神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 319
noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212
小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/
右の靴だけたずさえて編
319 手みやげ
我々がネコの村から船を飛ばしてピラミッドへと着いたのは、おやつの時間が少しすぎたくらいの頃だ。
まだ太陽はそこそこ高いが、今日はこのままお泊りとする。
これから船で移動していると、恐らく途中で夜になりまた魔法の光でビカビカと騒ぎになってしまうかも知れない。そう言う配慮があってのことだ。
我々も一応、反省の心は持っているので。本当にごめん。
それで、いくらか時間ができた。
その時間を私は、花壇化している小ピラミッド周辺で草をむしったりしてすごす。
なお、ちょっと気になっていた夏の砂漠が灼熱で水をやっても草が枯れてしまう問題はすでに対策がされていた。あくまで花壇の中に関してだけだが。
三つ並んだピラミッドの内、一番小さく花壇となっているものは実際つくりも花壇に近い。いくらかの砂を留め置くための、枠組み部分しか作られてないのだ。
しかし外から見る限り、ほかの二つと同様に四辺の三角形を持つ四角錐の外観を持つ。
これはメガネが魔法術式をこねくり回し、実在しない上の部分を幻影でおぎなっているからだ。
ちなみに、そのギミックを仕込んだために魔道具化している小ピラミッドの魔力も、水やりと同様に魔族らが請け負ってくれているそうだ。
そしてその、花壇をピラミッドに見せる幻影の部分が夏の日差しをいくらかやわらげてもいるらしい。
その製作者、たもっちゃんは語る。
「なんかね、あれ。マジックミラーみたいな感じ。外側からはピラミッドだけど、内側からは外が見えて、でも完全に透明じゃなくて、何となく薄暗くなっちゃう感じ。別にそんなつもりじゃなかったんだけど、作ってみたらそうなったから、まぁいいかなって」
「完全にただの偶然じゃねえか」
お陰で花壇の中で守られた植物は灼熱の太陽に焼かれることなくすくすく育っているそうではあるが、「俺って、天才?」みたいな顔のメガネにはものすごく釈然としないものを覚える。
とは言え、魔法がダイナミックすぎる魔族のダイナミック水やりにより花壇の外に勝手に生えた草などは、やっぱりこれから枯れるだけの運命だ。
だったら力の限りむしるなどして、各自おみやげにでもしようぜと。
シピとミスカを巻き込むと、彼らは実にてきぱきとよく働いた。そこまでがんばらなくてもいいのだが、夏の砂漠で草は貴重らしいのでどうしても力が入ってしまうとのことだ。
こうして日暮れまでの草刈り勝負が突如始まり、案の定、私が一人で負けた。
当然のように採集量でも負けたし、砂漠の民が種類ごとにくるくる束ねて整然とまとめた草の美しさにも負けている。
なにあれ。同じ草のはずなのに、あっちのほうがなぜかちゃんと素材って感じがしてしまう。
くやしがる私にシピとミスカが慣れてるだけだとフォローを入れて、カレーやカツにまみれた夕食となる。
くやしいままに就寝し、翌日は移動日。
朝、ごはんを終えて出発前に、たもっちゃんがツィリルになにかを渡した。
「あのね、これと対になった土笛をエミールに渡してあるからね、鳴ったら迎えに行ってあげてくれる? 多分、素材のお金とかこの辺じゃ手に入んない品物とか持ってきてくれるはずだから。あれでしょ? ファンタジー系格闘マンガみたいな理論で、大体砂漠のどの辺にいるか解んでしょ? まぁ、都合が悪かったらスルーしてもいいけど」
そんな気分の時もあるよねと、どこまでもコミュ障をこじらせたよろしからぬアドバイスと共にメガネがツィリルに渡していたのは手作り感あふれる微妙な造形の人形である。
ぼってりとした謎の動物がラッパを吹いているデザインで、背中の辺りに魔法術式が刻まれていた。
エミールに持たせた土笛のほうにもこれと対になる魔法術式が刻まれていて、あちらを吹くとこちらで受信し着信音を吹き鳴らす仕組みになっているらしい。
その説明に、メガネの後ろに並んだ二人。
シピとミスカが興味深げにしていたが、彼らは着信人形への興味だけでなく、ツィリルに用があって順番待ちをしていたようだ。
たもっちゃんが場所を譲ると彼らはツィリルの前に立ち、若干ぐしゃっとはしているが几帳面に四角くたたんだ黒い布を差し出した。
二枚の布の片方をシピがさらりと広げて見せて、大きく薄く、スカーフのような質感をアピールするように示しながら言う。
「ハイスヴュステの黒布だ。砂漠では重宝するはずだから、どうか礼に受け取って欲しい」
どうやら昨日の内に勝負のようにして刈った、小さなピラミッド周辺の草をツィリルが育てたと遅れて知ってなにか対価をとあわてたようだ。
完全に私の説明不足を感じる。
ツィリルとしてはメガネ発注のお仕事として水やりをしているだけなので、我々がいいなら好きにむしれと言った感じなのだろう。
手近にいたメガネを自分の前に引きよせて、黒衣の若者たちとの間にはさむと判断を全部丸投げにした。ツィリルもメガネの扱いにちょっと慣れてきた感がある。
ネコの村にはすでに砂漠や砂漠以外の草や塩などを渡してはいるが、あれはびっくりさせた謝罪の意味の迷惑料だ。よく考えたら引っ越しの手みやげはまだだった。
むしった草で挨拶にしようと思っていたらしきメガネは、でもハイスヴュステの布も欲しいと追加で岩塩を渡すなどした。
ハイスヴュステの作り出す布は黒い色を持ちながら、不思議と熱を通さない。彼らがこのクソ暑い砂漠で、黒衣に身を固めながらも平気でいるのはそのためだ。
たもっちゃんはそうして譲り受けた二枚の布を、ルツィアとルツィエにいいと思うとそのままツィリルの手へと預けた。
彼の二人の姪たちは人目を避けるためだけでなく、巻きツノの上から布をかぶって日よけにも使っているようなのだ。なので、これは本当にいいかも知れない。
レイニー作の青い冷血岩塩を渡されて、草の対価にと渡した布が塩に化けたことに戸惑うような。微妙な顔のシピとミスカを船に乗せ、我々はツィリルに手を振り離陸した。
そうして、また半日近くを空飛ぶ船の上ですごして、昼頃。
鉄板をすき間なく貼り付けた、ぼってりとした船体は砂漠の砂に少し埋まるようにして地上へとおりた。
そして、たもっちゃんはてへへとばかりに片目を閉じて、逆側の開いている目に横に倒したピースサインをくっ付ける完全に浮かれたポーズではきはきと言った。
「きちゃった!」
すでに、船はおりている。
足元は砂漠の砂地だが、顔を上げて見上げればカミソリの刃をタテに集めて重ねたような鋭く白い岩肌が壁のようにそびえ立つ。
砂漠の終わりのようなその場所で、ご機嫌なメガネに絡まれているのは困惑したような黒衣の男。
水源の村と呼ぶらしきこの集落での族長代理、アルットゥだった。
うん、きちゃった。
朝の内に砂漠のピラミッドを離れ、シピとミスカの集落ではなくアルットゥの村を目指して我々は船を飛ばしていたのだ。
これは当初からの予定でもあった。
むしろ、新たなご近所であるツィリルに会いに行くと言う話になって、最初はカレーの民のミスカだけが乗り気だったのが「送って行くのも紹介するのもいいけど、でも、そろそろアルットゥの所にも行きたいんだよね。時間掛かっちゃうかなぁ」と、メガネがぽろりとこぼした瞬間、族長の名代として同行せねばとシピが急に張り切り出したのだ。
どうせだったらついでにそちらにもよるといい、とまで提案してきたほどである。
思えば、この時点ですでに怪しかったのだ。
突然のメガネに気持ちが追い付いていないのか、なんだろうこれは。みたいな顔でアルットゥは当惑していた。
その一因は我々と黒衣の若者たちが一緒だったことではないかと思うが、メガネもシピもそんなことには構わない。
「こんにちは! お元気でしたか?」
「シピ殿も一緒とは……。どうも、思わぬ顔ぶれだ」
「たまたま、ついでがあったので。本当に、たまたま。それで、これ、よかったらどうぞ! おみやげです!」
たまたまを強くアピールし、シピはピラミッドでむしった草を全部ずいっと差し出した。
いやお前それネコの村への挨拶の、とは思ったものの、すごく鈍い我々もここまでくるとさすがに察するものがある。
アルットゥはこれに、困り顔で答える。
「このような気遣いは……」
「大丈夫です! おみやげなので! タモツたちともおみやげにしようって話してて、なっ? だから、大丈夫です!」
なっ? のところでメガネに向いた孔雀緑の眼力を一緒になって食らってしまい、気付けばなにが大丈夫なのか解らないままに我々はうんそうだねーと雑にうなずいていた。
シピお前、あれか。必死か。
つづく