神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 334

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

334 ローバストから

 砂漠で手ひどい裏切りにあい、命からがら魔族のツィリルにうっかりで救われたまだ年若い商人の男。エミール。
 恐らくこのエミールのこともメガネの船かなにかで送って行けば話が相当に早くなるのだが、彼や彼をだました冒険者の身柄を引き取りにシュピレンのギルドから人が向かってきていると言う。
 それと行き違いになると悪いし、途中で探して拾うのも面倒だ。
 たもっちゃんがガン見を駆使すれば可能だが、しかしほかは素通りしてるのにギルドの迎えがたまたまいる村にだけピンポイントで立ちよるのも不自然だろう。
 もっと言うなら船にはこだわらずドアのスキルで移動するって選択肢もあるのだが、あれはあんま仲よくない人の前で使うのは厄介かなって思います。まあまあ今さらではあるが、思うだけは一応。
 なので我々は仕方なく、それはもう。仕方なく、エミールをネコの村にそのまま置いて一足先にシュピレンへと向かうこととした。
 結局目的地は同じなのに、置いて行く。不思議だね。
 ツィリルとルツィアとルツィエらはネコ入りの箱を魔法で持ち上げ自力で飛んでピラミッドへと戻ったが、ネコの村の人々はその様を、まあそう言うこともある……のか? と少し戸惑い見送っていた。
 すっかりカレーの民となったミスカにカレーのもとや次にしれっと遊びにくる時のため自立式のドアなどを託し、砂漠に浮かぶ賭博の街、シュピレンへ移動した我々はその足で冒険者ギルドへと向かう。
 水源の村でアルットゥやテオからどんどんと渡された、返済ぶんのサソリの素材を売るためである。砂漠の素材は加工や用途が特殊になるので、職人やユーザーの固まっている砂漠で売っておくのがいいらしい。
 あと、置いてきてさすがにごめんなと思っているエミールの、護衛たる冒険者がやらかした件をこちらからも一応報告したかった。
 そうしてほとんど夜になる頃にギルドの建物に駆け込んで、判明した事実は二つある。
 またもや我々のノルマ日数がギリギリになっていたことと、ローバストのギルドから指名依頼がきていたことだ。
「ねー、たもっちゃん。やっぱさー、猶予が九日って短いんだよ。ランク上げましょうよ。ランク。試験受けてさ。受けるのは完全に私じゃないからすごい気軽に言ってますけど」
「あっ、これフーゴからだ!」
 これはもうダメだと気付いた私がコミュ力を試されるとまことしやかに噂される冒険者ギルドの試験について触れると、たもっちゃんがすがすがしいほどに話題を変えた。
 受け取ったばかりの紙を手に、ギルドの窓口に立ったままその書面を読み上げる。
「ローバストから王都までの護衛依頼だって。これあれだね。送って行けって事だね」
「マジで? すっげーなじんでたからあのまま永住しかねないかと思ってたわ」
 たもっちゃんと私は、以前クマの村に戻った時にすっかり事務長の手先のようにローバスト肝入りの木工事業に力を入れていたフーゴの姿を思い出し、ちょっとだけどこか遠くを見るかのような心地になった。
 フーゴは王都にある大きな商家、ペーガー商会のチャラい次男坊である。
 軽薄な遊び人でお店の身代を食いつぶしがちなのかと思っていたら意外に家業を大事にしてて、志願者であるペーガー商会の料理人を一人だけ連れローバストへ乗り込んできたのも商機をかぎ付けてのことだった。
 まさかそれが、早々に事務長に取り込まれローバストの走狗となってこき使われて木材にまみれる内にこんがりむきむきとしたちょいマッチョになるとは。
 環境は人が作るものだが、環境もまた人を作るのだ。恐ろしい。
 まあ、それはそれとして。
 王都からローバストまでフーゴと料理人を連れてきたのは我々なので、帰りも我々が送って行くのがすじだろう。と言っても、前回は依頼として受けた仕事だし、今回も普通に依頼だが。
 こうして、夜になったシュピレンの街で片付けられる用事を片付けて、我々はまたすぐにローバストへ移動。
 ペンギンの生地職人とイタチの仕立て屋が試作品として一本だけ仕上げたスウェットズボンを引き取って、懐かしさと愛おしさともうちょっとやわらかさが欲しいなどの不満をまぜこぜにいだいてもみしだき適当なドアからクマの村へとスキルでつなぐ。
 クマの老婦人が管理してほとんど下宿屋のようになっている家の、台所に付いた貯蔵庫の奥。棚の後ろに隠されたどこにもつながらないドアがあるだけの小部屋を経由して、ドアのスキルをごまかしたいなけなしの心を形ばかり満足させて我々は普通に貯蔵庫を出る。
「ただいまー!」
 よく考えたら玄関や勝手口ですらなく台所の貯蔵庫から出てきてただいまは不自然でしかないのだが、台所にちょうどいたクマのリディアばあちゃんや二階の下宿人の一人、レミはぞろぞろと出てくる我々を怪しむでもなく迎えてくれた。優しい。この二人はすでにドアのスキルを知っているだけのような気もする。
 キッチンと一続きになったダイニング部分でテーブルをはさんで向かい合って座り、彼らはお茶を飲んでいた。夕食やその片付けも終わり、一息ついている時間だったようだ。
 クマの幼い孫たちはすでに眠っているとのことで、リディアばあちゃんにうながされ半分寝ているじゅげむをかかえてテオが彼らの部屋へと子供を寝かし付けに行く。
 神についてのあらゆる話を子供に伝える使命感を持ち始めたレイニーがじゅげむに付いて一緒に行って、なんとなく寂しそうな金ちゃんに炭水化物を差し出しながら私はなんだか不思議な心地になっていた。
 リディアばあちゃんとレミは、それぞれクマの獣族と人族だ。
 彼らは見た目からして明らかな異種族でありながら、いつの間にかにひどくなじんだ雰囲気を持つ。なんだかまるで、家族のように。
 同じような光景はもう何回も目にしているはずだ。なのに、私はなぜか今、向かい合ってお茶を飲む二人に、初めてちゃんとそのことに思いいたったような気がした。
 それに、きっと。
 今はレミの姿だけだが、ここに彼と一緒に下宿するエレやルム、大森林からやってきてやっぱり二階に下宿するラーメン留学のエルフらが加わったとしても、同じようになじんだ空気を出すのだろうと変な自信と確信があった。
「ラブアンドピースかな?」
 よく解らない感慨に私がとりあえず思い付いたことを言ってると、レミが台所に立って鉄のケトルに水をそそぎながら問う。
「お茶を入れましょう。今回はゆっくりできるんですか?」
「どうかなー。フーゴ次第だと思う」
「あァ。あの子、王都に帰るんだってねェ」
 レミに答えるメガネの言葉にリディアばあちゃんがうなずいて、「さびしくなるけど、家族にも会いたいだろうからねェ」などと、どことなく距離感の近いことを言う。
 なんでなのかなと思ったら、フーゴは木工所に詰めてない時は村のほうへやってきて積極的に村人たちと交流していたのだそうだ。
 獣族の好む料理も気にせず食べるし、一緒に騒いで酒も飲む。元々が如才ないコミュ力の権化と言うこともあり、めちゃくちゃすんなり溶け込んでいたと聞かされる。
 それなのに、なぜだろう。
 なじむなじまないの話だけならレミたちと同じようなものなのに、どうしてかフーゴに関してだけは素直にラブともピースとも思えない。存在自体がチャラいからだろうか。
 不思議だな、と自分の中の無意識めいた偏見と雑に向き合っていると、テオとレイニーが寝かし付けから帰還して、二階からエレやルム、エルフの小池さんが下りてきた。
 なぜだか解らないのだが、大人ばかりが夜の台所に集まってしまうと、ものすごく自然かつ必然的な流れによってラーメン夜食の会へとなだれ込むことになっている。
 なぜだか解らないのだが、この流れはすごくよいものだと思う。
 一晩明けてフーゴの所へ話しに行くと、またなんか日焼けとマッチョが深まっていたし、前に会った時にはかろうじて――もはやボタンは全開ではあったが。ギリギリ羽織っていたシャツさえ消えて、今やこんがり素肌にベストを引っ掛けているだけになっていた。
「フーゴさあ」
「違うんだ。体を見せたいとかではなくてね。暑いから。暑いし、ボタンも留まらないし、着てる意味ってあるのかなって」
 では逆に、ベストだけは脱がずにいるのはなぜなのかと思ったら、今着ているのは王都から持参したものではなくて村の若いクマがフーゴのために仕立てた手縫いのベストだからとのことだ。
「フーゴさあ……」
 田舎娘の純情をもてあそぶなよと軽蔑いっぱいに改めて呼ぶと、彼はやわらかな前髪を気だるく揺らし、そして妙にきっぱりと自信ありげに首を振る。
「大丈夫。僕は、あなたの事は好きだけどそう言うんじゃないのって言われ続ける人生だから」
 チャラいから女の子ともすぐ仲よくなれるけど、チャラいゆえに本気にはされない。
 そう言った、自業自得すぎる宿命をフーゴは背負っているらしい。知らんがな。

つづく