神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 225

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お祭り騒ぎと闘技場編

225 最高の矛盾
(※伝文としての残酷表現があります。)

 うちの子供はしょんぼりした空気を敏感に察した。そして木のぼりの要領で金ちゃんの体を伝っておりて、おずおずとテオに近付くとその服をぎゅっとにぎって捕まえる。
 困ったように、複雑そうに。なんとも言えない表情で、テオは自分の服を硬くにぎった小さな子供を見下ろした。
 それからあまり慣れない様子の、しかしどこまでも優しい手付きで、レイニーが整えヒモでまとめた子供の髪を乱さないよう壊さないようおそるおそるなでてやる。
 その、イケメンながら剣しか知らない武骨な男と、まるで自分が苦しいみたいにつたない心配をにじませる子供が、なんとなくほんわりした雰囲気を出しているすきに。
 たもっちゃんとレイニーと私の三人は、素早く顔をよせ合いひそひそと話した。
「たもっちゃん、闘技会って? 闘技会ってなに?」
「やっぱ、テオが代表で出されるってやつじゃない?」
「そう言えば、そんな話もありましたね。最初に」
 そう、最初に。
 もはや記憶があやふやであれだが、テオは剣奴的なものにされブーゼ一家の看板を背負ってナワバリ争いに駆り出される予定だったのだ。最初から。そう言う話だったのだ。
 あー、あれねー。みたいな感じで一瞬納得し掛けたが、その競技会と言うものは複数の戦士をコロシアムに放り込み最後の一人になるまで殺し合わせる蠱毒方式の戦いらしい。
「死ぬじゃん」
 それか勝者が呪いのアイテムみたいになるじゃん。
 やだ困る、とメガネと私は真顔になった。
「四日? 四日後ってなんだっけ? 四日後っていつよ」
「リコさん、四日後は四日後ですよ」
 そうか、四日後は四日後か。そもそも四日後っつってるからな。
 そうかそうかと動揺のあまり、レイニー相手に実りのない会話をしてしまう。いや、実りがないのはいつものことだ。ちょっと普段の自分を評価しすぎた。
 もはや自分でも訳が解らないくらい私はなにも解らなくなってきていたが、それでもメガネよりはマシだった。
 あいつはあいつでなんの進展も対策もないまま闘技会が差し迫る事実を受け入れられず、そうして取り乱した結果まあまあキレてラスを相手に噛み付いた。
「あれまだ先だっつってたじゃないですか!」
「あの時はね、そうだねぇ」
 でもそれから日にちが経ってるし、にも関わらずいつまでものんびりしてたのはおめーらじゃねーかと。
 ラスはもう、ホントおっしゃる通りと言うほかにない正論を、もっとやんわりねっちり絡め捕るような言葉で浴びせて無慈悲にメガネを追い詰めた。すごく楽しそうだった。
 そんな感じでご機嫌のラスが雑に教えてくれた話では、闘技会と言うものはブーゼ、シュタルク、ハプズフトの各一家に取ってはナワバリとメンツをかけた勝負ではあるが、街には二年に一度のお祭り騒ぎで割となんでもありとのことだ。
「武器にも制限がないしねぇ。何年か前の闘技会では頭領たちが勝負が地味だと言い出して、魔獣を放ったこともあったね」
「あるのかぁ……」
「あるんだあ……」
 魔獣かあ……。
 メガネと私は思わず同時に天を仰ぐが、そこには空調用の障壁の向こうで建物に四角く区切られたおどろくほど青い空しかなかった。強い日差しが目にしみる。
 人間と魔獣をごちゃまぜにして戦わせ、魔獣が勝ったらどうなるのかと。思って問うと、当時は魔獣も剣奴と同様にそれぞれの一家が一頭ずつ出したとのことだ。そうすれば結局はどこかの一家が所有する人か魔獣が残るので、賭けとしては成立するし変わらない。
 確かに、変わらんかも知れん。けどそれさ、もう最初から魔獣勝負でいいんじゃないの。どうしてわざわざ人間放り込んじゃうの。
 そんな私の疑問にも、ラスは、優しげな、それでいてどこか嗜虐的な笑みを浮かべて答えてくれた。
「おもしろいからだよ」
 普通の言葉でありながら凍えるように残虐なセリフを、彼は実にやわらかに吐いた。
 きっと、恐ろしい人なのだろう。
 本人もそれを自覚して、たまにわざと恐がらせにきているような感じもあった。ただそれで、本当に恐いかと言われると困る。
 優しい姿でごまかし切れないラスの悪い顔を見ていると、ついつい私の心の中には暗黒微笑の四文字が浮かぶ。これはもう、サブカルに毒され私が背負った業と言うべきなのかも知れない。
 ごめんなあ。なんか知らんけど、その作り笑い気持ち悪いからやめなよとか空気を読まない愛され系転校生のヒロインに言われてころっとデレる生徒会チョロ副会長みたいなレッテル貼って。ごめんなあ。
 近頃はそんないたたまれなさが先にきて、そっとおやつを差し入れるなどして相手を戸惑わせてばかりいる日々だ。
 どことなく釈然としてないながらもおやつを受け取りラスが去り、庭に残された我々は緊急会議を開くことになった。
 実際は、改造途中の屋台を一旦放置して、丸く向き合う格好で地面に屈んで頭をかかえているだけだ。
 レイニーのエアコン魔法で周囲は適度に冷やされて、きつめの直射日光とよく固めた土めいたベージュの地面や建物の壁から割とガンガン照り返しがあっても、まだすごしやすい環境と言える。
 ただし、空気はものすごく重い。物理ではなく、雰囲気として。
「よし、解った」
 その空気を打ち破り、やけくそめいて頭を上げたのはメガネだ。
「テオには最強の武器と最強の防具を作って渡す。とりあえずそれで闘技会は生き抜いてもらって、あとの事はそれからだ!」
「タモツさん、ついに救い出すのは諦めたんですね」
「俺たちの戦いはこれからとばかりに」
 打ち切りエンドみたいなことを言い出したメガネに、レイニーと私は少なくとも闘技会前にテオを助けるのはムリと言う判断を察した。
 テオを助けるためだけにこんな所まで付いてきて、一体なにをやっているのか。
 そんな気持ちも正直あるが、しかしこの不手際でメガネばかりを責めるのは酷だ。
 シュピレンにきてから今日までの間、へーきへーきと具体的な日程も気にせず遊んでいたのは我々も一緒だ。いや、遊んでたっつうか。遊ん……遊んでたな。Tシャツの柄とかばっか考えてたわ。
 必要に迫られギルドの仕事もするにはしたが、あの時はメガネだけが働いた。
 ここぞとばかりにメガネのせいにしておきたいが、ヘタにこれを掘り下げて行くと窮地におちいる可能性が高い。主に私が。
 そう、すぎたことは仕方ないのだ。そんな感じでうやむやに、たもっちゃんを許す代わりに私のことも許して欲しい。
 また、これは後日の話になるが、メガネはテオに渡すため最強の矛と最強の盾で最高の矛盾を生み出した。
 そう言うのって最強の概念がぶつかり合ったパラドックスで時空が消滅しかねない、みたいな話をネットで見たが今のところはなにもない。解ってた。なんとなく。でもちょっとだけドキドキしてた自分がいるの。
 て言うかね。それよりも問題は、できあがった武器たちだ。こう、なんか。なんかね。なにがどうしてそうなったのかなって。
 刻み込まれた術式で攻撃力を補強して必殺技をくり出すが持ち主の魔力を吸い尽くす槍と、どんな攻撃も防ぐけど致命傷を受けそうになると着用者の魔力を全部使って絶対防御の障壁を張る防具。
 俺、がんばった。さあほめろ。みたいな感じでメガネからそれら二つの武具を渡され、テオは途方に暮れていた。
 ムリもない。その辺の市販品を改造し、コスパ最高の魔道具となった槍も防具も使えば装備者の魔力を食らい尽くす仕様だ。
 では人は魔力が尽きるとどうなるかと言うと、へろっへろになって意識を失う。
 百歩譲って一対一の勝負なら一撃必殺の槍を使って相手を倒せば決着となるが、今回は三つ巴戦である。一人倒せても自分も倒れ、残った一人が勝利する。漁夫の利とはまさにこのことと言うほかにない。
 同じく最強の防具にしても、身に着けてれば死にはしないが絶対防御が発動するとやはり魔力が尽きてぶっ倒れてしまう。
 こうして勝負に負けて賭けにも負ける、矛盾の武具を作り出したメガネはそれでもなぜか俺ってすごいと自画自賛に酔いしれた。
 私はそれを憐れむように放置して、心配そうな子供と共にテオの背中をそっと叩いてなんかごめんなと同情を示した。

 たもっちゃんが最強の武具を作る間も時間はすぎて、あっと言う間に六ノ月が終わった。
 砂漠の街はいつも暑くて、雨が降っても真夏のゲリラ豪雨のようだ。だからいまいちそんな感じがないが、季節はまだ雨季なのだ。
 ラスに指摘を受けてから三日。やってきたのは渡ノ月の最初の日。明日になったらテオがコロシアムに送り出されるのはともかくとして、お祭り騒ぎの始まりである。

つづく