神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 304

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子供とカレーと塩のこと編

304 逃げるように

 エルンがあまりにも繊細に小さな子供のメンタルをくんでくれるので、このまま孤児院の仕事手伝ってくれてもいいのになと勝手なことを思った辺りで思い出す。
 あちらの話は痛いくらいに解ったが、こちらの話が全然まだだと。
 さっきまでなでまわしていたエルンはすでにこの手から逃れ、野良ネコのようにフシャーと距離を取っている。
 代わりになでりなでりともみくちゃにするのは、テンションと勢いで語るに落ちたエルンのことを妙に笑顔で見ていたハインだ。
「そう言えばさあ、キミらもう進路決めてるらしいじゃん。ねえ、ハイン。文官とかマジなの? 大丈夫? なんとなくだけど、ハインはあんま権力に近付いて欲しくない感じがするの」
 どう考えても完全に子供ながらに諜報スキルが異様に高いと知ってしまったのが理由だが、なんかすごい心配って言うか。
 おとなしくもみくちゃにされているハインは、そんな私におっとりと「うーん」と少し迷うような顔をした。
 しかしこれは単純に、どう説明するかを考えていただけだったようだ。
 特に意志が変わった様子でもなく、十やそこらの少年はどこまでも冷静に語る。
「でも、安定した仕事だし、給料も結構いいみたいだし、孤児にはむりだって思ってたけど、なれるならなってみたいんだ」
「将来の夢が公務員の小学生じゃん……」
「そんなに急いで大人にならなくてもいいのよ……」
 たもっちゃんと私は、ただ力なく呟いた。
 大人のくせにいまだ大人になり切れていない我々に、このしっかりとした子供の姿はまぶしすぎるものがある。
「年食ったら勝手に大人になるんだと勘違いしていた時代が私にもあった」
「俺も俺も」
 ねえ知ってる? 大人って実はそんなに大人でもないんだぜと訳の解らないことを言い始めた我々に、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をしたのはちょっと遠巻きにしていたエルンだ。
「あんたたちを間近で見てて、なんでオレらがそんなカン違いできると思った?」
 その説得力は、もはや暴力。
 そんな感じで二人と話し可能性がなくはないと気が付いて、「じゃああれかしら? 孤児院にも私らときたい子とかいるのかしら?」とちょっとそわそわしながら問うと、「それはない」ときっぱり言われる。
 また、エルンのふかふかパン屋の話にも触れたが、これはメガネが食べ物屋もラクではないよとふんわりアドバイスしただけで終わる。やわらかいパンだけに。やかましい。
 でもエルンもやはりしっかりしてて、ぼんやりとパン屋になりたいと言っているのではなかった。すでに勤め先も確保済みだった。
 クレブリの孤児院を手伝ってくれている少女、赤橙のくせっ毛を首のうしろで結んだルーが以前世話になっていたおじさんの店だ。
 ルーがうちにくる時にチラッとよってお預かりしますと挨拶したはずだが、パン屋だったかどうかすらもはやなにも思い出せない。
 だけどメガネに「パン屋だっけ?」と確認すると「パン屋だったよ」と言ったので、多分パン屋なのだろう。なにも思い出せないままだが。
 たもっちゃんはやわらかいパンを焼きたいならと育てた酵母菌をエルンのためにいくらか分けて、酵母菌を育てる温度管理用の魔法陣を布に描いて渡し、その際に「パン職人になりたくなるほど柔らかいパン気に入ってくれてたんだねぇ」などと、特に親しい訳でもないのに個人的なところにぐいぐい首を突っ込んでくる親戚のおっさんのように余計なことをポロリと言ってエルンにものすごい顔をさせていたのだが、しかしそれでもクソジジイなどの暴言は出なかった。
 このことに、あっちから話し掛けてくる時でさえとりあえず暴言を吐かれる私としては釈然としないものを感じてしまう。
 ねえあれなんなの? 差別なの? とエルンに詳しいハインに聞くと、実際差別されていた。
「だっておじさんいっつもごはん作ってくれるでしょ。エルンもオレも、ごはんくれる人にはなるべく逆らわないようにしてるんだ」
 ぐしゃぐしゃになった髪を手で直しつつ、なんでもないように説明するハインがどこまでもドライ。
 孤児であり割と最近まで家もなく暮らしていた彼らは、子供ながらに長いアウトロー路上生活を生き抜いてきたのだ。そのために自然と育まれた信条らしい。
 それを聞き、ものすごく納得しながらに、料理はムリでも私も水あめとかをもっと積極的に配って行こうと強く思った。

 朝早くから庭に集まり見送りに出てくれた、孤児院の子供や職員たちに別れを告げて我々はクレブリをあとにした。
 たもっちゃんが作ったそこそこの塩を量産するための魔法陣で作った大量の塩を、シュピレンへ届けるためである。
 ただし、街を出る前にこの我々の取り引きが商業目的ではないこととシュピレンのブーゼ一家に逆輸入しないと約束させるのを見届けるための立会人を塩組合でピックアップしなければならないし、シュピレンでの受け渡しが終わればその立会人をクレブリに戻すところまでが契約と言う名の約束なので多分またそこそこすぐに戻ってくる予定だ。
 なお、シュピレンへ塩を届けるメンバーは、陸路でちんたら行ってられっかと開き直ってボロ船を飛ばす船長のメガネ。気が向けば運転を変わるレイニー。俺のせいで申し訳ないとめちゃくちゃ気に病んでいるテオ。朝からよく食べまだなんか食べてる金ちゃんに、一緒に行くかどうか聞いてみたら行くと言ったので行くことになったじゅげむだ。
 コミュニケーション能力への不安と心の機微に鈍感疑いのある我々が、勝手に察して想像したところでほぼ確実に正解は出ないなと妙に確信があった。それでもう、直接本人に確かめた次第だ。
 じゅげむとのそんなやり取りを全部見て、エルンはそうじゃねえとばかりにすごい顔をしたし、ハインはそうなったかー。みたいな感じで妙におだやかな表情を浮かべた。
 ついでにユーディットを始めとした職員たちも、言葉に出しては言わないが、聞くのかあ、みたいな空気ではあった。
 ほら、言ったでしょ。
 大人って、年食ったところで別にそんな大人になれるとは限らないんだからね。
 我々にはこれが精いっぱいよとなにも言われてないのに言い訳し、別に同行しなくても誰も困らないのだが残っても草をむしるくらいしかすることがないのでなんとなく付いて行く私を加えて船は逃げるように飛び立った。
 途中でちゃんと塩組合の立会人は拾った。

 クレブリの塩組合では空飛ぶ船ってなんだとえらい人を戸惑わせ、向こうが引き気味に困惑している間に組合が用意した立会人をさらうように乗せた。
 そして誰かがなにかを言う前に、船は急いで高度を上げてびゅんびゅんと物理とスピードで飛ばして進む。
 空飛ぶ船は速い。滑るように迫りくる景色が一瞬ですぎ去り、あっと言う間に遠くなる。
 それでも砂漠のシュピレンまでは、二日ほどの道のりらしい。
 早いだけならドアのスキルが一番ではあるが、さすがに塩組合の立会人は会ったばっかりでよく知らない人だし、いきなり見せるのは気が進まないのは私にも解る。
 だから船での移動も妥当と言えるし納得もできたが、二日もずっと船の上と言うのはなかなかヒマだ。
 とりあえず、操縦担当のメガネとトロールである金ちゃんを除き、我々はちまちまと豆粒をむきながらすごした。
 最初は空飛ぶ船ってなんだの戸惑いでぼう然としていた立会人も、しばらくするとおどろくのにも飽きたのかいつからか一緒に豆粒をむいていた。意外に適応力がある。
 休憩したりレイニーが操縦を交代したり、シュピレンまでは遠いので旅の日数も掛かるはずだと組合内で立会役のなすり合いになり、最終的にまだ若手で独身の自分が押し付けられたのにこのぶんだと隣の領地に行くよりも短い時間で行って帰ってこられそうな気がすると、複雑そうに遠い目をする立会人の若い男の話を聞く内に一日目は終了。
 夜にはその辺で食事と野営。翌日の移動に備えて就寝とする。
 二日目もひたすら豆をさやから取り出して、いくつもの鍋に入れられた大量の豆にさすがに多くないかとやっと疑問をいだき始める。
 しかし料理担当のメガネによると、どうやら豆腐を作るのは大豆じゃなくてもいいらしく、そもそも大豆らしき豆を見掛けないので各種の豆で試したいとのことだ。
 そんなちょっとした疑問と不満が解消し、予告通りにそこそこきっちり二日ほど。
 ちょっと夜更けにシュピレンへ到着。
 我々の接近に気が付いて、シュピレンの街の人々は防壁の外に明かりまで灯して出迎えてくれた。
 明かりは火矢の形をしていたし、すごいびしびし撃ち込まれたし、冒険者やチンピラが防衛のために集まって、その謎の飛行物体が我々の乗ってきたなにかだと解ったあとには街を仕切るブーゼ、シュタルク、ハプズフトの各一家からまんべんなくガチギレされることになるのだが、ものすごく熱烈な歓迎ではあった。

つづく