神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 389

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

389 お金はダメ

 図らずも長期滞在がやむにやまれず決定した訳だが、予定になかった状況になると思わぬ問題が持ち上がるものだ。
 翌朝、たもっちゃんは宿の豪華なラウンジでテーブルに並ぶ朝食を前にまたもや深刻な感じで言った。
「ちょっとお金足んないかもです」
 その瞬間、我々の周りの空気がびしりと凍る。
 昨晩の、船の運航状況が思った感じと違ったために帰れるのが早くても再来月になると解った時よりも、危機感の差し迫りかたが全然違うって言うか。
「たもっちゃん、私、草くらいしか……」
「俺も、手持ちは大して何も……。自信はないが、海で魔獣の素材でも狩れば……」
 収入源がつつましやかな草である私と、借金返済が第一で素材やお金が手元に入ると即座にメガネやレイニーに渡したりお兄さんに送金したりして貯蓄の面で難のあるテオはそわそわとあわてた。
 当然だ。お金はダメよ……。
 お金がないと宿に泊まることができないし、ラーメンだって食べられはしない。
 まあ大変。と完全にひとごとのレイニーと、そもそもなにも気にしない金ちゃんが普通に朝食を食べ続けているのが特殊すぎるだけである。
 ただし金ちゃんは空気が読めて小さき者には優しいが基本は荒くれトロールなので、お金などとちまちましたものは概念からして知ったこっちゃないだろう。それを言うとレイニーも空の上が出身で、感覚としては似たようなものなのかも知れない。
 だからテーブルを介してメガネを囲むようにして、マジやべえじゃんとざわつく大人は主にテオと私だけだった。
 けれども、お金の話に敏感な人間はもう一人いた。
 じゅげむだ。
 以前は貧しい暮らしをしていたらしく、お金がないと言うことに彼は非常に繊細な反応を見せた。
 めちゃくちゃ途方に暮れたみたいな顔をして、小さな体にななめに掛けた幼稚園カバンをごそごそ探ると手の平サイズのきんちゃく袋を朝食が並んだテーブルの隅にそっと出して置いたのだ。
 それは、前にお駄賃として渡した吸血玉虫や希少金属の小石みたいな小さな素材を入れるための袋だ。
 まあ、あんまり高い素材を子供に持たせとくのもよくないかなと思うこともあり、袋には一つ二つの素材が入っているだけではあった。
 残りの素材はは私がアイテムボックスにじゅげむ用のフォルダを作り、お年玉おかーさんが貯金しとくねみたいな感じで預かっている。着服はしない。大事なことなのでもう一度。着服はしない。
 そのためじゅげむがテーブルに置いたのは、貴重な素材ではあるけれど金銭的にはそう大きな額にはならない量だ。
 しかし、その心よ。
 大人がお金に困ってると知り、なけなしの自分の持ち物を差し出す幼子の心配と献身。
 テオと私はウッと朝食のテーブルに額をぶつけて倒れ伏したが、なぜだかメガネはこのタイミングで急にあせった。
「あっ! 違う! ごめん、寿限無。ごめんね。違うんだ。心配いらないからね。お金はあるの。ないのはトルニ皇国のお金なの」
 大丈夫だからね。じゅげむががんばったお駄賃は、じゅげむが使っていいんだからね。
 と、必死に大丈夫をアピールするメガネに詳しく聞くと、どうも入国直後に換金したお金がそろそろ心もとないと言うだけらしい。
「まぎらわしい。たもっちゃん。まぎらわしい」
 我々の純真な動揺を返せと思ったが、この誤解はそもそもが宿屋の支払いなどの大き目のお金に関しては全てメガネに押し付けていたのが原因と言えなくもない。
 いや、だってなんかそこそこの額になると恐いから……。お金、出て行くの見るだけでも恐いから……。
 草ごりごりする道具買うだけで、大森林や砂漠の草をせっせと売って肥やした財布が軽くなって私は泣いた。あれも結構な値段がしたが、全員ぶんの諸経費となると文字通りケタが違うのだ。
 お金に対して絹ごし豆腐より脆弱なこのメンタルで、一体なにができると言うのか。いや、できない。たもっちゃん、ガンバ。
 そんな感じで極めて雑に、お金のことは丸投げにしていた。
 このことを思うとメガネばかりも責められないが、しかし、もうちょっとなんかあったと思うの。誤解のない伝えかたとかが。
「私もさ、残金把握してないのは悪かったけどさあ。コミュ力よ。報告連絡相談の、行き違いのない言葉選びってもんよ」
「いや、俺的には報連相の概念を思い出しただけでもちやほや褒めて伸ばして欲しい」
 私の苦情にメガネが妙にキリッと答え、あまりに堂々としたその様にもしかしたら本当に私のほうが間違っているのかも知れないと混乱してきた頃である。
 大体の話の流れを聞いていたテオやじゅげむがものすごく複雑そうな顔をしているのを感じつつ、ふと。
 視線を感じた、と言う訳でもないのだが。
 なんとなく頭を上げて視線を横のほうへと振ると、我々の無益すぎるから騒ぎの全てを困惑を隠さず見守っていた第三者の存在があった。
 目に痛い刑罰服に身を包んでいる男女のガイドと、従業員の下男を連れた宿泊宿の京風おかみだ。
 ガイドたちは解る。と言うか、普通に最初からいた。
 いつも通り朝早くから出勤し、隣のテーブルと言う距離感で我々の食事が終わるのを待っていたからだ。
 ではおかみはどうしたのかと思えば、たもっちゃん発のお金がない話を聞き付けて従業員に呼ばれたらしい。
「ご心配がないなら、よろしゅうございました」
 おかみは我々のお金が大丈夫と解ると、天女のようにひらひらとした衣服の袖で赤い口元を隠しつつ、にっこり笑ってごまかした。
 なにをごまかしているのかまでは解らないものの、完全に取りつくろう感じが笑顔ににじむ。これでは京都人失格である。
 しかもおかみは現金がないならお困りどすやろと、大陸の硬貨をトルニ皇国の通貨に換えると申し出た上に手数料までもサービスしてくれた。
 この宿側の妙な好待遇に私は、もしかしてお金がないなら客じゃないとばかりに即座に追い出そうとしてたりしたのをごまかしてんのかと生ぐさい深読みなどもしてしまったが、そうではなかった。
 そうではないと言うことと、単にこの発想は私の心が汚れてるだけだったなと言うことが改めてはっきり解るのは、これからもう少しあとになってからになる。

 今回のトルニ皇国への旅は、某事務長の抜かりなさによりラーメンのレシピを集める依頼をかねている。
 そのため交通費は宿代などの諸経費は元々、パーティとしての予算からまとめて出すと言う話になってはいたのだ。
 それをなんとなくメガネに任せ切りにしてしまっていたのは大金恐いのとめんどくさいのが理由の大半ながら、まあなんか。パーティのお仕事ですしと言う意識もあった。
 しかし、テオはそのことを反省していたようだった。
 仕事ではあっても、甘えすぎていた。本来、自分の食事や宿代は自分で出してしかるべきものだ。
 借金を背負ってお金もないのにそんなことを言い出して、レイニーと私におい黙れと壁ドンされることになる。
 テオが自分のぶんを負担するとなるとな、我々も自分のぶんを出さなければならなくなるような感じがするだろうがもれなく。
 そうなると草ではしんどいし、しかも、これはうっかり最近知った。
 トルニ皇国には一切、冒険者ギルドの支部がない。
「嘘だろ皇国!」
 アイデムボックスにせっせと貯め込みちょこちょこ売ってお小遣いとしていた草が、ここでは一切売れないと言うのか。
 そんな衝撃で立ち尽くす私に、たもっちゃんはのんびりと答える。
「何かー、鎖国の関係みたい。やっぱ、遠いし。大陸からは海通んないとこれないしね。難しいんじゃない? 色々と」
 この話を聞いたのは帝都を巡り買い食いしている途中のことで、我々はふっかり蒸し上がった具なしのまんじゅうを上下に切り分け別売りの甘辛く煮た肉的なものをじゅわっとはさむなどしていた時だ。なにこれうめえ。
 まあ普通に観光でしかないのだが、そろそろ私も手持ちのお金が少ないしちょっとギルドでも行っとかない? と、なにげなく。なにも疑わず。
 甘辛肉のまんじゅうサンドにかぶり付く合間に、ぽろっと言ったらガイドの二人が顔を見合わせ「ないですよ」「冒険者ギルドは」と、うまいことセリフを分けるように告げたのだ。
 たもっちゃんは魔獣の素材や知識を売って結構お金を隠しているのか余裕だが、私のお小遣いがここへきて急激にピンチとなった。

つづく