神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 101
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大森林:秋編
101 森の中を探索
転移魔法と言うものは、とにかく準備に時間が掛かる。
消費する魔力も膨大で、小規模な転移でも二日に一度行えればいいほうだそうだ。
では、王子が大森林に残して行ったたくさんの兵を全て送り返すには、まだまだ日にちが掛かると言うことになる。
大変だなーと思ったら、そもそもこの前提が間違っていた。彼らはまだ帰らない。大森林でやるべき仕事があるのだそうだ。
年が明け、一ノ月も十日ほどがすぎた。
魔法陣の外から少年を見送り、翌日のことだ。たもっちゃんは言った。
「あの人達、ドラゴン狩りに行くって言うからさ、俺もちょっと付いてくわ」
「ドラゴンて、そんなポップに狩れるもんなの?」
アイス買いにちょっとコンビニ行ってくる。そんな感じのメガネの横には、整った顔をキリッとさせたテオがいた。そしてなんだかそわそわとしていた。
雰囲気としては、こいつがムチャしないか心配だから、仕方なく。俺が付いて行かなくてはならない。あー、仕方なく。あー、仕方ない。みたいな空気を出してはいたが、さすがに解る。テオもまた、わくわくしていると。
なにがそんなに楽しみなのか。ドラゴンって、あれでしょ? なんか知らないけど危ないやつでしょ、多分だけども。
王都から大森林へくる時に、乗せてもらったノラの馬車はドラゴンが引いた。
あれがいわゆる下位ドラゴンの一種だそうだが、それでも騎士の乗る覇者馬よりも一回り大きく力も強い。
ノラがテイムしていたものはのんびりしててかわいかったが、それはきっと野生ではないからだ。馬車を引くほど人に慣れた状態で、それでもノラは目を離そうとしなかった。
飼いならしているとは言っても、それでもドラゴンなのだから。と。
それが野生とか言ったらさ、もうなにがあってもおかしくないじゃん。
やだもうなんなの気が知れないと、バカじゃないのくらいの感じで言ってた私にメガネがぼそりとささやいた。
「ドラゴンの巣の近くには、変った草が生えてるらしい」
「で、いつ行くの? 近くまでは一緒に行くけど」
草があるなら仕方ない。私は、即座に手の平を返した。
王子のためにいい感じの場所を探した先遣隊は、そもそもドラゴンをテイムすると聞いていた。だから彼らの選んだこの野営地は、ドラゴンを狩るのに、と言う意味でいい立地だったのだそうだ。
つまり、近くにドラゴンがいてもおかしくはなかった。我々はそんな所で寝起きして、私はのこのこ魔法で守られた野営地から出て草をむしっていたことになる。
「言ってよ。そう言う大事そうなことは、先に言ってよ」
「いそうな場所と言うだけで、いるとは限らぬ。それに、いるとしても下位ドラゴンか、せいぜい中位程度の個体だ」
そう恐がることはない、と野営地に残った騎士たちは言う。
「これだけの戦力がありながら、下位ドラゴンに後れを取る様な無様はせぬよ」
「あっ、そんなフラグを……」
「壊滅するタイプのフラグを……」
たもっちゃんと私は、騎士や兵、魔法使いの一団にまざって歩きながらにおののいた。
これだから職業軍人は。高い帰属意識のせいなのか、集団の力を過信しすぎる。
しかし今回の戦力に関する見解は、騎士の見立てが正しいらしい。
「お……いえ、坊ちゃんのお供でしたからね。万が一に備えて、兵力は過剰な程に投入されていました」
だから本当にしんどかったのは、大森林に少人数で放り込まれた先遣隊の時だった。その辺にいた文系っぽい魔法使いが二人ほど、遠い目をしてそう言った。
死ぬかと思ったっつってたからなあ。しょうがない。うっかり王子って言いそうになったのは見逃してやろう。
私たちは野営地を出て、森の中を探索していた。私たちと言うか、ほとんどは兵だ。その武装した集団に、我々がまぜてもらっていると言うのが正しい。
多少は王子と一緒に帰ったが、数はそう多くない。減ったのは特に主の近くを守る、近衛騎士ばかりのようだった。
だから野営地に残された兵たちは、それでも七、八十人はいた。これを前衛後衛の二つに分けて、ドラゴンの捜索と捕獲を行う。
もう王子は帰ってしまったと言うのに、どうして今になってドラゴンを狩るのか。それは、率直に王の意向だそうだ。
「リコがさ、茸売ったじゃん。あれ、万能薬の素材になるんだけど、それだけじゃ足んないんだって」
万能薬を作ろうとしたら、ほかにも色々必要だそうだ。
アリのきのこも重要な材料の一つではあるが、これは高品質な万能薬にしか使われなかった。より効果を高めるための素材だ。
しかし万能薬全般に、絶対に欠かせないのがドラゴンの素材だ。こちらは、ないと作れないレベルで不可欠だそうだ。
ドラゴンと称されるものは下位のものでも全身余すことなく素材になるが、流通量は多くない。手に入らない訳ではないが、難しい。
そのためだろう。せっかく騎士や兵や魔法使いがこんなにたくさん大森林にいるのだし、ついでにドラゴン狩ってきて。と、お使い感覚で命じられたらしい。
それさえなければ、この人たちも順次王都に帰れていたはずだ。きのこを売った責任を感じる。
いや、でも万能薬は役に立つ薬だ。あって悪いと言うことはない。責任を感じるのは違うかも知れない。
て言うかなあ、と悩みながらも草だけはしっかりぷちぷちむしって歩く。
なんでも治すらしい万能薬は、誰一人として治癒魔法の使えない我々にこそ必要なのではないのか。
我々自体は、あんまりケガとかしたことはない。強靭だし、鉄壁なので。けど、ちょいちょい血まみれだったり年だったりで、目の前でぶっ倒れる人がいるからそんな時に困る。
たもっちゃん、カンニングとかして作ってくれないかな。
そんなことを考えながら、ドラゴン探索の集団にくっ付いて歩いた。
しばらくして、気付く。
森の様子が変わったと。
そこには木らしい樹木がなかった。いつの間にかそんな場所にきていた。
細長い緑の葉っぱが地面から直接ひゅるりと生えて、鋭い葉先が風にそよそよ揺れている。
私の背より高くしげったその草の合間に、ひょろっと細く真っ直ぐ伸びる筒がある。前見た印象と違ったが、これもフラウムの木だそうだ。
細く長い幹の中は空洞で、てっぺんにいくつか花を付ける以外は枝葉も持たない。木と言うか、形としては草花に似ている。
今は花があるべき部分に、ほわほわの綿毛があるからなおさらだ。なんかこれ、すごく大きなタンポポみたいだ。
しなやかな茎を持つ巨大なネコじゃらしっぽい植物があったり、帽子くらいの大きさの釣鐘のような花を咲かせる草もある。
ここは草花の森だった。所せましと好き放題にはびこる草が、秋の風に揺すられてざわめく。
まるで自分がとても小さくなって、雑草の生えた草原に迷い込んでしまったようだ。
兵隊やうちのメガネはさくさく歩いて進んでいたが、私はあちらこちらで立ち止まったり屈んだりして目に付く草を採集しながら付いて行く。
だから私はその時も、草を刈るため地面に屈み込んでいた。
膝の高さのしげみには、ラムネ菓子をばらまいたみたいに小さな青い花が咲いている。それをもさもさむしっていたら、中から虫が飛び出してきた。
ここは森だ。虫を見たのは初めてじゃない。と言うか大体、虫はいる。でも、こんなに多いのは初めてだ。
最初は一匹二匹だったのに、それはあっと言う間に大軍になった。何種類もの虫たちが嵐のように吹き荒れて、顔や体にばちばちと当たる。
それは不思議と同じ方向からやってきた。
やがて小さな生き物がまざり、大きな魔獣が草むらをかき分け飛び出してくる。やたらとツノの生えたシカの群れには、兵たちが何人も吹っ飛ばされていた。
それが、ぴたりと。
通り雨のように終わった。あちらこちらで固まって、魔獣たちをやりすごした兵がなんだったんだと戸惑いながらに体を起こす。
「動くな……!」
それを騎士たちが鋭く制した。声は小さく、しかしひどく緊張がにじむ。
彼らは空を仰ぐようにして、顔を真上に向けていた。その全身に、影が差す。
それは雲のようだった。雨を落とす直前の、ぶ厚く黒い雨雲のようにあっと言う間に空をふさいだ。あまりにも大きく、暗く、だから最初は解らなかった。
「……ドラゴンだ」
絶望のような呟きを聞くまで。
つづく