神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 340

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

340 自動応答の勢いで

 思えば前に溶岩池にきた時はシーズン前の夏だったので、自分たちのほかには誰もいない状態だったのだ。
 そのためついうっかりと、こんなに混むもんなんだねとはしゃぎすぎてしまった。
 これはダメだと実力行使で止めにきたテオのどこまでも真顔と、それを見ていたエルフらのまるで騒ぐ子供を仕方なさげ見るかのような、少々困った、けれどもほほ笑ましいみたいな顔でさすがに我々も冷静になる。
 申し訳ない。長命らしいエルフからするとどんな感覚なのかは知らないが、我々はもういい大人だと言うのに。
「でも、困ったね。こんなに混んでると、なかなか溶岩ポップコーンできないかもね」
「とりあえずブルッフの実だけ集めとく?」
 そうねえ、そうしようかしら。
 みたいな感じでちょっと離れた所から、いかつい冒険者たちが文句を言ったり先の奴らを急かしたり若干もめごとを起こすなどして順番を待ちをする、障壁に囲まれた溶岩池を見ながら相談していた時である。
「姐さんじゃないっすか!」
「その呼びかたはやめよう」
 横から声を掛けられて、もはや自動応答の勢いで私は答えた。
 それと同時にほとんど反射的に振り向くと、声のした方向にいるのは木箱を背負い編み笠をかぶった薬売りの男だ。
 大森林の薬屋は何人もいる上に大体同じに見えるので実は別人と言う可能性もあるが、溶岩池辺りが担当で去年の夏に出会った奴と同じだと仮定するならば約一年ぶりの再会である。
「元気? 久しぶりだねえ。あれじゃん。前に会った時、仕事さぼって遊びすぎててあのあとめっちゃ怒られたらしいじゃん」
「何で知ってんすか」
 それはな、そのあと会ったほかの薬売りに聞いたからだったような気がする。
 薬売りは商売道具の大きな木箱を背負ったままで話しながらにひょいひょい屈み、森の下草に隠れるように落ちているソフトボール大のブルッフの実を次々見付けて拾い集めた。
 その石のように硬い実は全部こちらにくれるので、ただのお手伝いである。
 実がいっぱい落ちてるポイントまでも教えてくれて、親切だなあと思っていたら「そっすね。お礼は甘い物でいいっすよ」だそうだ。助かるけど、下心だった。
「前にー、兄さんがブルッフの実で甘い菓子作ったじゃないっすか。あれ、いまだにちょっと夢に見るんっす」
「呼ばれた気がした。休憩にしよう」
 薬売りのこぼした絶賛に、以前溶岩池に放り込みやわらかく爆ぜたブルッフの実でスイートポテト的なおやつを作った安心と実績の黒ぶちメガネがキリッとした顔で現れた。
 現れたと言うか、のしのしと付いて回るだけの金ちゃんを引き連れせっせとお手伝いするじゅげむやエルフたちと共に、近くでブルッフの実を拾っていたので普通に話が聞こえたのだろう。
 なお、いかつい冒険者などの気配しかなくて忘れそうなるが、ここも一応いつ魔獣が襲ってくるか解らない危険な大森林である。
 そのために、テオと一部のエルフらは周囲の警戒に当たってくれていた。
 ただ一人レイニーだけがそのどちらにも参加せず、転がっていたちょうどいい倒木に腰掛けてさわさわと風が吹き梢の影が揺れる森の中、世界の行く末を憂うかのようにめちゃくちゃ悩み深げな表情でサボる。
 休憩になると悩むのをやめしっかりおやつを食べにきたので、どうしたのか問うと実際悩んでいたと解った。
「木から落ちたブルッフの実は芽を出すでも根を張るでもないので、生きてはない様に思うのです。ですが実が爆ぜ種ともなれば芽が出て然るべきですから、そうなればやはり生命と言うべきかと。では、生命はいつから生命なのでしょう。わたくしがブルッフの実を拾い集めると、規律に背く事になるのでしょうか。それともブルッフの実が爆ぜた段階で? わたくし、解らなくなってしまって……」
 天使は天界の掟によって、地上の命に関わってはいけない。
 と、言うことになっているらしい。
 その点うちの天使は色々と甘く、何度かうっかり掟にそむき天界の玉のような上司さんからムチャブリ形式の罰まで受けた。
 ただ、なんとなくではあるのだが。上司さんからの指令を一緒にこなした体感からすると、罰って言うか、ちょうどいいから便利に使われただけの気もする。
 ただ、とにかくそう言った諸事情のために、レイニーはその辺の草をむしることさえしなかった。
 大地に根を張る植物は、広義で生き物判定らしい。調理された肉や野菜はよく食べるのだが、死んでいればまた話が別とのことだ。
 では、ブルッフの実はどうなのだろう。
 つるりと石のように硬いブルッフの実は、木から地面に落ちたとしてもそのままでは種が発芽することはない。溶岩の熱で熱せられ、ポップコーンのように爆ぜて初めて芽が出せる状態になるのだ。
 それで、これどうだったけなと。
 ブルッフの実を拾う行為について、天界的になんらかの規約に抵触するのかどうか彼女なりに頭を悩ませていたらしい。
 自分からレイニーにどうしたのかと聞いておいてあれだが、知らんがな。
 前の時はどうしていたのかなに一つ思い出せないこともあり、私の興味は急激にレイニーから目の前のおやつへと移った。本人も段々面倒になってきたようで、結局うやむやに大事を取って労働には参加しないことになる。
 ムダな時間をすごしてしまった。
 拾い集めたブルッフの実を持てるだけ持った我々が森の中を戻って行くと、源泉かけ流しの露天風呂や溶岩池が見えてくる。
 我々が前にきた時にノリで作ってさらに大きく改修した風呂は、その後シロウト仕事が炸裂したと聞く。
 地中から湯船までお湯を運ぶパイプの辺りが破損して、冒険者ギルドが雇ったプロの修繕が入っているらしい。
 そもそもの最初の状態がどうだったのかもうよく覚えていないのでどこがどう壊れてどこが直されたのかイマイチ解らないのだが、そのお陰なのだろう。
 出来心で作ったにしては渾身の露天風呂は今も、巨大な湯船になみなみと豊かに湯をたたえ、静かに、唐突に、森の中にあった。
 この風呂を冒険者ギルドが気に掛けるのは貴重な素材を落として行く魔獣、私が勝手に親分と呼び敬愛してやまぬ金ぴかのでっかいサルが体を休めにくるためだった。
 しかし、今はその姿はどこにも見えない。
 親分のために広く作った巨大な風呂は、急激に秋へと移り変わり行く森の風景を凪いだ水面に映しているだけだ。
 お風呂、飽きてしまったのかなあ。もう露天風呂につかる親分に、冷えたミルクを差し入れたりすることもできないのかなあ。
 などと、ほぼほぼ一年様子も見にこなかった事実を忘れ私が身勝手に寂しい気持ちになってると、「いやいや」と薬売りの男が顔の前で片手を振った。
「今はこう言う時期っすっからね。冒険者も多くて、ブルッフの実が弾ける音がやかましいんすよ。そのせいでグランツファーデンが寄り付かなくなっちまって、こりゃまずいってんで日暮れから夜明けまではブルッフの実を投げ込まない決まりができたんす」
 なので、静かな夜になったら親分は今でも気まぐれに湯につかりにくるらしい。
 しかし温泉を好み結果として素材を落として行く貴重なグランツファーデンを守るため、露天風呂の周りには警備に雇われた冒険者とギルドの職員が常駐していた。
 これではきっと、以前のように気軽には親分に近付くことはできないだろう。
 だが、必要なことだと言うのも解る。
 グランツファーデンの素材は特殊で本体を傷付けず穏便に採集しなくてはならないが、それを考えず乱暴な手段に出ないバカがいないとも限らない。
 そんなバカから親分を守るためならば、不用意に露天風呂に近付きすぎて警備の人とギルド職員に不審がられてもガマンする。と言うか、これは私が普通に悪い。
「せめて会えるかなあ、親分」
「おやぶん?」
 言葉の響きが気になったのだろう。
 肩から掛けた幼稚園カバンにブルッフの実をぎゅうぎゅうと詰め込み、両手にも持てるだけ持って忙しげなじゅげむが不思議そうに私を見上げた。
 そうかそうか興味があるかと私は親分がいかにかっこよく包容力にあふれたサルかをじゅげむに対して力説しつつ、溶岩池へと向かって伸びた列の最後尾に並ぶ。
 露天風呂と同じく、それか露天風呂以上に。
 この溶岩池を取り巻く様子も、前とはずいぶん変わってしまった。
 まず、なにかと言えば障壁だ。
 黒いアスファルトによって丸く森を切り取るような溶岩の池を、ぐるりと高く四方を囲む魔法障壁が展開している。
 灼熱の溶岩へ放り込み天高く爆ぜるブルッフの実を、逃がさず回収するためだそうだ。
 でも前にきた時はこんなものはなかったし、巨大なポップコーンのように元気よく飛びはね森へと消えるブルッフの実は、目視で追い掛け運と体力で回収するしかなかった。
 人が増える採集シーズンになるとこんなんしてくれるんだねえと思ったら、この回収障壁はごく最近からの取り組みらしい。

つづく