神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 329

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右の靴だけたずさえて編

329 紹介する会

 我々はアルットゥの家の中でドアを出し、直接ピラミッドへとスキルを使って移動していた。
 水源の村の彼らの住まいは巨石と巨石の間にあって、屋根まで続く開口部分をふさぐのは硬く厚い丈夫な革だ。いつもはその端をめくり上げて出入り口としているために、扉と呼べるものはない。
 だからこそメガネは自立式のドアを使うことになったし、それが家の中だったのは村が砂嵐に飲み込まれ外へ出るのも一苦労だったからだ。
 そしてその時、アルットゥの家には砂嵐から避難してネコたちと端のほうでおとなしくしていたシピとミスカの姿もあった。
 彼らもついでにピラミッドまでやってきて、今はアルットゥと同様に思いっ切り顔をぐにゃぐにゃにしている。
 二人はすでにハイスヴュステのネコの村――深淵の村の名代としてピラミッドを訪問済みではあるのだが、しかしドアのスキルで移動したのは初めてだったのだ。
 いや、私もぐにゃぐにゃになった二人の顔で、そんな気がすると今になって思い出しただけだが。
 彼らとはネコの村から船でピラミッドまで移動して、そこからさらに水源の村まで一緒に旅した仲である。
 ただ、その頃にはまだなんか隠したほうがいいのかと思って、たもっちゃんのテッテレーとしたドアのスキルは明かしていなかったのではないか。もう全然はっきりとはなにも覚えてないけども。
 だとしたら、あれだね。
 我々は今、進行形でなんらかの失敗をしているのかも知れないね。
 やだー、うっかり。

 街から遠く、隣に位置する集落からさえなお遠い。
 そんな砂漠の辺境にあって、移動距離の問題によって困ることも多々あるらしい水源の村。
 その村を族長代理的な立場で預かっているアルットゥに取って、五日の距離を一瞬で移動するドアは衝撃的なものだったはずだ。
 しかし彼はそのおどろきと興味を、あっさりすぐに手放した。
 これには、別にドアが特別なのではなくて超自然的な魔法によって軽率かつ短時間での長距離移動を実現しているのだと、絶妙に正しくないテキトーな説明がメガネによってなされたことが理由にあった。
 アルットゥはそれで、自分たちに使うことができないのならどんなに便利でも意味はない。と、判断したようだ。
 魔法にしてもドアを開くと別の場所ってデタラメなことに変わりはないのだが、それはスルーの方向らしい。
 アルットゥはどこか凛として、孔雀緑のくっきりした瞳でまっすぐに語る。
「あるがままを受け入れる事こそ、ハイスヴュステの在り方」
「うーん。この、いい感じに言ってもぬぐい切れない考えるのがめんど臭くなった感」
 そう言うとこ嫌いじゃないぞと隣でメガネがうなずいて、なんとなくめっちゃ仲がよさそうだった。
 本題について、思い出したのはそれからになる。
 思い出したと言うか、隠匿魔法を強めに掛けてフードをかぶった魔族のツィリルがこいつらなにしにきたんだと様子を見にピラミッドから出てきて、みんなで「あっ……」となったのだ。
 わざわざそのためにきたはずなのに、大事な用をすぐに忘れるクセをやめたい。
 たもっちゃんが大体の感じでゴリゴリと住居用のピラミッドを作り、決してすぐそこと言える距離ではないが砂漠には集落が少ないために水源の村に最も近い隣人となった魔族たち。
 その新しきご近所同士、魔族のツィリルとハイスヴュステのアルットゥは最初こそ互いに互いをうかがうようにいくらか心の距離を作った。が、ある瞬間からまるで十年来の友であるかのようにひどくなじむようになる。
 コミュ力がゴミのメガネによってもたもた適当に紹介されて、彼らはどちらもすでに亡い姉や弟の残した姪を男手一つで育てていると解ったからだ。
 お前も? いや、そちらもか? よくぞ男一人で。そちらこそ。こちらは姪に叱られてばかりだ。奇遇だな、こちらもそうだ。
 よく似た境遇にある男らはそんな会話を手を取り合わんばかりの勢いで交わし、年頃の姪が難しいけどとにかくかわいいし全力で守るおじ同盟が結成されることになる。
 なお、その話題の中心である姪たち。
 アルットゥの養い子たるクラーラはちゃっかりピラミッドまで付いてきて、ものめずしい風景にわくわくとはしゃいでいるようだった。
 頭部には黒っぽい薄布があるので表情はよく解らないのだが、とりあえず、手の甲やつま先まで隠すハイスヴュステの民族衣装でピラミッドの前に立っている姿はファンタジックが止まらない感じで最高だった。
「いいね! いいよ! 今度は草生えてるほうのピラミッド前でポーズ取ってみようか!」
 クラーラ相手にインチキくさいカメラマンみたいに叫ぶ私の後ろでは、いつの間にかルツィアとルツィエがピラミッドから出てきてシピとミスカが連れている二匹のネコにべったり貼り付き微動だにしなくなっていた。
 おじたちが意気投合したことにより、もう隠れるのは終わりと判断したようだ。
「やらかい……」
「ふかふか……」
「おひさまのにおい……」
「いとおしい……暑い……」
 ネコの毛皮に全身うずめてうっとり言い合う双子には、そうしたくなる気持ちは心の底からものすごく解るしネコ様自身の鉄拳によってそうできない私の嫉妬がすごい。
 魔族の双子も一応は気を使っていたようで、叔父と同じく隠匿魔法を強めに掛けて頭のツノを隠すのと日除けをかねて黒い布をほっかむりにしていた。
 多分、前にシピとミスカからもらったハイスヴュステの黒布だろう。あれは熱を通さないので夏の砂漠では重宝すると聞いてるし、それは事実だ。
 なぜなら私も水源の村でもらった黒布を三角に折ってあたまにかぶり、あごの下でぎゅっとしてるので。これだけで体感温度が全然違う。すごい。砂漠の民、すごい。
 ただ、それはそれとして。
 隠匿魔法を強めに掛けても、さすがに自分の連れたネコにべったり貼り付かれるとそこに誰かいるってことは解ってしまうようだった。
 だから、シピとミスカは戸惑っている。
 深淵の村の名代として彼らをピラミッドの住人に紹介した時は、実際に引き合わせたのはツィリルだけだった。
 我々もまだそんなに打ち解けてはいなかった頃だし、若い男を姪たちに引き合わせるのはなんかやだ。そんな叔父の判断があったりなかったりしたのだ。
 そのため、双子の姪の存在自体を知らずにいた若者たちは「誰だこれ」と言うような気持ちで、彼らの大切な相棒である巨ネコが見知らぬ若い娘らにわさわさと全身の毛皮をまさぐられている姿をなすすべもなく見ているしかなかったのである。
 まあ、本気でアレならむりやりにでも引きはがせたのだろうが、そうしないのは武士の情けとでも言うべきかも知れない。
 こうしてシピとミスカに我々は友好的と見せ掛けて実は秘密を持っていたことがバレるなどしながら、アルットゥとツィリルに関しては実際にがっちりとしたご近所同士の友好が結ばれた。
 あと、互いの姪たちもなんとなくもじもじと仲よくなっていた。
 そしてこれはまたのちの、聞いた話になるのだが、難しい年頃の双子の姪を持て余し相談相手を欲したツィリルが砂漠の魔獣を手土産にたびたび水源の村へと現れてアルットゥ相手にくだを巻いたりするようになる。
 故郷である魔族大陸を捨て、姉を亡くし、二人の姪をその身を捨てても守ると決めた悲壮な叔父に、本当に必要だったのは年頃の娘を男手一つで育てる困難さを共有できる真の理解者だったのだ。
 たもっちゃんにも難しくない年頃が逆に思い浮かばない難しい娘はいたらしいのだが、超絶しっかりした奥様の存在もあったので苦労を分かち合うことはできないそうだ。
 まあ、それを語る黒ぶちメガネの奥の目がどこか遠くを見てなくもない感じはあったから、それはそれでなんとなく別の意味で大変ではなかったとは限らないのかも知れない。
 とりあえず、王都で買ったいいおやつをそっと差し入れておいた。
 姪を愛する叔父と伯父が友誼を深め、シピとミスカは大切に隠されていたツィリルのところの二人の姪が今やもうなにも隠れておらずネコに貼り付き動かないのをどう扱ったものかと途方に暮れて、ちょっとだけ寂しそうな空気を出してもそもそといいおやつを食べるメガネの横にレイニーがじゅげむと金ちゃんを連れてスタンバイ。
 仕方がないので希望者にいいおやつを出しつつ全員で休憩とお茶にして、花壇となったピラミッドの内部でいい感じに育った草をむしるなどして第二回、ご近所となった砂漠の民に魔族と言うことは伏せながらツィリルらをうまいこと紹介する会は閉幕となる。

つづく