神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 391

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

391 やんごとない

 こよみが四ノ月に変わっても、季節はまだ冬である。
 赤道でも近いのかトルニ皇国は大陸よりも温暖なようだが、それでも冬は冬だった。
 皇国の島そのものを構成している黒い石もよく冷えて、足元は靴の底からじわじわと痛がゆいように体温を奪う。つらいよね。肉まんがおいしい。
 冒険者ギルドもなければ草もない、そんな場所でできることには限りがあるのだ。観光とかの。
 我々は仕方なく、それはもう仕方なく。
 まだ見ぬラーメンの店を開拓しレポートの束を増やしたり、やっと本場のラーメンを打つために必要なかんすいを売ってる店に出会ったりして時間を溶かした。
 この店は正しくはかんすいを作るための素材を売っているのだが、どうやらそれはトルニ皇国の水源である海水を吸い上げ真水を吐き出す木からにじみ出る樹液のかたまりみたいなものを焼いて加工したものらしい。
 真水の木のある場所でならどこでも手に入る材料なので、トルニ皇国でラーメンやふかふかの肉まんの文化が普及するのも納得である。ありがとう、木。
 また街をさすらえば話に聞いていた通り和本のように太めの糸で背中を閉じた写本の並ぶ店もあり、武士の心得みたいな感じの堅めの本があるかと思えばその横にモテるファッション・髪結いカタログ的な本もあり人間と言うものはいつでもどこでもそんなに変わらないんだなとじわじわ笑い気味に知見を得たりした。とりあえず、よく解らない海の生き物事典は買った。
「たもっちゃん、見て。海底からものすごい勢いで海水を吹き上げて海面から水柱ぶち上げる貝だって。鳥とか打ち落として食べるんだけど、船も普通に転覆させるから気を付けてだって。恐いね!」
「こわいね!」
 私が本を開いて読み上げながら歩いていると、金ちゃんの肩の上からじゅげむが紙面を覗き込み、ひゃー、と好奇心とおどろきで顔をぴかぴかさせて相づちを打つ。
 少し先を歩いていたメガネは名指しで海の生き物の豆知識を押し付けられて、はいはいとめんどくさげに振り返る。
「歩きながら本読むのやめなさいよ。人にぶつかったりしたら悪いでしょ」
 そしてそう言った瞬間に、注意していた本人がどしんと人とぶつかった。秒でフラグ回収である。
 原因としては完全に、こっちに顔を向けるためうっかり自分がよそ見をしていたからだ。そらぶつかるわ。
 だからなんとなく私のせいみたいみたいな感じがうっすらしなくもないのだが、たもっちゃんは犯人探しをする前にまずぶつかった相手に謝り倒す。
「うわー! ごめん! 大丈夫? ごめんね、全然前見てなかった!」
 その言葉がいきなり砕けているのは、相手が十歳になるかならないかに見える子供だったからだろう。
 背丈が自分の肩ほどしかない少年に、たもっちゃんは膝と腰を屈めるように視線を合わせて思いっ切り眉を下げわあわあと騒ぐ。
「ごめんね! ごめんね!」
「大丈夫。こちらも不注意だった」
 左右を店にはさまれた広い道の真ん中で、少年は一つに結んだ髪を揺らして鷹揚な様子で首を振る。まるで、すっかりあわてた大人のメガネを安心させようとするふうに。
 その優しくおっとりとした雰囲気は、さぞややんごとない身分の若君だろうみたいな印象をいだかせる。その印象をあと押しするのは彼の品よく整った身なりだ。
 白っぽく長いガウンに帯をしめ、ズボンはくるぶしを隠す長さがあった。そのゆったりとした裾からは、この国ではめずらしい靴の先が見えている。
 私もトルニ皇国の帝都でいくらかすごす内、これが裕福な者や身分のある人間の服装であるとなんとなく解ってきたところだ。
 少年の靴は上等そうな布張りで、しわ一つなくピンと仕上げた表面に細かな刺繍が刺してある。庶民は冬でも普通にサンダル履きだから、これは相当いいお家の子って感じがとめどない。
 たもっちゃんがやたらと謝っている割に、いつものように軽率に食べ物を押し付け賠償としていないのは恐らくそのためもあったのだろう。
 あと、その若君の背後に控えた二人の護衛が、「なにしてくれてんだ」みたいな感じでめっちゃ恐い顔してておやつでごまかすどころじゃなかった。
「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」
 たもっちゃんはよぼよぼしょぼくれ謝り続け、逆にまだ少年の若君に大丈夫! 大丈夫だから! と励まされてしまう。
 少しして、少年は自らルップと名乗った。
 その辺の軽食を出す店へと入り、なぜかテーブル席に落ち着いてからだ。
 いや、なぜと言うか少年が大陸のことならなんでも興味があるらしく、明らかに皇国の外からやってきた風変わりな我々に話を聞きたがったのだ。
 大陸でもこいつらは風変わりなのだが。みたいな感じでものすごくなにか言いたげなテオは、しかし結局そのもやもやとしたものを口からこぼすことはなかった。常識人は、色んな空気を読みすぎるので。
 そのためツッコミが追い付かず、あんまりこの世界のことを知らない我々がこの世界の大陸のことを語る流れになってしまった。
 あと、そう広くない店内で少年と顔の恐い護衛を含めて客席へ着くと、それから急に人が増え周囲の席が不自然に埋まった。
 これはもう少しのちに解ったことだが、ルップと名乗った少年はお忍び途中のトルニ皇国皇帝だった。だから通りすがりの市民に扮し、護衛が山ほど随行していたのだ。
 しかしこの時点ではそうとは知らず、全方位からぎっちぎちに監視されているのにも気付かず。
 我々は能天気にメニューを吟味して、迷ったあげくに気になった甘味をいくつか頼んでシェアしましょうよときゃっきゃしていた。
 そんな我々の学生気分みたいな姿に、なにを思ったのかは解らない。
 けれどもとりあえずうらやましかったようで、少年が「いいなあ、わたしも」とお店の人に小皿をもらって甘味をシェアする輪の中に入った。こちらは別にいいのだが、護衛がめっちゃあわててた。
 半透明の団子状の物体を陶器のさじですくいつつ、少年は語る。
「大陸にはウマという動物がいるとか。力が強くてよく働くそうだから、皇国にもいればいいのにと思ったんだ。でもウマをやしなうにはかいばというのがたくさんいるから、確保がむずかしいといわれてしまって」
「あっ、これなんかしゃりしゃりしてる。これ、なんかしゃりしゃりしてる」
 少年と同じものを食べながら、私はその食感に思わずおどろく。
 見た感じ透き通った団子でしかないから、わらびもち的な食感を想像していた。しかし実際口に含んでみると表面は少し硬くてしゃりしゃり砕け、中身はさっと溶けて口の中に広がって消える。なんだこれ。
 一瞬の味わいに気を取られ全然話を聞いていない私に対し、たもっちゃんはしっかりと少年の話題に食い付いてうなずく。
「あー。トルニ皇国の農地って、内陸にしかないらしいですもんね。草もその辺には生えてないって言うか」
「今、草の話した?」
「リコちょっと黙ってて」
 草って単語が聞こえてきたので、確認しただけでこの言われよう。今はジャマだとメガネからペッと横に押しやられてしまう。
 聞き手が熱心に耳を傾けてくれるので、話をするのがなんだか楽しくなってきたらしい。
 大陸に点在しているダンジョンや大森林の話題など、たもっちゃんは少年ルップに問われるままに知ってることから知らないことまでガン見でカンニングしたりしてていねいに答えてあげていた。常識人のテオもまた、アドバイザーとしてちょくちょく注釈をはさんでいるので情報の精度としても安心である。
 男子らがなんか色々話しているのと同じテーブルを囲みつつ、しかしそちらの会話には一切参加せず、レイニーやじゅげむと私は透明でぷるぷるしているが噛むとぷちぷちとした食感のところてんを細くしたような謎の麺を楽しんだりしていた。
 やはりトルニ皇国においても、砂糖的な素材は貴重なのだろう。どれも甘すぎると言うことはなく、素朴な味の甘味ばかりだ。
 これはこれでなかなかと、みんなでちゅるちゅるぷちぷち食べていて、ふと。
 そう言えば刑罰の一環として服の袖が縫い合わされて自力ではなにも食べることのできないガイドたちもいたなと思い出し、ねえ食べる? と振り返ってみるとガイドが姿を消していた。
 いや、我々から目を離す訳にはいかないお仕事なので、近くにはいる。
 ただ、男女二人組のガイドらは蛍光色の刑罰服に包まれた体を限界まで小さく細くして、床にしゃがんでテーブルの上をうかがっている金ちゃんの、大きな背中に貼り付くように屈み込み息を殺して身をひそませていた。
 めちゃくちゃ隠れとるやないかいと思ったが、これはまあまあ当然である。
 我々がまだ知らないだけで、このルップは皇帝なのだ。その御前にこの状態で出ることは、図らずも追い刑罰に近いかも知れない。

つづく