神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 81

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大森林:再び編

81 獣族の作法

 思えば獣族たちが持ち帰った肉は、すでにブロック状に切り分けられた状態だった。
 大森林で狩ったばかりの肉なのに。
 この謎が解けたのは、彼らが魔獣を解体するのを見せてもらった時だった。
 たもっちゃんもさすがに、丸々一頭の動物をさばくのはちょっとムリっぽい。
 だからいつも狩った魔獣は、冒険者ギルドのなんかそう言う専用の部屋に持ち込むことになっていた。
 ギルドで魔獣の解体を担当するのは、大体が赤茶色に汚れたエプロンにごつい刃物を持ったおっさんだ。このおっさんに魔獣を託すと、素材や肉にしてくれる。
 我々の場合は食材になるものだけを全部もらって、腹の足しにならない物は解体部屋経由でギルドに売った。そうすると、時間の掛かる魔獣の解体と素材の査定をいっぺんに任せることができるのだ。
 我々は翌日まで待って、お肉と素材の代金を受け取るだけでいい。私に取っては今までこれが、魔獣をさばくと言うことだった。
 だから狩りと同様に、初めて。実際に魔獣の体を切り開く様子を、至近距離で見た。
 私とて、ひ弱な現代っ子の端くれなのだ。
 子ブタが大冒険する映画を観たら、ベーコンが食べられないとか言い出すなまっちょろい時代に生まれ育った人間なのである。
 タイプとしては映画を見ても平気で豚肉食ってたほうだが、一応はそうなの。
 しかし、映画は映画。しょせん映像。目の前で実際に見るのとは、恐らく違う。
 動物が肉になって行くのを目の当たりにしたら、あまりのショックでしばらく肉がダメになってしまうかも知れない。
 どうしよう、心配だ。そんな不安を、ムダに抱いた。本当に、ムダだった。
 獣族たちは、魔獣の解体もあざやかだった。
 首を切り血抜きした鳥からばっさばっさと羽を抜き、さぱっと腹を切り裂いて傷一つない内臓を取り出す。ぼろんと出てきた内臓は膜のようなものに包まれて、つるりとしていてイメージするほどグロくなかった。
 これならどてっぱらにぼっかり開いた、騎士の傷口のほうが恐かった。食肉と比べるものではない気がするが。
 食肉の解体と言うと、もっとこう、びしゃーばしゃーぶしゃーとばかりに血まみれの作業かと思い込んでいた。
 ホラー映画に出てくる、サイコパスの肉屋を見すぎたのかも知れない。
 しかし意外に、血は出ない。いや、こぼさないと言うほうが近いかも知れない。
 もちろん全く出ないと言うことはない。だがそれも最初に血抜きしたものと、内臓を取った胴体に少したまっているだけだ。
 首を落としてすっかり丸裸になった大きな鳥を、アナグマのおっさんがナタみたいな刃物でダンダンと適当に切り分ける。
 すると、すっかりなんか見たことあるやつ。
「まぁ。お肉。まぁ。新鮮」
「焼き鳥にしましょ。焼き鳥に」
 レイニーと私は分けてもらった鳥肉を前に、きゃっきゃとはしゃいだ。
 心配はムダだった。
 自分でやれと言われたら、まず技術面の問題でムリだ。次に、心理面の問題がくる。
 でも、見てるぶんには大丈夫だった。
 おっさんたちの素早い作業は気持ち悪くなるヒマもなかったし、血の一滴もムダにしない手際はなにこれすげえと言うほかにない。
 あと多分、なんだか自分で思うほど私に繊細さとかはなかったみたいだ。
「それ、なにしてんの?」
 焼き鳥は、塩もいいけどタレもいい。
 たもっちゃんどうにかしてくんないかなと思っていると、メガネの不思議そうな声がした。それに、「あァ」とキツネが答える。
「ナワバリの主に挨拶しねェと」
「人族はどうか知らねェが、獣族はこうすんだ。挨拶しとくと、ナワバリの主に見逃してもらえるっつってな」
 キツネの隣から言うアナグマの、その前にはバイソンが体を丸めて屈み込む。大きな手で意外なほど繊細に、バイソンは地面に敷いた大きな葉っぱに半身に減った鳥肉を載せた。
 それからやはり意外に器用に、敷いてあるのと同じ葉っぱをくるりくるりと折り曲げてボウルのようなうつわを作る。中には鳥の血と内臓を入れ、肉の横に置く。
 それはどことなく、祭壇のようだった。
 実際、捧げものなのだろう。ただし相手は神ではなく魔獣だ。
 大森林で狩りをする時、素材と自分たちが食べるだけの肉をもらったらあとはナワバリの主に捧げものとして置いて行く。これが獣族の作法だそうだ。
 だから大森林で獣族たちが持ち帰る肉は、ブロック状に切り分けられた状態なのだ。
 今回の捧げものはモツ多めだが、冒険者の調子がいいと少しばかりの黒糖を付けたりもするらしい。魔獣に黒糖。好きなのか。
 土着感のあるこの獣族の作法は、獲物をムダにしない知恵でもあるようだ。
 アイテム袋なんかを使えばそこそこ荷物は持ち運べるが、通常それらに時間停止や保存の魔法は付与されていない。生ものは気温によって普通に腐る。
 だからダメにする前に、余剰の肉を置いて行くのは合理的なことらしい。
 へー。と、好奇心を刺激された様子で、たもっちゃんがバイソンの隣に屈む。
「その、ぬしってやつに見付けてもらえなかったりはしないの?」
「大森林だぞ。そんなのん気な話あるかよ」
「あっと言う間に魔獣がくらァ」
 だからな、と。キツネとアナグマが寡黙なバイソンの代わりに答え、手早くまとめた荷物を担ぐ。
「さっさとどっか移動しねェと、でっけェ魔獣がすぐくんぞ」
 自分たちだけ準備を済ませてすたこら逃げるおっさんたちに、そう言うことは早めに言えと心底思った。

 我々の人生に赤紫のでっかいミミズ、シュランクフライシュを持ち込んだ獣族たちとは翌朝ばたばたとあわただしく別れた。
 大森林は過酷だ。気が荒く力の強い魔獣が、そこら中にいる。そんな厳しい環境で、遊んでいる時間などないのだ。
 朝ごはんはしっかり食べて行ったけど。
 あと、我々は夜もしっかり寝てたけど。
 厳しさって、なんなんだろうな。
 おっさんたちと別れて、たもっちゃんは当初の目的を思い出した。大森林でしかとれない、透明な窓の素材を探すと言う目的だ。
 諸事情あってローバストの小さな村に建てることになった家に、透明な窓が付けたいらしい。そう言えば、そんな話をしていたような気もうっすらとする。
 透明な窓はかなり高価だ。もとになる素材は、窓だけでなくきらきら輝く照明器具や高級な食器にも使われる。
 高いなら、自分で素材とってきて作っちゃえばいいじゃない。
 そう言う発想は、まあ解る。しかし素材が高いと言うことは貴重で、貴重と言うことはそう多く収穫できないと言うことである。
「何かさー。植物にしては、採るの難しいらしいんだよね」
 たもっちゃんは悩ましげに眉をよせ、買い込んだ丈夫な布をちくちくと縫いながら言う。
 私はそれに、「でしょうね」と答える。
 窓の素材を探し求めて着いたのは、これまでと少し様子の変わった森だった。
 太古を思わせるとでも言うのだろうか。息が詰まるくらいに空気が湿り、倒木や足元だけでなく、生きている木の幹や枝までに残らず苔が生えている。
 その木々も、ほかの場所とは形が違った。何本もの細い木が集まり支え合うように、広くばらけた根元から上に向かってがしりがしりと複雑な形で絡み合う。
 木の上の枝からは長い苔が垂れ下がり、空気中の霧を集めてぽたぽたと絶えず雨のように水滴を落とした。
 一言で言うと、高温多湿で正直つらい。
 苔からしたたる水滴の下にはシダのような大きな葉っぱが瑞々しくしげり、辺り一面を埋め尽くす。
 我々もまた、その中に埋もれるようにして倒れた木や苔むした岩に腰掛けていた。
 そうしてなにをしているかと言うと、順番待ちだ。窓用の素材を求めてきたら、先客がいた。私たちは少し離れておとなしく、彼らの採集が終わるのを待っているところだ。
「魔法使っちゃいけないんだもんなぁ」
 たもっちゃんは、丈夫な布に太めの針と糸をぶすぶす刺してぶちぶちとぼやく。
 透明なガラスのような素材のもとは、ファンゲンランケと言う木からとれる。この木は高温多湿を好むらしくて、蒸し暑く湿気たこの区域の森には結構生えているようだ。
 じゃあ、ほかの冒険者が狙ってるのとは別の木からとればいいじゃん。と思ったら、そう言うことでもないらしい。この素材はわずかな魔力で変質するので、素人が下手に動いてくれるなと先客に注意されている。
「いやでもさ、たもっちゃん。言っても木でしょ? そんなのガンガン切り倒せばよくない? 貸そっか。あの家具調の斧」
「リコ、ダマスカス鋼を家具調コタツみたいに言うのはやめよう。解るけど」
 この日は結局順番待ちのまま終わり、先にいた冒険者たちがファンゲンランケに翻弄されるのを遠目に眺めるだけだった。
 ちなみに、たもっちゃんがヒマつぶしにちくちく縫って仕上げた布は、両端にロープを通してハンモックになった。有能である。

つづく