神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 326

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右の靴だけたずさえて編

326 細胞に染み込む

 水浴びから戻った男子らは、総じてアイヌに伝わる伝説上の小人になっていた。
 真っ直ぐ瑞々しい軸に、てっぺんで大きく開く青々と一部が欠けた円形の葉っぱ。
 その植物は大人の背丈を優に越し、まるで巨大なパラソルのようだ。
「リコ、見て! 蕗だよ、蕗! もらっちゃった。あく抜きしてお出汁で煮るからね」
 たもっちゃんは両手で支えて肩に担いだ巨大なフキを、びよんびよんと弾ませてはしゃぐ。
 その様に、私は思った。
「コロポックルじゃん」
 こうやってフキの下にフキより小さな人がいる絵か写真、見たことあるわ。
 あれは人の姿に酷似した、けれども人よりずっと小さな別のなにかを表したものだと思っていたが、もしかすると違ったのだろうか。
 ただ単に、フキが巨大すぎるだけだったのかも知れん。いや知らんけど。
 ちょっとしたパラソルめいた巨大なフキは水浴びに行った小川のそばにわっさわっさ群生し、異世界だからか年中いつでも収穫できるとのことだ。
 巨大なフキの林のような光景になにこれすげえと叫んだら、アルットゥがその場でぽきぽき折ってくれたとうれしそうにメガネが言って早速その下準備に取り掛かる。
「俺は塩使ってあく抜きするんだけど、砂漠って塩貴重らしいじゃない? この辺のお家だといつもどうやって下ごしらえしてんの?」
「姪などは、恐怖の実と煮ている様だ」
「あ、お米か。精米してないやつ? やっぱ米ぬかがいいのかな。て言うか砂漠でも恐怖の実とか作ってるんだね」
 たもっちゃんは雑談のようにアルットゥと言葉を交わしつつ、さくさくとフキを適当な長さに切り分けて行く。
 大体の感じなのかと思ったらどうやら鍋の大きさに合わせたようで、まな板で塩をまぶしてごーりごーりと転がした軸をぽいぽい鍋に放り込んだらぴったりだった。
 完璧な計算により鍋いっぱいに入ったフキは、アルットゥとクラーラの家の玄関前に立てたままだった三脚状のたき火の台で軽く煮る。
 たもっちゃんはフキの下準備を一度に終わらせるつもりのようで、鍋を火に掛けている横で次のフキを手際よく切ってまた別の鍋に入れていた。
 でっかい魔女鍋でやれば一度で終わったような気もするが、料理のことは自分に関係ないと思っているせいかこの時は全然思いも付かず、私はなんか大変そうだなとぼんやり遠巻きに眺めるばかりだ。
 このあと、一回煮たフキの外側のすじをひたすら取る作業には我々も駆り出されることになるのだが、私はまだそのことを知らない。
 だから、実際ヒマではあった。
 しかし実際のヒマさに輪を掛けて、ものすごくヒマを持て余しているアピールをしながら、のんびりと、しかし慎重に。
 私はそろそろと白っぽい巨石のふもとに忍びより、気配を消してすっと座った。
 そこにはシピとミスカの連れである白ネコや、赤と茶のまだらのネコ。それからじゅげむと金ちゃんが砂漠の砂に直接座り、張り付くように巨石にもたれてわずかな日陰で休んでいるのだ。
 左から、ネコ金ちゃんじゅげむネコ。
 これは仕方ない。このかわいいとかわいいと筋肉しかない集団に、どうあってもまざりたい。
 自分としては持てる力の限りを尽くしてさりげなく合流したのだが、それでも全然さりげなさが足りていなかったらしい。
 赤と茶色のまだらの尻尾が気付いてるからなと言うように揺れ、石壁にもたれて伸ばした両足をびしびし重く打ってくる。
 結構容赦ないのだが、なぜだろう。うれしい。
 その後、やっぱりフキのすじ取り作業に招集されて、嫌だよう、嫌だよう。細かい仕事に向いてないんだようと訴え、スルーされ、しばらくするとそのフキをおダシで煮たものでごはんを食べた。
「なんでなんだろうね、たもっちゃん」
 私はぽつりと言いながら、割り箸のような二本の細い木の棒で半透明に透き通るフキの煮物を持ち上げて見詰める。
「昔は、こんなの食べても全然うれしくなかったのにね。今となってはめちゃくちゃおダシがしみるよね」
「わかる。俺も。おからの煮物とか別に好きじゃなかったのに、年食ってからなぜか細胞に染み込むレベル」
「わかる」
 なんだか切ないけどおいしいね。などとしんみり言い合って、たもっちゃんと私はおダシの味を噛みしめた。
 そのそばでテオやレイニーは全然解らないって顔をしつつもとりあえず文句は言わず食べ、じゅげむはなんでもよく食べるいい子で、金ちゃんは草なんか食えるかと言う強い意思を全身で余すことなく表現していた。地面を掘って虫を探すのはやめよう。
 異世界のフキを常食しているはずのアルットゥやクラーラもいつもと違う味付けを興味深げに味わって、シピとミスカは砂漠で貴重な食物繊維を好みはせずともありがたがった。
 いいお味とほめられたメガネがもじもじとダシの取れる小魚の干物をほめたクラーラに大量にあげたり、逆にその小魚と昨日の宴会の礼にとハイスヴュステの黒布や白っぽいナイフなどをもらったりもした。
 ナイフは砂漠のふちの集落の奥、川の向こうにそびえ立つカミソリの刃を連ねたような絶壁の、はがれ落ちた鋭利な石をさらに研磨し柄を取り付けたものらしい。
 たもっちゃんは完全に見た感じだけで「セラミック包丁かな?」などと言い、お肉をうれしげに切っていた。
 どうやらこの品々はシピを経由しアルットゥに渡った草のお返しも含まれているようだと、はっと気付いたのはそれからだ。
 おみやげに対するお礼の品を渡されて、たもっちゃんは「あっ!」と声を出す。
「アルットゥのところへくる時はこれでもかとおみやげ持ってこようと思ってたのに全然忘れてた!」
 ちょっとシュピレンでも行って追加のおみやげ調達してくる! と、メガネは笹を投げ捨てダッシュするパンダのように駆け出した。
 それを待ってと引き留めて、街へ行くなら冒険者ギルドで草でも売って罰則ノルマの発動を回避しといて欲しいのと、魔女の貸し本屋に頼んだ写本を一部引き取ってきてくれとついでに頼む。
 ギルドのノルマはそろそろ日数が危ないような気がするし、貸し本屋の魔女から持たされた写本ができると超自然的ななにかで知らせてくれる葉っぱの紙をチラッと見たら一枚「できたよ」とばかりに変化していた。
 もはや私もどれがどの本の札なのかさっぱり覚えてないのだが、できたとなると本はなる早でこの手に取ってなで回したい。そんな抗いがたい欲求に駆られる。
 魔女の店はシュピレンの街でも微妙に変な場所にあるので回り道になるのだが、たもっちゃんはこれをマジかよ行くわとキリッと快諾。
 どうやら、魔女の貸し本屋と言う語感からしてファンタジーであることと、地味に行くのが初めてなので若干わくわくしているらしい。
 確かに、あの店は全体的に薄暗く得体が知れないし、数々のよく解らない本が所せましと本棚から床まであふれて、どうやってもうまく閉じられないくらいにやたらとぶ厚い謎の本などもいっぱいあるが、フタを開ければただの貸し本屋である。
 本のほかには客を軽率にカエルに変えたがる魔女の老婆くらいしかいないけど、大丈夫かな。思ったのと違ったとか言って、たもっちゃんがっかりしたりしないかな。
 私、心配。
 一緒に行けばよかったかなとも思ったが、村に残ったレイニーやじゅげむと巨大なトカゲの意外にぷにぷに弾力のある左右合わせて十六本の足裏をまんべんなくもませてもらっている内に、そんな心配は十秒で忘れた。
 アルットゥになだめられトカゲはおとなしく足をもまれていたが、薄い舌でぺろぺろと四つある瞳を絶えずなめるせわしない姿がなんだか迷惑そうだった。
 そんなのんびりとした我々に対し、テオは村の若者たちに誘われて砂漠の魔獣を狩りに行き、暴れウシで換算すると二、三頭ほどもあるでっかいサソリを数匹のトカゲで引きずって戻った。
 私が生きてるそれと出会ったら人生を九割ほどあきらめてしまう自信があるが、テオやハイスヴュステの男らによるとこのサソリくらいならそんなに難しい獲物でもないらしい。
 いや、サソリだぞ。それも人間より相当にでかい。奴らはどうかしていると思う。
 小さなことからこつこつと借金を返すことにしたらしいテオは、その狩りの取りぶんを素材として売れるサソリの外殻で受け取った。
 そして残ったあとのお肉は、食用である。
「エビだ! これエビっぽい!」
 クラーラがボイルしてくれたサソリの尻尾のブロック肉を、手づかみでむしり口いっぱいに頬張ると完全なるエビだった。
 異世界にきてからエビっぽくないエビとエビではない別の食べ物をエビだエビだと言い続けてきた気がするが、異世界の生物が大体エビの流れを汲んでいるのか私の中にエビ以外の語彙力がないのかもうなにも解らない。
 でもとにかくこのサソリはエビ。おいしい。

つづく