神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 321

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右の靴だけたずさえて編

321 おばば

 とある森の奥深く、静かに暮らすエレ、ルム、レミの三人との出会い。
 その時に彼ら三人を追い詰めていた自称大地主のおっさんとその仲間たちの悪行。
 最終的に我々が、その悪行を働くおっさんたちの右足と言う右足から靴を奪うにいたるまでの顛末を、どろどろとした怨嗟を込めて私は語った。
 まとめると、まだ子供みたいに若い子を保護者とむりやり引き離し、中年の嫁にするとか許さんからなと言う辺りのことを。
 そうして大体全ての事情を知って、アルットゥや、一緒に話を聞いていたネコの村の若者たちも実に嫌そうに顔をしかめた。
 それはエレ、ルム、レミの三人にふり掛かろうとしていた理不尽を思ってのことかも知れないし、そうして奪った実物である履き込んで小汚い右だけの靴が、アルットゥの家の中、たき火の跡の近くの砂地にぽいぽい山となっているからかも知れない。
 昼食はすでに終えていて、その靴はレイニーによって強力に洗浄済みなのでにおいの面でも衛生面でも安心ではある。
 でも解る。よからぬおっさんの靴ってだけで、どんなに清潔でもあまりにもムリと言う偏見が生まれる。
 我々は。と言うか、私だが。
 これらの靴を媒体としてこのハイスヴュステの村にいるおばばに、えげつない呪いを掛けてもらいにやってきたのだ。多分だが、たもっちゃん的には普通にアルットゥの所へ遊びにきたかったのもあるような気はする。
 なお、私がえげつない呪いの内容として語った尿路結石について。
 それがどう言うものなのか、アルットゥも最初はピンとこなかったようだ。
 しかしなぜかメガネがめちゃくちゃ詳しく説明し、ついでに聞いてたテオやシピやミスカにまでもヒュッと絶望の顔をさせていた。
 別に尿路結石のつらさに男女差があるとは思えないのだが、男子たちのダメージがどうしようもなくなぜだか深い。
 さすがと言っていいものか、その中で、最初に気持ちを持ち直したのはアルットゥだった。
「……話は解った。いや、解ってはいないが。その男らが許し難いのは解る。呪術師のところへ案内しよう」
 一定の理解は示したものの動揺があんまり隠せておらず、ぐらっぐらした感じはいなめないけれども。

 巨石のすき間のアルットゥの家から、また別の岩の間のおばばの家まで。
 高く険しくカミソリを束ねて集めたような鋭い岩壁に見下ろされ、白っぽい巨大な岩がどかりどかりと連なり群れる集落を歩く。
 その途中、巨石の上からなにかがぬるりと現れてぺたぺたと勢いよくおりてきた。
 なにかと思えば馬よりも大きな、そして足がやたらと多く手綱の付いた巨大なトカゲだ。
 爬虫類特有の気だるげな顔と全部で十六本もある足で、丸みを帯びた巨石の壁を難なく駆ける大きなトカゲはその背にハイスヴュステの黒衣をまとう一人の青年を乗せていた。
「ニーロじゃん」
 大きなトカゲが近付いて、気が付き声を上げたのはメガネだ。そしてそれに答えるように、あちらも笑うみたいな声で言う。
「うわ、本当にいる!」
 大森林の間際の街でアルットゥと同じタイミングで出会った彼とは、シュピレンで偶然顔を会わせて以来の再会である。それを言ったらアルットゥもそうだが。
 変なのがやってきたとでも誰かから聞いてきたのかも知れない。ニーロはとにかく、急いで駆け付けたと言った感じで現れた。
 どうしたどうしたやっときたかと早速質問攻めにされ、今さっきアルットゥに聞かせた話をもう一度全部きっちりくり返す。
 そうしてやっぱりなんとも言えない顔になるニーロを、ヒュッしたドン引きの絶望に突き落とした辺りで目的地へ着いた。
 その、呪いの得意なおばばの家も、やはり巨石のすき間にあるらしい。
 入り口はせまく、大人一人がどうにか通れる程度。大きな石が堅くもたれて重なり合った、巨石十割の岩屋感あふれる外観だ。
 そのためか金ちゃんは中に入ろうとせず、ここは僕がと使命感を見せるじゅげむが二匹のネコにはさまれながら一緒に残るとキリッと言った。本当に使命感からのことなのか私にはよく解らないのだが、とりあえずそのポジションを代わって欲しい。
 ミスカとニーロもネコとトカゲがいるために外で待機するそうで、なんとなく心配だからと子守りに志願するテオと一緒にじゅげむと金ちゃんを見ていてくれるとのことだ。
 アルットゥを先頭にメガネと私とレイニーと、それからついでにシピが岩屋のせまい入り口をくぐる。
 巨石としては少し小さく、それでも私の背丈ほどある岩が。壁のように、柱のように。上からおおいかぶさる巨大な白い石を支えて、その石が屋根と天井を兼ねている。
 すすの付いた天井は低く、私でも頭を打ちそうになるほどだ。
 けれども穴倉めいた入り口をすぎれば中はそこそこ広くなっていて、アルットゥの家と同じく足元の砂地にちろちろと燃えるたき火があった。
 その奥の、どん詰まりとなった岩壁を背に薄布を頭に掛けた黒衣の小さな人影がある。
 たき火の炎が揺らめいて、白くざらりとした壁面にその人物の作った影を妙に大きくゆらゆらと映す。
 窓となる切れ間が小さな入り口以外にないからか、天井までも押し潰されそうな巨石に囲まれ岩屋の中は奇妙に暗い。
 そして、音も不可思議に響いた。
 ハイスヴュステの黒布の下、老いてしわがれた声がする。
「人を呪うは業よのう。命運は巡る。呪われた者はおぬしを恨むぞ。恨みは不幸をおぬしに招くぞ。人を呪うて自らの不運を飲み込む覚悟が、おぬしらにあるかや?」
 毛織物に腰を下ろして背中を丸め、おばばは壁に落とした影を揺らしてケタケタと笑う。
 私は、呪いに必要なはずの小汚い靴を砂地に積み上げ、てへぺろと両手の親指を立てた。
「上等っす」
「あっ、躊躇もしないんだ」
 奴らを不幸に落とし込むためなら、自らの多少の不運もいとわない。あくまで多少ではあるが。
 そんな永遠に続くいさかいを生み出しがちなメンタルで、おばばの言葉を受けて立つ私になぜだかメガネがドン引きだった。
「ねぇ、リコ。尿路結石よ。尿路結石の呪いが返ってきたらどうするの? なんかあるんでしょ、そう言うの。うっかり呪いに失敗したら呪ったほうにそのまま返ってくる的なやつが。呪い返し的なシステムが。ねぇ、尿路結石ほんっとつらいんだからね」
「でもね、たもっちゃん。私、今すごい健康なの」
 具体的に言うと、一回死んで神の御業により作り直されしこの肉体と、この肉体に付与された強靭な健康を私は割と過信している。
 だからまあ多分、多少のことは平気かなって。
 てことで、呪いはどーんとお願いしますと砂の上に積み上げた靴を改めて、ずずっと岩屋の一番奥にいるおばばのほうへ押し出した。
 すると、――いや、するとって言うか。
 おばばが頭にかぶった黒い薄布をぺっと捨て、小指で耳の穴をぐりぐりしながら「なんじゃ、つまらん」と足を崩して片膝を立て、だらっと後ろの石壁にもたれた。
「お……おお?」
 私は思わず戸惑ってしまう。
 なんだこの変わりよう。
 て言うか薄布。頭の。薄布。
「いいんすか。布。その布。かぶってなくて」
「こんなん若いもんが化粧せんと出掛ける時の顔隠しじゃい」
「嘘でしょおばば」
 さっきまでの空気と違うやないかと、私の気持ちが追い付いて行かない。
 しかしそれは我々ビジターだけで、よく似た黒衣に身を包むハイスヴュステの民に取っては普通のことのようだった。
 苦々しげに、そしてどことなくうんざりと、アルットゥがたしなめる。
「おばば、そうやって客を脅かすのはよせと」
「だってな、呪術師に用じゃろ? 雰囲気作りも仕事のうちじゃ」
 ケケッと悪びれもせず老婆が笑い、はー、と細く長い嘆息をアルットゥから引き出した。
 この様子からすると、どうやらいつものことらしい。しかも、この村の住人ではないはずのシピが全然おどろいていない。
 なぜなの。これが通常運転だとでも言うの。
 とんだビジネスおばばじゃねえか……。
 しかも我々がなんだこれと戸惑う間に、おばばの座るどん詰まりになった石壁の横。暗く影になった辺りからぞろぞろと数人のじじばばが出てきた。
「今度の客はたまげて帰らんかったか」
「なんじゃ、つまらん」
「それより坊主、火を消してくれや。暑うて」
「年寄りに夏は堪えるのう」
 どうやら壁の影になった辺りは通路にでもなってたようだ。そこから好き勝手言いつつ這い出して、老人の集団がおばばと並び砂地に座る。
 アルットゥがもうあきらめたと言った様子でまた細く長いため息をつき、言われた通りおとなしくたき火に砂を掛けていた。
 自由。村のお年より。あまりにも自由。

つづく