砂を腰の高さほどの箱型に固めた物体で、高さはあるが周りの幅はそれほどでもない。
 短い柱のようなその物体のてっぺんに魔法術式が刻まれていて、そこに手を乗せ魔力を込めると魔道具として作動する。
「じゃ、試してみるね」
 たもっちゃんが軽く言い、その魔法術式に触れた。
 魔力を込めると言う感覚が実は私にはよく解らないのだが、今、目の前でそれがなされていると言うことは解る。
 なぜなら魔力によって魔法術式が光り、その箱型の魔道具の、魔法術式が刻まれたてっぺんから水がざばざばとわき出したからだ。
 水はシンプルな箱型の魔道具を伝い、どんどんこぼれて乾いた地面にしみ込んで行く。
 たもっちゃんと私は叫んだ。
「そりゃそうだ!」
 細長い魔道具に水をためる場所はなく、そのてっぺんから水がわいたらムダに流れ落ちて行くほかにない。そりゃそうだ。
 短い柱状の魔道具はそのてっぺん近くに水を受け止めるための囲いを作り、囲いの一部を長く伸ばしてそそぎ口として下に置いた桶に水がムダなくためられるように改良されることになる。
 この、あるはずのない所から水が出ると言う現象は、しかし魔法ありの異世界においてはそこそこ見られる事柄ではあった。
 しかし、この魔道具からわき出る水は魔法で生み出したものではない。
 ではなんなのか。その説明を、たもっちゃんは「そう言う魔道具」と片付けようとした。
「タモツ、さすがにそれは無理だ」
 深淵の村の住人たちと一緒に話を聞いていて、テオがどこか悲しそうに首を振る。たもっちゃんのコミュ力のやばさに、改めて気付かされてしまったのかも知れない。
「だって。ほんとだもん。そう言う魔道具なんだもん。あのね、あれ。あったでしょ。ピラミッド作る時にさ、ブロックがこっちで消えてあっちで出てくる……ように、作った……転送魔道具?」
 正確には、たもっちゃんが砂漠で作ったブロックができ掛けのピラミッドの上にいる私の所でぽいぽい出てくる謎の現象を、ごまかすために作った雑な魔道具である。
 しかしそこまで説明するとまたでたらめ感が増すだけと気付き、たもっちゃんは不自然ににごして説明を続けた。
「あの魔道具のね、転送用の魔法術式をね、この台とさっき下ろした桶で対になるように刻んであってね、こっちに魔力通したら、桶のほうにも作用して水が転送されてくる仕組みなの」
「あの完成度がひどかった魔道具を……」
 私が思わず呟くと、たもっちゃんは微妙そうにうなずいた。
「まぁ……うん。でも俺、頑張って作ったし。何かに使えないかなって。あれ、転送した物が途切れたりねじれたりして酷い事になるけど、ほら。水には元から形なんかない訳で」
 て事は、実質不具合はなくなるし、危険な水汲みが回避できるしみんなにっこり。
 たもっちゃんはそう言って、なんだかキリッと親指を立てた。

つづく