神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 379
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ラーメンの国、思った感じと違う編
379 理不尽がここに
レイニーは出自が天使と言うこともあり、きらきらしくてめんどくさい顔面をしていた。
普段はそれを魔法のゴリ押しでごまかしているが、そわそわしすぎの兵士たちの感じを見ると多分だが、今はどうやら隠匿魔法の効果が出てないように思われる。
なんだろうなあ。なんかね。
それも困るって感じはするのだが、ちやほやされるレイニーの姿によく解らんが私は思った。
世の理不尽がここに集約されているのではないかと。
こっちは暗くてせまくて湿気のすごい地下牢に押し込まれていたと言うのに、レイニーはちやほやされながらなぜかお団子を丸めるなどしている。
この差は一体なんなのか。
いや、別に私も一緒にお団子を丸めたい訳ではないけども。
ちょっと引き気味の気持ちでそんなことを考えて、ふとした予感に襲われる。
「ねえ、もしかしてレイニー顔面だけで収監まぬがれてるとか言います?」
そしてその予感を、ここまで案内してきた官吏にぶつけると、彼はちょっと気まずげに扇をぱたぱた広げたり畳んだりしながらぼそぼそと答えた。
「……そうはっきり言われると答えようがないが……一部から強硬な反対意見があった事は認めよう」
「あったんじゃねえか」
「若いのが浮足立って仕事にならんから、もうさっさと引き取って欲しい」
「勝手に連れてきといてこの言われよう……」
いや、向こうも仕事だったんだろうとは思うけど。
こっちが悪いと決め付けてめちゃくちゃごりごりくるくせに、自分らが間違えたと解っても言われた通り仕事しただけだもんつって誰も責任取らないこの感じ。行政みを感じる。
役人ホンマそう言うとこやぞと。
大体のイメージで文句を言いつつ私が官吏の男にどすどす肩からぶつかっていると、役人に苦情を申し立てる会に喜々としてうちのメガネが参加した。
「いやー、どうしようかなー。俺らも好きで牢屋に入った訳じゃないんですよねー。その辺の謝罪とかによるんじゃないですかねー」
誠意! 誠意! よく解んないけど誠意!
と、たもっちゃんは勢いだけでぐいぐい行って、官吏を困惑のうずに突き落とす。
やっと俺のターンみたいな感じだが、奴はレイニーたちがいないと知るとすぐにガン見しこの状態を把握している。
だから、この囚人を取り調べたり捕えておくためのお役所が魔法を禁じる特殊な術式で守られていること。
そのためにレイニーの隠匿魔法も無効化されて顔面兵器が炸裂したこと。
レイニーの顔面が原因で兵士たちが一時パニックになり掛けて、急いで移されたのが魔法を禁じる術式の効果が及ばない厨房だったことや、金ちゃんも魔道具の首輪が発動しないとかえってまずいとついでに一緒に放り込まれたと言うこと。
レイニーはじゅげむを離さず伴っていたが、それに難色を示された時に厨房で仕事をしていた食事係のご婦人が「こんなお小さい子をよそへだなんて、かわいそうです!」と、善意から味方してくれたことなど。
そう言うことを全部すでに知っていて、なにをどう調理してやろうかとわくわく楽しみしていたようだ。
ただし、私はこの辺りのことを報告と相談のなってないメガネに、全部あとから聞かされた。先に言え。
しかしそれを知らないこの時点でもすでに、策士の官吏に果たしてどれだけメガネの浅知恵が通用するか、そして街で異臭騒ぎを起こしたことは事実でしかないので違法検挙とまでは言えない感じがするなどの、まあまあの懸念は大いにあった。
けれども、そんなことはいいのだ。
たもっちゃんが子供のように顔をわくわくさせているので、ここは一つ安全圏から見守ってあげたい。説得して止めるのが面倒とかそう言うことでは決してなく。決して。
ちなみに厨房では魔法も有効で、レイニーの隠匿魔法も復活してはいた。
しかし隠匿魔法の特性として、一度その対象が「そうである」と認識されてしまうと、もう隠匿の効果は望めない。
だから今もなおレイニーをちやほやしている兵士らは、魔法の効果がない時にうっかりレイニーの顔面兵器を食らってしまった者たちとのことだ。
厨房の中では官吏に対してごねるメガネとぶつかる私、お団子をせっせと丸めるじゅげむやレイニーと、二人をほんわり見守るふくよかなご婦人。レイニーと同じ空気を吸いたいだけの兵士たちがぞろぞろといて、その辺に積んである食材が気になって仕方ない金ちゃんをわあわあ言って止めている。
もう訳が解らないこの空間にあって、一人落ち着いているのはテオだった。
テオはずっと落ち着いていたし、最初から地下牢にレイニーやじゅげむがいないことを知っていた。
三国志みたいな格好の官吏に肩からぶつかるのも飽きて、と言うか私はわざと肩をぶつけて「あらあら、ジャマな所にいらっしゃること! さすがお役人様ですわねえ!」とか意味の解らないさや当てみたいなことがやりたかったのだが、ぶつかりかたが肩ではなくて肩から入るタックルみたいになっていたのでなにもかも間違えていたような気はする。
まあ、とにかく。
それにも飽きて、安全圏からメガネの蛮勇を見守り距離を置き、厨房の入り口辺りに立ってあきれたように、それか無力をかみしめて室内を眺めるテオのほうへ近付いて問う。
「テオはさー、なんでじゅげむとレイニーが大丈夫だって解ってたの?」
「あぁ……そうか。お前達は真っ先に運ばれたからな」
問われてやっと思い当たったと言うように、テオは口元に手をやって灰色の瞳でこちらを見下ろした。
「おれとジュゲムは、あの時レイニーの障壁にいただろう? だから、タモツと違って意識があった」
つまりレイニーの障壁に守られた彼らは、やいのやいのと騒いで金ちゃんを止めようとして、魔道具の首輪から放出されたくさいにおいに思いっ切り巻かれたガイドやチンピラやメガネと違い意識を失うことはなかったし、失神までは行かないがそのため逆に「う、おえ……」と苦しんでいた私よりはるかに明瞭な意識があった、と言うことだ。
テオはここで、あの首輪は本当にムダに被害が広範囲だからなんとかしたほうがいいと、苦い顔で忠告をはさむ。
それから自分の顔に触れた手で、あごの辺りをさするようにしながらに続けた。
「おれ達は兵に捕えられたのも最後で、おれが地下牢へ行くまで一緒にされていた。その間、レイニーは絶対にジュゲムを傍から離さなかったんだ。隠匿魔法の効果が消えたお陰もあって、周りも甘くなっていたしな。余りに兵が浮き足立つので、こう言った、魔法の使える場所に移されるとも聞いていた。そうだな……だから、解っていた訳じゃない。魔法の使えるレイニーがいて、おれが心配する必要はないかと思っただけだ」
レイニーは基本自分だけ助かろうとするタイプの天使だが、なんだかんだで手近の人間をついでに守りがちである。
ならば、確かに。レイニーの魔法が使えてじゅげむのそばにいるのなら、心配すべきことがなんかあんのかと言われたらあんまりないような気がしなくもない。
ないのだが、それはそれとして。
意外にテオがレイニーのことまあまあ信頼してるのが、なんか納得行かねえなって。
なぜだろう。私が近くにいるせいで、うっかり天使のポンコツぶりが薄まって見えてしまうのだろうか。遺憾だ。だってあいつレイニーですし。
そんなことをもんもんと考える私に、テオは凪いだような表情と瞳で真っ直ぐに言った。
「それよりも、タモツやリコだけで地下牢へやるほうが心配だった」
「あ、はい。そうは、はい。すいません」
どのくらい真っ直ぐだったかと言うと、思わず謝ってしまったほどである。
それから少しのちのこと。
開いた扇で口元を隠しほくそ笑む、悪役みたいな官吏から我々は謝罪をもぎ取ってめちゃくちゃ笑ってこのお役所をあとにした。
たもっちゃんもわくわくごねてがんばっていたが、悪役官吏には付け入るすきもなかったそうだ。だから、謝罪の理由は別にある。
なんとなく絶対あやまんないだろうなと思っていたら、意外な味方が現れたのだ。
丸っこくふくよかな体からあふれるような慈愛でもって、疑いもしないと言った様子でにこにこ笑んだ厨房担当のご婦人である。
「リクハルド様は厳しいけれど、お優しいです。悪いと思えば、ちゃんと謝罪なさいます」
そうですよね? と言った感じで名指しされ、男性官吏はたじろいだ。そして「……あっ……う……」と息も絶え絶えに、言葉にならないあえぎ声をこぼす。あえぎとは。
ひとかけらの疑いもない信頼のように。
ご婦人の澄んだ瞳に見詰められ、彼はぐっと覚悟を決めた。それで、「申し訳なかった」と変にキリッと謝って見せた。
謝罪の動機が完全に、ご婦人にいいところ見せたい一心すぎてさすがに笑う。
つづく