神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 322
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右の靴だけたずさえて編
322 老いた呪術師
アルットゥは族長代理みたいな立場だと聞くし、そうでなくてもなかなかの中年。
しかしそんなことはお構いなしに、村のじじばばから坊主扱いなのが地元感すごい。
ここまでくるともうホント、いっつもこうなんだろうなと確信するし、村のお年よりたちにいいように使われる中年に掛ける言葉も見付かりはしない。
たもっちゃんと私は、どことなくしょんぼりとした黒衣の背中を元気出してみたいな気持ちでそっと叩いた。
比較的若年の我々がそうして悲しく身をよせ合っている間にも、調子に乗ったビジネスおばばを筆頭に訪問者をおどかしたいがためだけの意味深な演出に加担していたお年よりたちは口々に語る。
「呪術師はな、いかがわしければいかがわしいほどうけるんじゃ」
「じゃからの、おどかすのもサービスじゃ」
「おもしろかったじゃろ?」
ん? ん?
などと言ってじじばばは、むしろほめろみたいな感じで称賛をぐいぐい強要してきた。
もうこれは止まらないなとおとなしく話を聞いてると、今の季節は必要ないのに雰囲気作りにたき火まで燃やして歓迎してくれていたらしい。暑いわ。
老いた呪術師からにじみ出る、どろりと黒い毒のような雰囲気は全部演出だったのだ。
そのことに、なぜだかうだうだと失望するのはメガネだ。
「やだぁ、知りたくなかった。俺、知りたくなかった。こんなビジネスまみれの呪術師、嫌だぁ」
もっとさあ。もっとこう、なんか。人知の及ばぬ神秘的なさあ、と。
たもちゃんはぶうぶう不満を並べ立てている。さっきまでびびり散らかしていたのに、この変わりよう。
確かに。
おばばの地がこれなので、ありがたみは濃縮ジュースを限界まで薄めたよりも感じ取るのが難しい。
しかしメガネが過剰なほどに恐れてやまぬ、尿路結石の呪いをこれから頼むことに変わりはないのだ。
そもそもメガネに掛ける訳ではないので関係ないと言えばないのだが、関係ないのは最初からである。
それなのにあんなに恐がっていたものを、ちょっと思ってたのと違うからって気を抜いていいのか。まだ安心するのは早いのではないのか。
我々がそうなる前に未然に防ぎ、未然に防いだがゆえに現実にはならなかった悪行と、すでにやらかしている悪行の全ての罪を私的にあがなわせるために、悪の大地主率いるおっさんたちを尿路結石の呪いでのた打ち回らせる計画はなにも変わってないんだぜ。
私は、その事実を忘れてしまっているかのように軽率に振る舞う幼馴染メガネの、愚かしさと脇の甘さを少しの悲しみと気が付いた時のリアクションが楽しみな気持ちでいっぱいに、黙って見守り泳がせるなどした。
ただ、不可思議と言えば。
こちらがなにも言わない内から我々が呪いの依頼にきたってことを、おばばはすでに知っていた。
この点に関してはもしや、人知を超えた的ななにかなのかと思って聞くと、全然違うと暗いおばばの穴倉でお茶を始めた老人がたからひどいネタバラシを受ける。
「あんだけ大声で話しながら歩いてりゃ解るわい」
夢も希望もねえなと思った。
よそ者が呪術師を訪ねてくるときは大体呪いの依頼が目的だそうで、我々が大声で話してなかったとしても多分最初からバレていたのだ。村社会、よそ者のプライバシーなどなにもない。
呪いについては呪いたい相手の右だけの靴と、謝礼に塩や砂糖や草などをおばばがいいと言うまで積み上げていくらかの現金を足した辺りで受領してもらえた。
割合で言うと、現物が八割。
おばばの呪いは本来高いらしいので、お財布から出て行く現金が思ったよりも少なくて本当にこれでいいのかと不安になったほどだった。
「アルットさん、これさ。適正価格? お金足りてる? 大丈夫?」
知り合いだから気を使ってないかと心配になって私が問うと、アルットゥはハイスヴュステの民が持つ孔雀緑の瞳を閉じて首を振る。
「ぼったくる事に関して、おばばが手加減するはずもない。心配は無用だ」
「やだ……逆に頼もしい……」
あまりにも堂々とぼったくりについて言及されて、私もバグってときめいてしまった。
この水源の村は街から遠く、行商さえも滅多にこない。
現金があっても困りはしないが使い場所がなくて、村としては現物のほうが都合がいいとのことだ。
あと、なんとなく安いように思えていたのは気のせいだった。
塩はメガネとレイニーが作り、草は私やじゅげむがむしったものである。
砂糖は荒野のダンジョンで出したり体にいいお茶の代価として大量に渡されて、市場価値がどうなのかもう訳が解らない。
一次生産と直接採集に加え、価値観バカが加わってなんとなく現物で払うと安いような気がしていただけだ。
そもそも機械産業がないためかこの異世界で塩や砂糖は値が張るし、砂漠ではさらに貴重なものになる。飛行機も列車も高速道路も長距離トラックもない世界では、人も物も流通が少なくゆっくりなのだろう。
その辺りのギャップなども加味しつつ大体の感じでメガネが計算したところによると、トータルで金貨二十枚くらいは払っていることになるらしい。
「たっか」
「呪いの内容にもよるがの。わしの呪いはよう効くからのう」
今しがた安すぎないかと不安になっていたはずの私の、手の平を返した魂の声にたき火の代わりに灯したランプの明かりのもとでおばばがてへぺろと自画自賛した。
それから。
さっそく呪いの儀式を始めるのかと思ったら、違った。
呪術師の住む穴倉にこれでもかと並べた対価の品がジャマだと言って、とりあえず運び出すのが先になる。
ムダに集まったお年よりたちが若い人手を呼びに行き、我々も一旦岩屋から出た。
村人の住まいとなった巨石の群れが砂漠の砂地に日陰を作り、その中に、二匹のネコと大きなトカゲ。
それら巨大な動物たちの乗り手である黒衣の男が二人いて、子守りを買って出たテオと、子守りされている側のじゅげむと金ちゃんも同じ辺りに固まっていた。
なにをしているのかなと思って見ると、その辺の砂地を掘ってやはり見付けたブブブブと震えるサトイモめいた謎虫を、そのまま行こうとする金ちゃんの腕にじゅげむがぶら下がるようにして必死で止めているとこだった。えらい。
しかし金ちゃんはなにを思ったか、ちょっと足の浮いていたじゅげむを地面に着地させ、その手に震える虫を優しく持たせた。
私知ってる。狩りのヘタなニンゲンのために、しょうがないなとネコとかが獲物をゆずってくれる的なやつだ。
そう見えるだけなのかも知れないが、さ、お食べ。みたいな感じの金ちゃんから見下ろされ、じゅげむもなにかを感じたらしい。
むきむきと体の大きなトロールの前で、ちんまりとたたずむ子供は恐らく途方に暮れていた。
じゅげむは自分の小さな手の中を頭をうつむけじっと見て、それからそっと、おもむろに。
肩からななめにちょこんと掛けた、騎士からもらい、そしてかつて私が木片で作ったエキセントリックうさちゃんを詰め込んでいた幼稚園カバンへとその震え続ける虫をしまった。
まるでなかったことにするかのような、フラットかつ繊細でムダのない動き。
受け取るのかよと優しいねの気持ちがいっぺんにきて、たもっちゃんと私は声も出ないくらいに笑って砂の上に手を突いて崩れた。
金ちゃんが砂を掘って見付け出してくる虫は少しいびつにころんと丸く、びよびよとあちらこちらに細いヒゲの生えたサトイモのような大きさと姿だ。
どこが頭でどこからが腹かも判然とはせず、ただただブブブブと震え続ける。渡されたのが自分だとしたら、即座に投げ捨ててしまいそうになる得体の知れない物体だ。
それをぐっと踏みとどまって一応受け取るじゅげむはえらいし、何度も食べようとしている感じからすると小さき者に食料を分けてあげたらしき金ちゃんも優しい。
生きた虫をそのままはあらゆる意味でムリだが。
えらかったね優しいねとじゅげむや金ちゃんと合流し、困惑が半分、笑いをガマンしているのが半分のテオやミスカ、ニーロをまじえて巨石の日陰でおやつにすることにした。
そうしたら、いつの間にかじじばばが増えて、どこからともなく子供が増えて、荷物を運び終えた大人が続々集まり最終的には宴会となった。
つづく