神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 393

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

393 とは言ってない

 お忍びの皇帝がよからぬことをしでかす臣下を止めるため、身分を明かして立ち向かうこの流れ。
 ま、まさか上様!
 ええい、かくなる上はであえい! であえい!
 みたいなやつが見れるのかなーと思ったら、残念ながら現実はもうちょっと、と言うかまあまあかなり陰湿だった。
 貴族を臣下と表現し、宮廷の新年会に言及したことで相手にもルップが誰か解ったようだ。
 しかし、相変わらず持ち逃げ途中の商品を手に持ったまま貴族の男は「はっ!」と吹き出すようにして笑った。
「だから何だ? 皇帝だとして、お飾りではないか。この国の民なら知っている。幼い皇帝は玉座に腰掛けているだけで、実際に国を動かしているのは宰相だとな。身分をかざせばひれ伏すとでも思ったか? 残念だったなあ。実権もなく、後ろ盾すらもない。そんな童を、恐れる理由がどこにある?」
 男は生白い顔をずいっと少年に近付けて、嗜虐的にニタリと笑う。
 しらばっくれるのではなく、開き直るタイプかー。
 もしかしてまずい流れなのかなと私は少しそわそわしたが、ルップは目の前の男に対してまるで同情するように、なんだか気の毒そうな表情を浮かべる。
「……そうか。わかっていないのか」
 そしてぼそりと呟くと、ふっと、ため息ついでのように語った。
「その通り、わたしにほとんど実権はない。いまだ元服もしておらず、皇帝の位についたのは二つのころだった。幸いにして、これに権力をにぎらせる愚か者はいなかったようだ。だからこそ、考えてみよ。実務なら、宰相がいればことたりる。では、わたしをみこしに担ぐのはなぜだ? 必要だからだよ。ただのおかざりだとしても、臣の頂点には皇帝をいただかねばならぬ。もはやただの慣習だとしても、こればかりは一朝一夕にかわるものではないのだ。七年前の変革の時から、この国はずいぶん変化したと聞く。わたしは覚えていないけれどね。その改革をもたらしたのは宰相で、その宰相ですらわたしと言う旗印を必要とした。この意味が?」
 困ったように薄く笑う少年に、その表情を目の前で浴びた男がなぜだかよろりと後ろへ下がった。
 その様に、ルップは少し声を立てて笑う。
「わかってもらえたようでよかった。わたしには利用価値がある。少なくともまだ今は。その価値が、さがって困るのは宰相だ。あれは理想が高いから、清廉さはわたしよりも苛烈でね」
 ああ、困った。
 民から品物を奪おうとする貴族だなんて、宰相は一体なんて言うだろう。
 ルップは誰にともなくそうぼやき、地面にへたり込んでしまった貴族の男に笑って告げる。
「覚悟しておくといい」
 ……なんだろうな。
 あまりうまく言えないのだが、とりあえず見たかったのはこれじゃないって気持ちがすごい。
 たたみ掛けるような謎の理論と雰囲気で、なぜ勝てたのかイマイチよく解らんがとにかくごりごりと相手を圧倒し少年ルップは勝利した。
 なんかすごく手慣れた論破にめっちゃ恐いじゃんとドン引きでいると、市民にまぎれて警備していた護衛らがぼう然とへたり込んでしまった男やその連れの浪人たちを引っ立てて行く。
 それをしっかり見届けて、ルップがこちらをくるっと振り返る。その顔はいつも通りににこにことして、「ほんとは皇帝すげかえれば済むだけなんだけど、気がつかれなくてよかったー!」と、大げさな様子で息を吐いて見せた。
 これはピリッと張り詰めた雰囲気を、がらりと切り替えるパフォーマンスだったかも知れない。
 さすがの我々もそんなことを思う程度には、めちゃくちゃ心が引いたままだった。
 いや、さっきの。権力を笠に着た人間をもっと大きな権力で叩き潰す感じ。宰相と言う、人のふんどしって感じもするけども普通におっかなかったので。
 今さら多少おどけてくれてもその印象は全然薄まらないのだが、しかしそうして「元の僕だよ~こわくないよ~」と言うように意思表示してくれるのは助かる。
 もう恐いやつは終わりなんだなと解って、正直なところほっとした。
 だから、そう言うのもあって。
 たもっちゃんと私は、その流れに乗った。
 我々は、お忍びのえらい人が身分を明かしたこう言う時に、どうすればいいのかたゆまぬ訓練を受けているのだ。時代劇とかで。
 あと、今を逃すとそのムダな成果をもう二度と披露する機会がないと思った。
 たもっちゃんと私はさっとその場に膝を突き、黒く冷えた石畳の上に両手を置いて頭を下げる。
「上様であらせられましたか」
「知らぬこととは言え、御無礼の数々……」
 いやまあ実は知ってはいたけど。これはこう言うもんだから。様式美だから。
 深々と頭を伏せて定型文を暗唱する我々に、逆に付いてこられないのはルップである。
「うえさま?」
 なにそれ? みたいな感じの少年のそばには、片膝を突いてはべりながらも油断なく目を光らせる護衛たち。
 その外側を取り囲むように集まった街の人たちがいて、通りに膝を突いた格好でやんわりにぎって左右から重ね合わせた両手に自分の額を押し当てている。
 これがトルニ皇国の儀礼なのだろう。
 そこへメガネと私がノリで加わり、じゅげむが金ちゃんの肩からあわてておりてぺたりと地べたに両手を突いた。そう言うものだと思ったらしい。
 テオは片膝を突いた格好で頭を垂れつつメガネと私にまたなにを始めたのかみたいな顔を向けてきて、金ちゃんは金ちゃんなので天衣無縫の仁王立ち。それは矮小なるニンゲンなどに膝は折れぬとでも言うようなうちの天使も同様なのだが、しかしさすがに周囲がみんな膝を突いている状況になんらかの空気を察したらしい。レイニーはさりげなく、金ちゃんの陰にささっと隠れた。
「そんなことはしなくていい」
 権力を持ちすぎている少年は困ったようにそう言うと、たもっちゃんと私の腕に触れ立ち上がるようにうながした。
 すると周囲の人々もあざーすみたいな軽い感じでわいわいしながら立ち上がり、なんかすげえ慣れてんなと思ったらこう言う感じの皇帝裁きが街中でたまにあるらしい。
 そらあれや。
 帝都の人も皇帝の顔覚えるわ。
 しかし皇帝本人はまだ隠せていると思っていたようで、立ち上がらせたメガネや私の前で気まずげにうつむきぼそぼそと謝る。
「変なところを見せてすまない。それに……隠していたことも」
「いいんですよ。お立場や安全の事もあるでしょうからね」
 それに、もう知ってたし。
 そんな心の声が二重音声で聞こえる感じでメガネが言って、それに私もうなずいて続く。
「そうですよ。まだお若いんだし、身分を忘れて気楽にすごしたいこともあるでしょう?」
 あと、割と最初の頃から知ってたし。
 すでに知ってたことだから、今さら別におどろきがない。そのことを我々は、理解ありげな優しい言葉でぐるぐるに包んだ。
 そんな欺瞞に満ちたやり取りを「こいつら最初から知ってただけなんだよなぁ」とばかりに、ものすっごく両目を細めたテオが見る。
 どうやら常識人の良心的に、消化し切れないものがあるようだ。しかしなんか言いたいのをぐっとこらえて黙っているので、ギリギリセーフだと思えなくもない。私がぜひともセーフだと思いたいだけの気もする。
 大体の感じで目と目で会話、と言うか、はっきりとした言葉ではなく水面下で責めたり責められたりしている我々大人ののらくらとした緊張感に、少年はなにを思ったのだろう。
 ルップはやっぱり少し困ったように、そしてどこかあきらめたように、なんだか悲しげにこちらを見詰めて私たちに言った。
「かた苦しくは思わないでほしい。どうか気にせず、これまでと同じに。話しかたも以前のように、気安くしてもらいたい」
 今までも、身分がはっきり解った途端に関係の変わってしまった知り合いなどがいたのかも知れない。
 まるで、皇帝である少年自身、それはムリな願いであると知っているかのようだった。
 けれども、それでも口にせずにはいられなかった。寂しげな彼の空気には、そんなふうに思わせるものがある。
 しかし、それはなんか。今さらって言うか。
「マジすかやったー」
 たもっちゃんと私は皇帝自らのお願いに、これ幸いとこぶしににぎった両手を上げた。 まあ、これまでも知っててそんな感じでしたしね。皇帝だって解ってるのに知らないフリしてただけなので、あんま変わんないですよねと。
 マジ助かるとノータイムで適応した我々に、皇帝の安全をおそばで守るエリート護衛の集団が「そこまで砕けろとは言ってない」と、めちゃくちゃ苦い顔で首を振るなど。

つづく