神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 127

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罰則ノルマとリクルート編

127 お慈悲

 たもっちゃんはかたくなに、空飛ぶボロ船を咸臨丸と呼んだ。
 帆船でもなければなんの威信も背負ってないので名前負けもいちじるしいが、奴の心の勝先生がささやくもんで仕方ないらしい。
 船は全長四、五メートルほどあって、そこそこ幅のある船体に二列に詰めれば大人でも二十人近く乗れるかも知れない。
 三人が害獣駆除から戻ってきた時、その船の後部にはなにか荷物が載っていた。
 大きめの船の半分から後ろをいっぱいにするほどのそれは、最初、ただの黒っぽい物体にしか思えなかった。
 しかし近付いてよく見ると、黒いのは全身を包む紫掛かったつやのある羽毛だ。
 そのあちらこちらから、硬そうなクチバシや鋭いかぎ爪がくっ付いた鳥の足が飛び出していた。
 さすがに気付いた。
 鳥だなって。
 なんか知らんけど、鳥の死骸を持って帰ってきたんだなって。
 なんだこれはと思っていたら、駆除した魔獣の実物だそうだ。
「なんで持って帰ってきちゃったの? 食べれるの?」
「食べれないけど売れるらしいんだもん」
 私が問うと、たもっちゃんが答える。
 依頼的には魔獣の一部を切り取って帰れば駆除を証明するには事足りるらしいが、この鳥は特殊な毒を持っているので全身くまなく売れるとのことだ。
 じゃあしょうがない。売れるのならば無罪だ。
 それから我々は元の依頼主である、おじいちゃんとザシャ、監視役である子供たちハインとエルンにヤギの獣族親子を加え、たもっちゃんの船に乗り込み漁具ダンジョンの断崖の村に別れを告げた。
 船体の半分を埋めるサイズの鳥の死骸は、私がアイテム袋にしまうと見せ掛けてアイテムボックスに収納している。
 あれを船に載せたままだと、ギリギリ人が載り切れなかったからだ。
 途中でグリゼルディスが依頼を受けた近くの町のギルドによって、依頼達成の報告をしつつ報酬を受け取る。毒鳥も売った。
 この時ついでに、冒険者引退の手続もしたらしい。
 おじいちゃんや子供らと建物の外で待ってたら、お慈悲を! みたいな感じですがり付いて引きとめる、ギルドの職員を何人もずるずる引きずりながらたくましさあふれるグリゼルディスが出てきた。笑った。
 それと、毒鳥の話に戻るがやっぱりあれは空気を読まず、たもっちゃんが大体一人でどーんと倒してしまったらしい。
 母ヤギは単身で挑んで失敗しているし二度目のトライも自分は役に立ってないからと、報酬の入った革の袋を開きもせずにメガネとテオに渡そうとした。
 それを互いに譲り合ってもめにもめ、結局は三等分することで話が付いた。
 きっちりしたいグリゼルディスの気持ちも解るが、はたから見てるとただのムダな時間でしかなかった。
 たもっちゃんとテオが受け取った毒鳥駆除の報酬は、のちにちょっと増額の上で用務員の契約金としてグリゼルディスへ戻されることになるからだ。
 グリゼルディスは、約束を守った。
 クレブリの街へ親子で腰を落ち着けて、我々の孤児院で働くと決めてくれたのだ。助かる。
 子供の家だし、ユーディットたちもいるので、防犯面を強化してやりすぎと言うことはない。
 けれども、同時に少しばかりの不安もあった。
 グリゼルディスは獣族だ。
 獣族と人族はなんか色々あるらしいので、互いにうまくやってくれるかな、と。それがちょっと心配だった。
 結論を言うと、大丈夫だったが。
「頑丈そうな人だこと」
 クレブリに戻ってすぐにヤギ人親子を紹介すると、ユーディットはそう言ってあとは普通に受け入れていた。
 子供たちはどうなのかと思ったが、そちらはハインとエルンがすかさず先手を打っていた。
「いいか、カルル。おまえは今日からオレらの子分だ」
「ほかの子分ともなかよくすんだぞ」
 カルルは真ん丸の目をぴかぴかさせて、「うん!」と勢いよく返事をし、あっと言う間に子供たちの中にまざった。スピード感のある馴染みかただった。
 これは、うちの子たちが孤児のせいもある。
 小さな村だと獣族は獣族だけで固まって別に村を作るものだが、クレブリくらいの大きな街ではその中に獣族の多い地区ができるものなのだそうだ。
 多分だが、中華街とかリトルトーキョー的なやつじゃないかと思う。厳密には違うかも知れないが、私には違いがよく解らない。
 だから人族にまざって働く獣族も結構いるし、下町の子供ほど慣れている。
 と言う異世界の一般教養を、まだ八歳ほどの少年であるザシャから聞いて私は知った。
 あーそー。へー。などと相づちを打ちながら、我々はすっかり改築の終わった元倉庫の一階、大きな暖炉に火の入った広間でお茶をすするなどしていた。
 ザシャがまだいてヒマそうなのは、おじいちゃんが孤児院に留まり忙しくすごしているからだ。
 おじいちゃんは元漁師と言うこともあり、簡単な釣り具なら自分で作れるらしい。
 そこでザシャの釣り具を作るついでにうちの子たちにも釣り竿を作ってくれることになり、我々の取りぶんである漁具ダンジョンのアイテムをごちゃっと出して全部任せた。
 おじいちゃんは広間の真ん中にくっ付けて並べたテーブルにいたが、その周りには興味津々に手元をのぞく子供たちが集まる。
 小さい子たちが背伸びしてテーブルの釣り針なんかに触ろうとするのを阻止しつつ、大きい子たちは熱心におじいちゃんが釣り針に糸を巻いたりするのを見ていた。
「こう言うのも勉強なのかねえ」
 その光景になんとなく言うと、たもっちゃんも「あぁ」と呟く。
「街のじいちゃんとかばあちゃんにさ、暇にしてる時に手仕事教えてもらうのもいいかもね」
「あ、そう言うのアリ?」
「ありじゃない? 生活の役に立つ事だったら子供も覚えたいみたいだし」
 じゃあ謝礼をいくらか用意して、老人会的なところへ頼んでみようか。
 そんな話をしていたら、ふと思い当たった様子でメガネが同じテーブルでお茶を飲んでたユーディットにたずねる。
「留守中さ、食事とかどうだった?」
「予定通りですよ。近所の方達が良く面倒を見てくれました。ただ、休みなく毎日となると持ち回りでも難しいとか」
「自分ちの家事もあるもんねぇ」
 そりゃそうだ、とメガネは言うが我々としては普通に困る。
 今回ギルドの罰則ノルマをこなすのと渡ノ月をやりすごすので留守にした間、子供たちの食事は近所のおかみさんたちに仕事として頼んであった。
 たもっちゃんも私も定住に向いてない体質で、割とうろつく冒険者でもある。
 これからはユーディットたちにあとを頼んで、たまに様子を見に帰ってくるくらいになるだろう。
 子供たちに勉強を教えてくれる教師役も探さなくてはならないが、料理人はもっと急いで探さなくてはならない。子供らのごはんが危機である。
「職人とか商業とかのギルドには誰か紹介してとは言ってあるんだけどさー、やっぱよそ者が作ったばっかの孤児院だとイマイチ安定してない感じするみたい。きたがる人とかいないっぽいんだよね」
「あー、信用はねー」
 ないよね、我々。一ミリも。
 たもっちゃんと二人でテーブルにぐでーんと突っ伏して、どーするどーするとうだうだしてると外に続く廊下のほうから子供たちがどかどかと飛び込んできた。
「おっちゃん! おばちゃん! かにー!」
 子供らは鼻やほっぺを寒さで真っ赤にしながら、体中シャーベットみたいな雪をくっ付けていた。
 そしてきゃいきゃい騒いでぞろぞろと近付いてくる子供らの手には、岩みたいに重たげなカニがよいしょとかかえられている。
「そうでした。そなた達は留守だと言っても漁師が売りにくるものですから、買っておきました。外にまだまだありますよ」
 列を作ってカニを運んでくる子供らに、思い出した様子で言うのはユーディットだった。
 保存のために雪に埋めてあるらしく、エビなどもあるので適当にしまえとのことだ。
 マジかよやったあと席を立ち、カニを発掘するために子供らと一緒に部屋を出る。
 この、我々の気持ちが甲殻類に奪われたすきを突き、ユーディットはハインとエルンをこっそり呼んで我々に対する監視についての首尾をたずねた。
「それで、仕事ぶりはどうでした?」
「うん。なんかもうめちゃくちゃだった!」
 返事が気になり広間から出た廊下の所でその様子をうかがっていると、二人は深くうなずいてテオみたいなことを言ってた。

つづく