神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 308

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

308 若い商人

 我々の間に面識があると、最初に気が付いたのは実は向こうだ。
 たもっちゃんが砂漠の砂を固めて作った建物の中へ、みんなでぞろぞろ入って行くと「あっ」と小さな声がした。
 ゆったりとした長めのシャツに、よく履き込んだ丈夫そうな靴。手足の傷に巻いているのは、頭から解いた日よけの布だったかも知れない。
 おどろいたような、どこかほっとしたような。
 まだ若そうなその男性は壁際の床に座り込み、そんな複雑な表情をぼう然と浮かべた。
 そして、すぐにはっとして、ぐったりと壁にもたれ切った体をあわてて起こす。
「し、失礼。人違いでしたら申し訳ない。ですが、もしや、貴方がたは暫く前にフェアベルゲンを討伐しませんでしたか? わたしは、同じデカ足に……ああ、いえ。そのあとに、シュピレンの冒険者ギルドでお会いしました。行商の護衛をお願いしたかったのですが、残念ながらご縁がなくて。まさか、こんな場所でお目に掛かるとは。ああ……いいえ。そんなことはどうでも。それよりも、水や食料を届けてくだすっていたのは貴方がたでしょう? どう感謝すればいいのか。荷物も何も失ってしまって、情けを掛けて頂けなければ今日までも生きていられなかったことでしょう。本来ならば何もかも差し出して恩に報いるべきですが……情けない。本当に、何も残ってないのです。商人でありながら、恩人に銅貨の一枚も返せないとは」
 砂にまみれて血で汚れ、若い商人はぼろぼろだった。
 しかしそんなことはどうでもいいとでも言うように、堰を切ってあふれ出る言葉を早口で思い付くまま我々に向け、よろよろと頭を垂れようとする。
 満身創痍と言った感じのその様に、メガネが商人の体を押し戻す。
「うん、あのね。何かね。うーん。ちょっと一回、ゆっくり寝よっか」
 あなた疲れてるのよとばかりに、たもっちゃんはどこからともなく布を取り出し枕になるようくるくる丸め、床と頭の間にそっと敷いてあげている。優しい。
 気の利くところを見せ付けてくるメガネの横へと屈み込み、私がエルフ特性の液体万能薬を取り出すと、えっ、それ出すの? 丸薬にしない? エルフじゃなくて、ドラゴンさんに作ってもらったやたらと焦げた丸薬のほうのお薬にしない? と、いつも通りに訳の解らないエルフ愛で取り乱し、なんか全部台なしになったが。
 今はさすがにそんな場合ではないと、テオからガチのトーンで怒られるメガネ。
 その会話を背中で聞きながら、食虫植物の補虫袋みたいな入れ物で見た目がものすごく怪しい液体を若い商人にぐいぐい飲ませて行く私。
 あっ、待っえっ待って待ってこれ高いやつじゃ待っ――と言い掛けて、しかしゴボゴボとむせて薬に溺れてしまう商人。この言いかたは誤解を招きそうな気がする。
 わっちゃわちゃしてきたこれらの騒ぎとは一線を引いてレイニーは、人間って愚かね。みたいな感じで人の心も共感も持たずひとごととして眺めていたが、そのさらに外側。
 ぽつんと一人、輪を外れるようにして全体的に我々を見ながら魔族であるツィリルが深い困惑を表情に浮かべてなんだか途方に暮れていた。
 ごめんな。
 人間って言うか、空気の読めない我々の業がなんとなく深くて。

 迷子になり行き倒れていた商人が、自分の口で言っていた通り。
 我々には面識があった。
 それはテオが人買いによってシュピレンに運ばれ、諸事情あってなす術もなくどうしたものかとメガネや私がムダに頭を悩ませ始めた頃の話だ。
 あれやこれやで冒険者ギルドのノルマ期間をぶっちぎってしまった我々が、またやっちゃったとしおしおしながら立ちよったシュピレンのギルドで行き合ったのだ。
 彼は護衛として我々を雇うと好条件を提示してくれたが、しかし、その時は街を離れられない事情があった。テオのこととかで。
 それで仕方なく断って、向こうもあっさり引き下がってくれた。
 面識とは言っても、これだけのことだ。
 言われてみればそんなこともあった気がしなくもないと、どうにか思い出せる程度でしかない。
 ただ、彼が依頼を断った我々に対して残念そうにしながらも「ご縁があればまたいつか」などと、善良にコミュ力高く人として圧倒してきた感じはなんとなく印象深かったのだろう。
 段々と時間を掛けてではあるが、結構まざまざと思い出すことができた。
 そして、商人である彼が、護衛を必要としていた理由は砂漠に点在する集落を行商に回るためだった。
「貴方がたと話したあとで、ギルドを通じて冒険者パーティを雇ったんです。最初のうちは……いえ、わたしを騙していたと解るまで、気のいい人たちだと……」
 エルフの万能薬のお陰で傷が癒えた商人は、次に私が押し付けたお茶をちびちび飲んでしょんぼりと話す。
 その内容に、たもっちゃんと私は「えっ」と険しい顔で戸惑った。
「シュピレンの冒険者って借金まみれで金にがめついのかと思ってた」
「シュピレンの冒険者はギャンブルまみれで人の金をどうにかすることしか考えてないのかと思ってた」
 あの街の冒険者ギルドに関しては、小金を持っているとばれたメガネが肉食系ハニトラ女子たちにもみくちゃにされたのと、会うたびにギルド長の顔色が悪くなって行った記憶しかない。
 ……いや。ギルド長の顔色はほぼ確実に我々のせいなので、それはともかく。
 だから、実際にそこまでひどいと確信していた訳ではないが、あんまり意外性はないって言うか。
 シュピレンで雇った冒険者たちが手ひどく人をだましたと聞いても、むしろものすごくあり得るとしか思えないって言うか。
 我々の言葉や全身に、そんな本心がにじみ出てしまったのだろう。
 商人の男はもういっそ泣いてないのが不思議なくらいの顔をして、ますますしょんぼり肩を落としてうつむいてしまう。
 そんなつもりはなかったのだが、これは我々が悪かった。
 お金に困った肉食女子にもみくちゃにされたメガネと、なぜか相手にしてもらえなかった私が勝手にそう思っているだけだ。多分だが、シュピレンの冒険者にもいい人間はいる。はず。だと思う。
 それに、悪いのは絶対にだました奴だ。
 だまされるほうがマヌケだと言いたがる人間もいるのだろうが、マヌケは別に罪じゃない。
 でも持ち逃げ。テメーはダメだ。
 しかも今回の場合はギルドを介して正式に依頼を受けながら、護衛対象を砂漠に捨てて荷物まで持って逃げている。
 もうあれだ。なにもかもダメだ。
「冒険者って最低だね」
「最低だよね冒険者って」
 自分たちの肩書きも同じってことをすっかり忘れてメガネと私がやいのやいの言ってると、この場の誰より冒険者としての自覚と責任感を持っているテオが両手で顔を押さえて苦々しくうめく。
「色々いるんだ……冒険者にも、色々いるんだ……」
 そんな奴らばかりじゃないと消え入るように弁明し、別にテオは悪くないのにめちゃくちゃ深々と謝っていた。
 常識人って、世界の苦労を一身に背負う宿命でもあるのかな。大変だな。と思ったが、よく考えたら我々も冒険者なので一緒に謝るべきだったのかも知れない。
「しかし、命があったのは幸いだった。いや。そう簡単には割り切れないだろうが、よくぞここまで辿り着いてくれた」
 そうでなければそんな奴らがいることも、そんな事件があったことすら明らかにはならなかったかも知れない。
 もちろん冒険者ギルドにはこれから訴えることにはなるが、冒険者としてのプライドに掛けて絶対に罪は償わせてみせる。
 まるで感謝するように言うテオに、若い商人はおどろいた顔で首を振る。
「えっ、いいえ。あの……護衛だった冒険者に打ち捨てられて、その前まで滞在していた集落も見えずもう終わりかと。暑さと小さな魔獣にやられて気を失ってしまって……それで、次に気が付いた時にはここにいました。貴方がたが助けてくださったのでは……」
 おずおずと、そして混乱したように話す商人の声を聞きながら、たもっちゃんとテオとレイニーと私は誰からともなくほぼ一斉にさっきからおとなしくしているツィリルのほうへ頭を向けて振り返る。
 大あわての魔族たちからはピラミッド周辺に人族が迷い込んできたと聞いたような気がするが、これ、なんか。なんとなくだけど、違うんとちゃうんか。
 商人の話によるとどうやらピラミッドからそこそこ距離のある場所で行き倒れてたところを、なぜか魔族が積極的に保護している疑惑がここへきて絶賛急浮上している。

つづく