神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 356

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お家とじゅげむと輝かしき推し編

356 王都のやり口

 オマケにもらった新作菓子は、木の実の詰まったほろほろの生地を口に含んで噛みしめるごとに不思議に花の香りが広がった。
 優しく甘く香ばしく、口の中の水分を全部持って行きながらもったり変化しまざり合い、いつの間にかに余韻だけを残して消える。
 小さめの焼き菓子を分け合って、レイニーやじゅげむとこれはよいものだと震えてしまう。心なしか金ちゃんも、うっとりと目を細めているような気がどことなくちょっとだけしなくもないほどだ。
 我々はこの一連の行動をなんか文句を言って引きとめるフーゴの話を聞き流し、菓子店の真ん前でやっていたのだが、あとから思うとマナーとしてはほめられたことではなかった気がする。
 しかしその場では気付きもせずに、すぐにこの新作菓子を買いに戻ろうとばっと菓子店を振り返るくらいの勢いがあった。なんの勢いかは解らないけども。
 そして王都の一角の、商家としては一等地にある菓子店の中では、木の実のぎっしり詰まった焼き菓子をめいっぱいに並べたトレイやそれを詰めるための箱を持った店員が並び、我々が舞い戻るのを満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。いい笑顔だった。
 これが王都のやり口である。
 しかもよく考えたら前にもオマケをもらってしまい、その菓子をすぐさま買いに戻った記憶があるので引っ掛かるのも初めてではない。これだから王都は。
 大都会のやりかたなのか高級菓子店の方針なのかは知らないが、そうしてすっかりやられてしまった我々は新作菓子を追加購入したあとでまだ言い足りないフーゴに連れられペーガー商会へと移動した。
 扱う商品でいっぱいの店舗部分に隠された、商談用の応接室でフーゴはソファに腰掛けてやっぱり大げさに声を上げて嘆いた。
「全く! 君達は薄情だ! 相談したい事だってあったし、用がなくても顔を見せてくれたって構わないじゃないか。うちの従業員が君達を見掛けていなければ、また挨拶もなくどこかへ行ってしまったんだろう?」
 ゆるく整え気だるげに乱れた前髪の下、少しばかりじっとりと、それでいてどこか甘えるように彼は我々を見詰めて責める。
 照り焼きめいた日焼けがたたって甘い空気がそがれてはいるが、そう言えばこいつすきあらばコミュ力でぐいぐいたらし込んでくる陽キャだったと思い出す。
 その服装はやっぱりチャラくタイトにぴったりしてて、胸元はこれでもかと相変わらず開かれていた。しかしシャツやベストは一応ながら下のほうでボタンが閉じられて、それだけでまだなんとなくセーフみたいな感覚がある。慣れとは恐ろしい。
 ローバストで鍛えられた筋肉で体のサイズが変わってしまい、前に顔を合わせた時にはボタンと言うボタンが全開だった記憶があるが王都へ戻って服は作り直したのだろう。
 そんなどうでもいい感想と考察をいだきつつ、たもっちゃんと私はそろってうなずく。
「あ、そう言う流れなんだ」
「お店の人って気が利くもんだねえ」
 もしも私が従業員でお客を外で見掛けたとしても、全力で隠れるくらいのことしか思いつかない。コミュ障としての本能で。
 そこを、このペーガー商会の従業員は機転を利かせフーゴに知らせに走ったようだ。
 えらいな。でもなんでなのかな。と思ったら、どうやらフーゴ、と言うかペーガー商会が我々と話がしたかったようだ。
 テオやレイニーやじゅげむに金ちゃんもまじえ、お店の人が出してくれたお茶などをいただいているとフーゴが本題を切り出した。
「君達が、ルディ=ケビンに開発を委託した大型オーブンがあるだろう? パンを焼くための。あれがそろそろ形になってきていて、試作品を何台か調理現場で使ってもらって改良点を洗い出したいって話になっているんだ」
「あっ、ルディ=ケビン元気ですか」
 この異世界で初めて遭遇したエルフの名前を耳にして、うちのメガネが急にピンと背筋を伸ばして食い付くがそこはフーゴに「元気元気」と流される。
 ここでヘタに付き合ってしまうとエルフを愛しエルフと少しでも同じ空間にいたがるメガネはロクに話を聞かないままにエルフの所へはせ参じてしまう可能性があるので、対処としては実に正しい。
 そして、彼はソファの上に腰掛けた体を前に向かっていくらか倒し、我々に顔を近付けて心持ち声をひそめながらに言った。
「だから、君達に相談したかったんだ。あの新しい船で、試作のオーブンを何台かローバストに運んでくれないか?」
 我々のほうもなんとなく、ソファの上で体を倒しフーゴのほうへ頭をよせてそれを聞いたが、内容は普通に荷物運びのお仕事だ。
 それなのに、なんでこんなに内緒話みたいにするのかと思ったら、ホントに内緒にしていたいらしい。
「同業者にね、知られたくないんだよね。しばらくは市場を独占したいし」
「商人えげつないのもうちょっと隠して」
 たもっちゃんの正直な感想にてへぺろと笑うだけのフーゴによると、ローバストなら王都と離れているし、今は各地からパン職人が集まっているので試作の大型オーブンをテストするには好都合な場所とのことだ。
 しかし王都から遠いぶん大きなオーブンを運ぶ手間が掛かるし、その道中で人目にも付く。市場独占の野望を遂行するために、これはあまりよくないらしい。
 そこで、フーゴが目を付けたのはメガネの空飛ぶ船だった。
 船は前のボロ船をうっかり壊し、最近新しくまあまあ大きな帆船になった。この船に、彼はペーガー商会の料理人と共にローバストから引き上げる時に乗っている。
 あれなら大きなオーブンも船の胴体部分に内蔵された船倉に隠して運べるし、人目にも付かないと考えたようだ。しかも、空飛ぶ船は通常ルートより相当に早い。
 確かに、それならオーブンを運んでいるのは解らないかも知れない。しかしそのぶん空飛ぶ船は空を飛んでいるだけで別の意味で人目に付くが、構わないのだろうか。
 あと、早さで言ったらメガネの雑なドアのスキルにはかなわないんだよな。
 ただ、それに関してはなんとなくめんどくさいと言った理由でフーゴには明かしてなかった気がする。
 そしてなんとなくめんどい印象は全然今も変わっておらず、たもっちゃんも私もソファで膝に両手を置いてなぜか軽く上のほうを見ながら頑なに口をつぐんだままだった。
 そんな我々を前にして、フーゴはまた嘆きと苦情の話題に戻る。
「その相談もしたかったのに、君達は工房で別れたっきり顔も見せないし、いつの間にか王都からもいなくなってるし。全く信じられないね!」
「いやー。でもそれさ、フーゴたちを送ってきた時の話でしょ? あのあとは、結構長く王都にいたよ。用があるなら言ってくれればいいじゃん」
 たもっちゃんはホントに俺たちばかりが悪いのだろうかと、ここで素直な疑問をていした。悪気はなかったと私には解る。
 しかし、いっつもへらへらとした印象の陽キャは、これにめずらしく若干ピリッとした声を出して答えた。
「一介の商人が、紹介もなく公爵様のお屋敷に押し掛けて行けるとでも?」
「アッ、ハイ……」
 じゃあ手紙……とも思ったが、一介の商人が公爵家にぶしつけに書状うんぬんと言い返されたので、なんかそれもムリだったらしい。
 ギルドに指名依頼を出して呼ぶと言う手もあるのだが、先にこれ秘密だかんねと直接話を通しておきたかったそうだ。
 なにからなにまで知らんがなと言う気持ちしかないが、なんかごめんなとりあえず。
 そうする内にどかどかと足音が応接室に近付いて、気の急くようなノックがコココンと響いてすぐにドアが開かれた。
「おっ、いたな! 味見してくれ!」
 手にしたトレイをずいっと突き付け、挨拶もなく言うのはペーガー商会の料理人の男だ。
 彼はフーゴと共にローバストに滞在し、村でパンなどの作りかたを学び王都に持ち帰っていた。その腕を活かして、最近は新しいパンなども焼いてみているらしい。
 その一部、ほかほかとトレイに載った焼き立てのパンに、たもっちゃんはまるで恋する乙女のようにきゅるるんとした表情で両手でさっと口元を押さえた。
「やだ! この人ったら惣菜パン作ってる!」
 ベーコンとマヨネーズを散りばめてこんがり焼き上げたパンに、お皿の形に成型した生地に甘味のある細かい野菜をまぜ込んだホワイトソースをこれでもかと満たして焼き上げたパン。ソーセージ丸ごと一本を包み込んだものはうま味を逃さず閉じ込める感じがよかったし、ラーメンの打ちかたも学んでいたのだろうか。焼きそばパンもしっかりあった。
「やだー、好き!」
 私も一緒になって試食して、レイニーやじゅげむたちと共にきゅるるんとなった。

 こうしてフーゴから持ち掛けられた話は、このあと具体的にはぼかした感じでギルドを通して受諾すると言う体裁になる。
 たもっちゃん的にもローバストの村へは行きたい用があったので、まあ受けてもいいかなと言うタイミングだったそうだ。
 この「用」の内容を私が知るのは少しのち、公爵の説教部屋に行く直前のことになる。

つづく