神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 306

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子供とカレーと塩のこと編

306 モテすぎてつらい

 ピースサインは通じないながらになんとなくラスをイラッとさせて、そのままブーゼ一家に宿泊して翌日。
 ピザだピザだと朝一番にチンピラたちに捕獲されたメガネを見捨て、簡単に朝食を済ませたあとでシュピレンの街へ出てこまごまとした用事をこなした。
 レイニー先生の飛行魔法で運んでもらい、ギルドで草を売ったり、異世界商店街のバザールへ行ったり、イタチの仕立て屋に顔を出し何枚かできていたTシャツを引き取ってジャージやスウェットの生地開発の進捗を聞く。
 今回は写本の時間を取れないのは解っているが未練がましく魔女の貸し本屋にも立ちよると、そこで初めて恐ろしい話を知らされた。
 老いた姿の魔女いわく。
「自分で写す時間がないなら誰かにやらせりゃいいじゃないか」
 外注オーケーだった。
 それも、魔女に頼めば写本のバイトを手配して本にして渡してくれるまで全部やってもらえるらしい。
「言ってよ……」
「聞かれてないからねえ」
 魔女はどこまでもドライながらに全部こっちに任せられるぶん料金もかさむし、前の時はなんか私が妙にがんばって自力で写そうとしてたから水を差すのも逆に悪いかと思った、とも言った。
 確かに、外注のオプションが解放されたことにより私のテキスト翻訳のはずが写本にも使えるスキルが持ち腐れてしまう感はある。
 が、それは元々なのでアレなのだ。
 一言にまとめると、思いやりがつらい。
 ちっきしょーと数冊の写本を発注し、今回はシュピレンのキャッシュレス魔道具を使わないと決めているのでブルーメの現金で前金を払う。そして、ページ数と仕様にもよるが大体一冊金貨一、二枚は下らない本の値段にちょっと魂が抜けそうになった。
 手書きの写本は時間が掛かるし、それを仕事として人にやってもらうにはお賃金が必要になる。それは解る。でも高い。しかしその写本代の半分以上は人件費でありながら、製作期間で大体割ると時給としてはバイトみたいな額になる。もう、なにもかもがつらい。
 切ない気持ちで「またくるから!」と捨てゼリフを残し、帰ろうとしたら魔女に止められ手の平サイズの紙を数枚渡された。
 葉っぱの形をそのまま残した紙の木の紙には、なにやらぐるんぐるんと模様があった。
 なにかと思ってたずねたら、写本ができたら魔法的ななにかでこの模様を変化させ知らせてくれる魔道具だそうだ。
「魔女じゃん……」
「なくすんじゃないよ」
 その見た目ばかりではなく、やることまでしっかり魔女じゃんと。なぜかちょっと引いている私を、老いた店主は追い払うように手を振って追い出した。ドライ。
 あっ、戻ってたんすか! と、店から出るとどこからともなく飛び出してきた貸し本屋の近所のいつもの子供に写本の値段と貸し本屋の魔女マジで魔女じゃんとか言って、止まらない動揺を聞いてもらっておやつを渡す。
 それからレイニー先生の飛行魔法でブーゼ一家の屋敷に戻ると、その門を入ってすぐ。
 レイニーと私が戻ったと知り、若干涙目のメガネがじゅげむをかかえて建物の中から駆け出してきた。そしてその後ろにはメガネと言うかじゅげむを追い掛ける金ちゃんと、逆に凪いだみたいな表情のテオが付いてくる。
「待ってた! 帰ろう!」
 たもっちゃんはほとんど叫ぶようにそう言うと、一家の屋敷の中庭に空飛ぶボロ船を素早く、びかびかとした無意味な魔法陣と共にアイテムボックスから取り出した。
 そして我々を追い立てるように乗せ、別れの挨拶もそこそこに空へと飛び立つ。
 地上では建物に四角く切り取られた中庭に、ピザにまみれたチンピラや完全に見覚えのある元ホームレスのヨアヒム。笑んではいるが舌打ちの聞こえてきそうなラスや、またなあ、と、わっしょいわっしょい手を振っているゴリラのようなフェアベルゲンの猟師らが残らず顔を真上に向けて見送っていた。
 おいホントに飛んだぞみたいな声も聞こえてきたので、ただの好奇心だったかも知れない。
 こうして、多分なんらかの運び屋になれとかピザを無限に焼けとか街に戻って屋台やってくださいよ旦那様とか言われ、そしてムダにわっしょいわっしょいもみくちゃにされてコミュ力の限界を迎えたメガネによって、我々はシュピレンの街を脱出することになる。
 たもっちゃんは、なんか、おっさんにモテすぎてつらいとか寝ぼけたことを言っていた。

 街を守る壁の前では一回こっそり船をおり、ちゃんと関所を通ってシュピレンを出る。
 それからきた時と同じく船の上で豆粒をせっせとさやから取り出すなどしたり、どうにか草を干せないか試してみたり、ごはんにしたり、地上で野営したりして、またもやそこそこきっちり二日でクレブリに戻った。
 出発から五日で戻った我々に、なんだ引き返してきたのか? みたいな感じの塩組合の人たちにシュピレンに塩を届けてきたことと逆輸入禁止の約束を無事取り付けたことを伝え、立会人を返す。
 いやそんな訳ねえだろとなぜか見届け役として我々と一緒に戻った若い奴が詰めよられていたが、彼は随行一日目にして全てをあきらめた男だ。
 なにを言っても聞かれても「だって全部本当なんです」しか言わず、なんかお前大丈夫かと組合員をざわつかせていた。
 おい詳しい話を。主にその船の詳しい速度を。そして長距離運搬員としての契約を。
 みたいなことを言い出した塩の組合員を振り切り海辺の孤児院に顔を見せに行き、シュピレンで仕入れた土笛やおやつを子供たちに振りまいて私は私なりの買収にいそしみ、たもっちゃんはたもっちゃんでよく日に干して仕上がっていた子供たち製作の塩をよくやったねとほめて伸ばしつつ買い取ったり、特にできのいいガチ勢の塩を塩に一家言ある近所のおじいちゃんと奪い合ったりした。
 塩の争奪戦はメガネの敗色が濃厚で、「半分! せめて半分こ!」と、最終的にはおじいちゃんにすがり付いていた。
 あとはユーディットから申し入れられて、孤児院の庭に最近作った大きなお風呂に水を適温のお湯にする魔法陣を組み込む改造もすることになる。メガネが。
 あの風呂は元々、塩を作るようになってから濃縮海水を得るために海水を魔道具で真水と濃縮海水に分けて、大量に持て余す真水をどうにか活用するために作ったものだ。
 だからとりあえず今だけでいいやと言う軽率なノリで、湯を沸かす設備はなく、レイニーがむりやり魔法であっためていた。
 それがレイニーの留守中も入りたいとご近所から手みやげ付きで要望があり、ユーディットを始めとした職員たちも毎日毎日なにがあったと聞きたくなる勢いで汚れて戻る子供らを放り込めるので便利だと、なんとかできそうなメガネの帰りを待ち構えていたらしい。
 大量の水をお湯にするには適温といえども結構魔力を使うものらしく、そこをどうにか省エネで。と、ああでもないこうでもないとメガネが魔法術式をこねまわす内に夜がきた。
 この日はそのまま孤児院に泊まり、翌日はおみやげとおやつの効果で心なしかいつもより私に対して愛想がいいような気がしなくもない子供らに見送られ、ローバストへ。
 クレブリで孤児院のお風呂に手を加え、あっ、ずっと前に必要に迫られ、しかしなんとなくで作った村の風呂、これでいいじゃんと。
 なにも支えない柱とかお湯を吐く予定のライオンの顔なんかは変にこだわって作ってたのに、やはり給湯設備は作ってないと言う雑にやりっ放した自分の仕事をメガネが急に思い出したためだ。
 それにクレブリでだらだらしていると、塩組合にも空飛ぶ船での運び屋を迫られそうだったので。ちょっと距離を置いて逃げたかっただけだが、それに伴い異世界豆腐の開発は先のばしとなった。悲しい。
 そんな悲しみを胸に向かったローバストだが、しかし、こちらも思い出すのが遅かった。
「いや、付けたよ。風呂釜はもう」
 クマたちの住む村の家、台所に付いた貯蔵庫の奥。人知れず隠したつもりの秘密の小部屋。の、どこにもつながらないドアを。
 スキルで開いてばーんと戻り、ばーんと一続きになった台所とリビングに行くと、朝ごはんの片付けをするクマのリディアばあちゃんと遅めの朝食を取る事務長がいた。
 そこで、前に作ったお風呂使えるようにするからと、張り切って伝えたらこれである。
 すでに終わった話をなにを今さら、みたいな感じで言ったのは事務長だ。
 なにやら立派な風呂を作ってはいたが、お湯が使えないのでは話にならない。
 村にも――正確には村の中ではなくて村の近くにではあるが。小さいながらに鍛冶屋もできたことだしと、湯船の上に作ってあったライオンの顔がある壁の後ろに湯を沸かすための設備を、ライオンの口からお湯が出るようにわざわざ工夫して作らせたらしい。
「あのライオンとか、完全に遊びだったのに使ってくれてありがとね……」
「事務長、そう言うとこ意外にくんでくれるんだね……」
 なんとなく一抹の寂しさを覚えながらにメガネと私は冷血岩塩のダブつく在庫をおみやげに渡し、すごすごと村をあとにした。

 そして、いよいよ我々はやってきた。

つづく