神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 336

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

336 アポなし

 今度はなんなの? と問われると、あれ? 我々またなんかしたかな? と思う。
 アーダルベルト公爵家にくる時は、別になにもない時もあるが、なんかやらかして怒られるためにくることもある。それも割合に。
 だから一瞬不安になって自分の行動を振り返ってしまったが、今回は特になにかをやらかしたと言う訳ではなかった。少なくとも、こちらの体感としては。
「いや、違うんす。聞いて。今日はほんとに俺ら何もしてないの。ただ貴族のお屋敷周りを夜遅く庶民用のレンタル馬車で約束もなくうろついてただけで……」
「うん。それは止められるね。衛兵に。彼等はそれが仕事だからね」
 本人がイケ散らかしているせいか、変なTシャツを着ていてもなんかそう言う高度なおしゃれ感を出してくる公爵。
 彼は当然そうなるとうなずいて、きらきらしい淡紅の瞳をほほ笑むようにふっと細めた。
「それに、君達を知ってるか、通していいのか、衛兵が確認にきた時のこちらの気持ちも解ってくれるよね?」
「ほんとすいませんでした」
 我々は本当に、本当に馬車を走らせていただけだが、なんかこの辺ではダメだったらしい。貴族の屋敷がある地区で、アポなしで、夜だったことが総合的に。
 いや私もね、なんかレンタル馬車の御者たちが大丈夫かと不安げにやたらと確認してくるなーとは思ってはいたんだ。ヘーキヘーキっつってたら、全然平気ではなかった訳だが。
 公爵家にしてみれば夜いきなり警察がきて身元確認させられたようなものなのだろうし、ようなって言うかそのまんまだし、そんなことがあったら確かに今度はなにをやらかしたんだと我々を疑う気持ちもものすごく解る。
 メガネが言い訳に失敗した今、我々にできるのはとにかく深々と謝ることだけなのだ。
 品よく整えられた豪華な屋敷の一室でホントさーせんと謝り倒す我々に、公爵家の主は豪華なソファにゆったり腰掛け、夜、約束もなく訪ねた私たちに向けて問う。
「それで、今日は?」
 胸にでっかく「独身」と書かれた絶対に意味を説明したくないTシャツを、やたらと着こなしそろそろ寝るところだったらしき公爵はもう少し話に付き合ってくれるつもりのようだった。
 ただ――これはそう水を向けられて、改めて気が付いたことだが。我々には特に、聞いてもらうべき目的などはなにもない。
 たもっちゃんと私はこのことに、えっ、ダメなの? と、逆にそわそわとした。
「いや、何も考えてなかったって言うか……。王都にきたら公爵さんの所に行かなきゃって思って……」
「そう、なんとなく……。普通に泊めてもらうと思って……」
 だって、いっつもそうだから……。
 なんかいっつも、王都にきたら大体アーダルベルト公爵の所でお泊りだから……。
 それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ自然と巣に戻る野生動物のように、なんの疑問もいだくことなくきちゃったって言うか。
 でも、言われてみればその感覚がおかしいのかも知れんと思わなくもない。
 公爵さんってえらいみたいだし、多分実際にものすごくえらい。
 なんか大体いっつも家にいて、たまにロマンス小説を音読したり出来心でおやつをあげた金ちゃんにお礼とばかりに担ぎ上げられ公爵家の庭をわあわあ連れ回されていたろくでもない思い出が我々の心に残りすぎていると言うだけで。
 だから、普通は用も約束もなく、公爵家にふらっと遊びにきたりはしないのだろう。
 泊めてもらうのは目的に含まれるような気がするが、それはまあ、ここじゃなくてもなんとかなる訳ですし……。
 これはもう、あれだな。完全なる習慣だけできてしまったな。
 なにも考えてなかったメガネや私もさすがにそう気付いたが、「なるほどね」とうなずくくらいのものだった。
 それよりも、はるかにダメージを受けているのはテオだ。
 一人用のイスに腰掛けた彼は真下を向くように顔を伏せ、震えるほどににぎりしめた両手を自分の額に押し付けていた。静かに、けれども内心「あああ!」と絶叫するのが聞こえてきそうな雰囲気である。
 どうやら常識担当の自分までもが普通に、そしてなんの疑問もためらいもなく、大貴族のお屋敷にふらっと遊びにきた異常さを今になって思い出しているようだ。
 恐らくテオ一人ならこんなことにはならないし、絶対にこんなことはしないのだろう。解る。
 今だって我々にくっ付いてなんとなく一緒にやらかしただけだし、どう考えても我々の悪影響でしかないので実家のお兄さんとかには絶対秘密にしておいて欲しい。
 こうして、ここが公爵家であることと、その意味を。
 それぞれ今さら思い出してきた我々を、アーダルベルト公爵はなんだかびっくりしたように淡い瞳を見開いて眺めた。
 それからじわじわ笑う口元を押さえ、やがて両手で顔面を隠すようにして、喉の奥からひぐひぐと変な音を出して笑う。
 息詰まってるみたいな音が出ちゃってるけど、大丈夫ですか。
「今日は表の門からきたし、遅いから。何かあったのかと」
 若干心配になる笑いかたをして、アーダルベルト公爵はそんなことを言った。
 これまでも門から入ってきたことはあるし、もっと遅くにきたこともある。
 だが門からきたのはもうちょっと常識的な時間だった気がするし、夜いきなりくる時は大体ドアのスキルで公爵の寝室に直接押し掛けるなどしていた。
 それはそれでなにも大丈夫ではないのだが、そんな非常識を振り切った我々が中途半端に申し訳なさそうにしてたのでなにかあると思われたようだ。
 しかし実際はただ遊びに、そして泊まりにきただけと知り、もう全然笑いが止まらない公爵に「これはいける」と我々は踏んだ。
 ソファの前のテーブルにやっぱり変な柄のTシャツや巨大サソリ一頭につき一つしか取れない毒針部分の甲殻など、砂漠のおみやげを積み上げてうやむやにお茶をにごそうと画策。
 それを見て、自分もなにか、と思ったのだろうか。
 だいぶん眠たそうにしてたのに、アーダルベルト公爵を前にぱちっと目を覚ましたじゅげむが、自分の幼稚園カバンをごそごそ探る。
 そして小さなその手をにぎりしめ、ぎゅうっとなにかを大事そうに取り出したかと思うと、そっとテーブルに近付いてぴかぴかの石を慎重におみやげの山へとまぎれ込ませた。
 ちょっと前から薄々そんな気はしていたが、じゅげむは公爵推しがすぎると思う。
 自分が持ってるものの中で一番綺麗なものをあげたいって感じがひしひしくるし、誰にも気付かれずに一仕事終えたみたいな顔をして床にあぐらをかいた金ちゃんによじのぼるところまでの一連の動きが非常にかわいかったのでうちの子はかわいい。
 人の心を持ち合わせないレイニーや、部屋の入り口辺りに控えたプロの執事にまでも目を細めさせるほどである。
 この砂漠で遊んでいる時に見付けたらしいぴかぴかの石はまあまあの宝石だったとのちに判明するのだが、しかし、それが宝飾品として加工されることはなかった。
「これは、少しも削りたくないなぁ」
 困っちゃったみたいな感じで公爵がそう言って、カッティングや美しくみがくのでさえ余計なことと判断したのだ。
 そのためじゅげむの石は未加工のまま、子供が見付けてきたぴかぴかの綺麗な石として立派な魔道具のケースに入れられて後日アーダルベルト公爵の私室に飾られることになる。
 わっかる。
 魔道具のケースまで用意されるとなんだか大げさな感じがするが、この世界に無数に転がる石の中から子供が気に入り選び抜いた大切な石を宝物として自分にくれたかと思うと、それだけでもう国宝にしたい。
 解る。たまにカッコイイ虫とかもくれるので、非常に困ると言う時もあるが。
 この時点ではまだそこまでのレベルとは知らないまでも、アーダルベルト公爵はすでにただの親戚のおっさんみたいになっていた。
 そのデレに、我々はまだ試作品でありこの異世界に一本しかないはずのスウェットズボンを思わず献上してしまう。
「これ、改良の余地はあるんですけど、凄くいいんで」
「すごい楽なんで」
「まだ新品ですし」
「洗浄魔法でも掛けてもらえばすぐはけますし」
「えぇ……? それは……ありがとう?」
 急にぐいぐい推し始めたメガネと私の真顔の感じに戸惑いつつも、一応すかさずお礼を言っとく公爵の社交スキルはさすがだと思う。
 いや、なんかね。かわいくて仕方ないって感じでうちの子かわいがってもらえるの、ありがてえ。やだ! この人好き! ってなってしまってる。今。
 たもっちゃんはどうか知らないが私としては人生二度目にして初めての新感覚に力加減を忘れてしまい、さーまだまだ行くわよと強靭なお茶っぱをもりもり出して逆に困らせると言うようなこともした。

つづく