神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 342

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

342 即売会

 体が資本で見た目のいかつい冒険者、甘い物も結構食べる。
 私覚えた。
 甘いものが苦手なテオなどもいるので、完全に個人差ではあるが。
 図らずも甘いものが食べられそうだとわくわくして列をなしたおっさんたちに、さすがのメガネも断れない空気を感じたようだ。
 と言うか、ちょっとまんざらでもなさそう。
 たもっちゃんはその点について、昔の少女漫画とかに出てくる恋する乙女のように語った。
「装備とか使い込んでて歴戦感のあるベテラン冒険者とかが俺の作ったこんなちっちゃいお菓子で喜んでくれてさー、何かさ。愉悦」
「言いかた」
 胸の前で合わせた両手をもじもじさせる黒ぶちメガネに私は真顔で首を振ったが、血の味を覚えた獣のように愉悦に酔った変態を止めることはかなわなかった。
 きっと、誰にもできないと思う。
 可能性が最も高いのはエルフだが、彼らにはそもそもメガネを止める意志がない。
 大森林の中にあり我々のほかにはエルフくらいしか行くことのできないドラゴンさんのダンジョンの、調味料や日本酒などを間際の町へ売りにきた彼らは本来ならば真っ直ぐ里へ戻るだけだった。
 それを、行き掛かり上ではあるが我々を拾ってしまったために、こんなより道に突き合わせることになっている。
 悪いなあと思っていたら、彼らは彼らでブルッフの実を拾い集めて種だけでなくイモのようにやわらかく爆ぜた実もしっかり買い戻して確保していた。
 メガネにお菓子を作ってもらい、里へのおみやげにするらしい。
 エルフの願いは自分から積極的にかなえさせていただく、そんなメガネの習性を熟知し切っているかのような力強さがそこにはあった。頼もしい。
 それで結局、愉悦を求めるメガネの希望でこのあと約二日ほどブルッフの実でせっせとお菓子を作っては冒険者のおっさんたちに売り続けるだけの期間となった。
 なお、ブルッフの実がシーズンを迎えた溶岩池の周辺は駆け出し冒険者っぽい若者の姿も結構あったが、ベテラン勢のおっさんたちがお菓子にわくわくしてしまう姿に俺たちがなりたかった冒険者はあれじゃないとばかりにドン引きでしばらくは心の距離がひどかった。

 それから。
 これは「あとから思えば」と言う話になるのだが、その人物が我々の前に現れたのは我々がブルッフのお菓子を業者のように売り続けた最後の日。夕方近くのことだった。
 即売会が始まった当初ほどではなかったが、我々の前にはまだお菓子を求めるお客の列が伸びていた。
 彼は、そこにおとなしく並んでいたのだ。
 やがて列が進んでその男の番になり、売り子を雑に手伝う私の前にぽっちゃりとした人影が現れた。
 彼は人目を避ける様子ではあったが、逆にその場の誰よりも目立った。
 ミイラのように布をぐるぐる巻き付けた頭はどうしても顔を隠したいのだろうなと察してしまうし、そのくせぽっちゃり丸く小柄な体はノーガード。
 大森林の洗礼でも受けたのかそこそこ全身汚れていはいるが、体に合わせて仕立てたらしきベストまでそろいのスーツ姿だ。
 覆面とした布の下からぼそぼそと、痩せぎすでひょろ長い連れの男に耳打ちし、その意を受けた連れの男が注文と共に銀貨をこちらに差し出した。
 ギルドに属する冒険者には通常禁じられている現金収入も、大森林では免除されている。
 が、銀貨を出されたのは初めてだ。
 私はお釣りがあるか確かめてくると言い訳し、実際は全然関係ない話をするため後ろのほうでブルッフの実を裏ごししているメガネの所へ早足で行った。
「たもっちゃん」
「解ってる」
 そうか、解っているか。
 銀貨を出してしまったために待たされている格好の、覆面スーツの小男を多分我々は知っていた。
 恐らく成人はしているし、小柄と言ってもじゅげむほどに小さくはない。しかし、全体の感じがどうしても七五三に見えてしまうあの男。
 お前、ミオドラグだろ。私には解る。
 と言うか、従者らしひょろ長い男は別に顔も隠してないので、もう絶対そうじゃねえかとしか思えない。
 あいつは我々を避けているはずだが、一体なにをやっているのか。
 自分は一応顔を隠しているのを見ると、我々がチームミトコーモンであることはすでに承知のことなのだろう。
 それなのに、なんでここにいるのかと。
 たもっちゃんはその辺りを知ろうと軽率にガン見し、そしてミオドラグに対して急激にデレた。
「何かね、リコ。何かね。元々近くにいたって言うか、こっから休息地って近いじゃない? そこを拠点に虫探したりしてたみたいなんだけど、溶岩池の帰りに休息地通った冒険者とかからお菓子の話聞いたみたい」
 それでどうしてもメガネの作る大森林のお菓子が食べたくて、別の意味で危険を承知でわざわざ足を運んだ。と、言うことのようだ。
 我々は今回そこにはよらずにきたが、大森林に入る冒険者は通常、大森林の入り口に近い休息地に一旦立ちより体を慣らす。
 ほどほどの奴らはいつでも安全な休息地に逃げ込めるようにその周辺で仕事をするし、腕に覚えのある者は大森林に慣れ次第もっと森の奥へと進んだりするのだ。
 ミオドラグもまた雇った冒険者に守られながら休息地辺りで変わった虫を探す活動にいそしんでいたが、図らずもそこで恐らく今だけ食べられるお菓子の存在を知ってしまった。
 それを作り販売するのが宿敵であると言うことも、きっと同時に知ったのだろう。
 ミオドラグの父、マロリー男爵に恨まれているらしい我々は、ミオドラグに発見され次第あの手この手で報復受けるはずである。
 しかし面倒なのかなんなのか、ミオドラグにそのつもりはあんまりないらしい。我々も理不尽に報復されてしまうのは嫌だし、それで互いに避け合っていたのだ。
 それがここへきて、まさかの再会。
「変装してまで俺の料理食べたいとか、あいつもなかなかかわいいとこあるよね」
「たもっちゃん、チョロすぎない?」
 ブルッフのお菓子だけでなく備蓄のおやつや料理を出していそいそとミオドラグの所へ急ぐメガネに私はあきれたし、聞けば聞くほどミオドラグの虫への執着はなんなの。

 釣銭の相談に装ったメガネと私のただの雑談を待つ間、後ろに並んだ別のお客が先にお菓子を買って行くのをどことなく切なく見ている覆面ミオドラグの寂しそうなたたずまい。
 そしてその場に残って売り子をしていたレイニーの、なにお前らだけさぼってんだ早く戻って馬車馬のように働けと聞こえてくるかのようなカッとした眼力に急かされて、私たちは夕暮れの即売会場へ戻った。駆け足。
 会場と言っても、大森林のでこぼこした地面にむりやりテーブルを設置しているだけだ。
 そこにはシュピレンの屋台で使った残りの小さめの白菜を一枚ずつにはがしたみたいな使い捨て皿を並べ、まんじゅう状に形をそろえたブルッフのお菓子を載せてある。
 一皿で銅貨一枚になるように数を合わせて皿に盛ったお菓子を少し横によせ、たもっちゃんは自らアイテムボックスからこっそりと出し、ごちゃごちゃと運んだ数々の料理を見せ付けながらに覆面姿のミオドラグに問う。
「客人よ、さぞや名のある美食家とお見受けします。そこで提案なのですが、ブルッフのお菓子を銀貨で買って普通にお釣りを受け取りますか? それともお菓子を買った値段と合わせてちょうど銀貨一枚になるように別の料理を買いますか?」
「ぜんぶかう」
 むしろ買わない理由がない。
 反射的に、そして若干食い気味に答えたミオドラグからは、自制心を奪われたオタクみたいなそんな心の声が聞こえた。
 そうして、恐らくはメガネの計画通り。ミオドラグは銀貨一枚ぶんのお菓子や料理を購入することになったが、実際これを並べてみるとなんだか量がすごかった。
 これはうちの料理担当がそんなに値の張る料理を作らないのが主な原因で、だから銀貨一枚ぶんともなるととにかく量がすごくなる。
 しかし、たもっちゃんは量がすごいし保存にもこまるなどの些事でひるむようなメンタルなど持ち合わせてはいない。
「お菓子とかは凍らせて、しっかり包んどきますね。これで結構もつと思うんで。あと悪くなりそうなものとか、伸びちゃいそうな麺類とかは食券でお出ししときましょうねぇ」
 あらかじめ購入した券を相手が確実に品物に換える信頼があってこそのシステムを、食券の概念すらなさそうな異世界で初対面の宿敵相手にメガネは堂々と打ち出した。
 素直にお釣りを渡しておいて、料理は料理でその都度売れば済む話ではないのか。
 意外に商売っ気を出してくるメガネにそんな戸惑いを覚えつつ、まあまあ平和にすごして、夜中。
 それは唐突に訪れた。

つづく