神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 372

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ラーメンの国、思った感じと違う編

372 ラーメンを食べるため

 私の中でラーメンはかなり重要な目的だったが、ラーメンを食べるためだけにトルニ皇国を訪れるバカな話はないらしい。
 なぜならこの出島にくるだけですでに船賃などが高いのに、入国するにも税が掛かってそれがまた高い。
 しかも滞在日数が長くなるだけ税金を追加で徴収されて、一度入って居座ってラーメンを食べれるだけ食べれば元が取れると言うものでもない。ラーメン食べて元を取るって言うのも、そもそも訳が解んないけども。
 つまりその辺のことを総合すると、やっぱりラーメンを食べるためだけにトルニ皇国を訪ねると言うのはまあまあの暴挙とのことだ。
 ただ、この時の私はそんなことなどつゆ知らず、なんだよみんな私ばっかり非常識みたいな感じ出してくるじゃんと思ってただけだ。
「リコさぁ、あるでしょ。ほかに。観光とか観光とか、観光とかさぁ」
「観光ならよくてラーメンではいけない意味が私には解らないよメガネ」
 ものすごくバカにしてくるメガネに私はキリッと首を振ったが、実際別室に呼び出されているのであんまりラーメンで入国する人いないんだろうなとさすがに肌で感じではいた。
 信じてもらえないかも知れないが、私も普通に入国したい気持ちはあった。
 しかしあまりにもラーメンはないラーメンはみたいなことを言われ、ふと。
 いやでも事務長からも本場のレシピ持って帰れっつわれてんじゃんと思ったが、それを「でも事……」まで言ったところでメガネとテオから体当たりを受け、二人の間にべちゃっとはさまれ潰されてしまった。
 目と舌でレシピを盗んで帰るのも、あんまり言っちゃいけなかったらしい。
 まあな。盗もうとしてるもんだもんな。秘伝かどうかは知らんが、味を。とりあえずめちゃくちゃ感じ悪いわな。それはホント、私がごめん。
 男子二人にはさまれて物理で発言を潰された私に、レイニーが真顔で首を振る。
「リコさんは、素直に謝罪されるのがよろしいと思います」
 さっきまですぐ隣にいたはずなのに、レイニーはじゅげむを連れて素早く距離を取っていた。こういう時の行動だけはものすごく速い。
 金ちゃんもこの役人の執務室らしき部屋の中にはいたのだが、最初からちょっと離れた位置に立ち壁の高い所に飾られたゴージャスな房飾りの付いたでっかい斧をうらやましげに眺め回すので忙しそうにしていた。
 私を心配してくれたのは、たもっちゃんとテオの息の合った体当たりにびっくりしていたじゅげむくらいだ。優しい。ずっとそのままのキミでいて。
 そんな、我々のどうでもいいやり取りが落ち着くのを待って、執務室の主たるデスクの向こうの役人がちょっとめんどくさい空気を出しつつ細かい聞き取りを開始する。
 それがトルニ皇国の服なのか、彼女はゆったりと袖の長いガウンのような、襟の前を縫わずに開いた何枚もの衣を首の前できっちり重ね合わせて身に着けていた。
 ウエストは四角い銀の留め具が付いた布のベルトでしめられていたが、形としては重ね合わせた和服のようにも見えるかも知れない。
 簡素に結い上げた菜種油色の髪の毛に銀のかんざしがさしてあり、これが官吏の身分を示しているとのことである。
 全体的に遊びの少ない、それでいてどこか投げやりな雰囲気のある人だ。
 今現在投げやりなのは私のせいって気もするが、そんなにラーメンはダメだったのだろうか。
 彼女は我々にいくつもの質問を投げ掛けて、それから少し考え込むようにデスクの書類に目を落として語る。
「悪い。――と、言う事はない。料理もトルニ皇国の文化だ。しかし、皇国の文化は殆ど外に出る事はない。影響が及んだとしても、せいぜい周辺の小島くらいのものだろう。それを、大陸の民がどうやって知った?」
 知りようのないはずのラーメンを目当てに、入国しようとする者がいたら不自然に思って当然ではないか?
 ラーメンはこの出島にくるまでに経由する補給地の島でも食べることができたが、そもそも補給地に立ちよるためにはトルニ皇国への船に乗らなくてはならない。
 では決して安くはない料金を払い、船に乗った元の目的があったはず。それを隠すのは、どうにも怪しい。
 静かだが厳しく語る女性官吏はそんな、聞いたらなんかそれっぽい一応の理由があって我々をお調べになっているようだ。
「えっ……ごめん……」
 ほらあ! と言わんばかりの顔を向けるメガネに、とりあえずさすがの私も謝った。まさか、そんなじっくり考察されるとは。
「いやー、でもー、でもー、知り合いにー、おいしいお店紹介してもらったって言うかー。なんかー、ラーメンの本場だって聞いてー、どうしても食べたくてー」
「知り合い? 店の名前は解るか?」
「あっ、はい」
 女性の問いに私はカバンから取り出すと見せ掛けようと背負い袋とはまた別に装備した肩掛けカバンに手を突っ込んで、そこに普通に入れっ放しになっていた紙を取り出した。
 私の持ち物管理は基本的に甘い。
 そして手のひら大の葉っぱのメモを見下ろして、じっと動きを止めた私を周りの人間もじっと見る。
 数秒そのまま無為にすぎ、「あっ」と小さく気付きの声を上げたのはメガネだ。
「リコ、読める?」
「読、める。けど、多分私これ発音できない」
「……貸せ」
 ムダな時間をすごしたみたいな顔をして、デスクの向こうから手を出す女性に素直にメモを手渡した。できればあとで返して欲しい。
 書いてあるのはとめはねはらいのしっかりとした、漢字に似てるが漢字ではない絶妙に見慣れないトルニ皇国の文字だ。
 皇国の官吏には母国語だから、読むのに問題ないだろう。
 けれども。
 葉っぱの形をそのまま残した少しざらつくその紙に、そこに書かれた端正な文字に。
 視線を落として彼女が息を止めたのが解った。
 書かれているのは、ローバストで話をした時にレミが勧めた宿屋や店だ。書いたのもレミで、よくは解らないのだが品のよさが文字に出ているようになんとなく思う。
 菜種油色の髪をした官吏は少し顔をうつむけてメモの文字に目を落とし、そしてぐるぐると瞳を揺らしているようだった。
 しかしそれは数秒のことで、す、と胸に息を吸い込んでそれをゆっくり吐き出すとあとはもう普通に戻ってしまった。
 彼女はそれから、ふとなにかに気付いた様子でメモに顔を近付ける。
「インクの香りが新しい」
「こないだ書いてもらったんで」
「……そうか、達者な字だ」
 答えた私にうなずいて、彼女は長い袖を押さえながらにメモを差し出しこちらに戻した。
「どちらもいい店だ。立ち寄るといい」
 そして、どことなく少し苦くほほ笑む。

 思えば途中から、たもっちゃんが静かすぎたのだ。
 なんらかの役職が付いてそうな女性官吏のお調べが終わり、許可が出て、入国の税を支払い解放されると我々は島の対岸に向かった。
 ここへきた帆船とはまた別の専用の船に乗り換えて、本土へと渡るためである。
 船を待つための待合室のような建物もあったが、我々は外でぼーっと横並びになって海を見た。
 トルニ皇国側に広がった、ひとかかえもある石柱があちらこちらに突き出している内海と言うべき海である。
 周囲に人のいないその場所で、しばらくぼーっとしてからメガネが唐突に言う。
「リコ、やべえわ。さっきの人さ、レミの嫁だわ」
 急になにを言っているのか解らなかったが、その言葉をよく噛みしめてみるとなんとも言えない苦みが広がる。
 さっきの人は菜種油色の髪の官吏で、レミの嫁はそのまんまレミの嫁と言う意味である。
 たもっちゃんはこれを、メモを受け取りなぜか動揺していた女性になんかやべえことがあるのかもとガン見し、うっかり知ってしまったらしい。
 彼女はメモの文字だけで夫だと解り、息を忘れるほどにおどろいていたのだ。
 どういう気持ちだったのだろう。
 いや、今はとりあえずそれよりも。
「あいつ家庭あんのかよ……」
 詳しいことは解らんが、王族の供として国外へと逃れた夫と国に残った官吏の妻って絶対ぐちゃぐちゃしてると思うの。
 そら動揺するわの納得がすごい。

 よく考えたらレミも自分を国の裏切者とか言ってたし、普通に通してもらえてよかったよねと。
 動揺の余波をやりすごしてから我々は、そのことに対してほっとした。
 だって裏切者の関係者として、あの場で捕らえられてもおかしくはなかった。
 嫁は完全に夫の存在に気が付いていたし、私も知り合いだと告げている。
 それをあえて見逃してくれた可能性を思うと、なんとなく、情の気配を感じてしんどい。

つづく