神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 216

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回収続行シュピレンの街編

216 特別な砂

 たもっちゃんは一人用テーブルサイズの脚付きコンロと、本体の大きさは同じだが脚のない箱型のコンロで迷いに迷った。
 そこまでしぼり込む前にコンロの口が二つか三つかでも迷っていたが、小さな不便は地味にストレス! と突然叫んで少しだけ割高な三口コンロの道に進んだ。
 脚がなくてもテーブルに載せて使えば同じかも知れない。でもどうせテーブルに載せて使うなら最初から脚があってもいいのかも知れない。脚付きだったら野営で調理する時とかになんか解んないけど便利そうな気がするし、それ以外だとジャマな気もする。
 そんな感じでぶつぶつと、検討が迷子のメガネはそのままそっとして私は私でふくよかに油の乗った店主から小型のコンロの説明を受ける。
「片手鍋が沸かせるくらいの火力があったら充分なんですけど」
「それでしたらこちらか、こちらを」
 店主はひしめくような商品の中から、迷わず二つ、カボチャのように丸っこいタンクに五徳が一つだけ付いた卓上コンロのようなものを取る。
「こちらの方が価格は抑えてありますが、予算が許す様であれば断然こちらをおすすめします。少し値は張るものの、メンテナンスのし易さと頑丈さが違いますからね」
「あ、はい」
 じゃあそれで。
 百戦錬磨の油乗りのいい商人を前に、私の選択権など最初からなかった。
 小さなコンロは正直どちらも似たりよったりのように見えたが、そんなふうに説明されるとぜひそのいいほうをくださいとなる。買い物で失敗したくない心理を的確に突かれた。
 それから、ちょっと気になっていたオイルランプの説明も受ける。私の魔力はいまだにマッチ先輩のモノマネにしか使い道がなかったが、火を使うタイプのランタンがあればメガネや天使とはぐれた夜にも安心なのだ。安心なのは明かりだけだが。
 店主によると、ランプには大まかに二種類の系統があるとのことだ。
 一つは潰れたティーポットのような、陶器のうつわに取っ手と口が付いたもの。中に燃料油を入れて、口から灯芯を少し出して火を灯す。夜、シュピレンの街角を照らしているのはほとんどがこれだ。
 どれも素焼きのような質感で、中にはエキゾチックな紋様がレリーフのように刻まれているものもある。アラビアンナイトが止まらないとばかりにちょっと楽しくなってしまうが、このタイプはものすごく風には弱い。
 もう一つは金属製のオイルタンクに筒状の風を防ぐおおいが付いた、ランプと言われて私が最初に思い浮かべる西洋風のオイルランプだ。ただしここにあるものは、おおいの部分がガラスではなくベージュ掛かった白っぽい陶器でできていた。
 恐らくブーゼ一家のお屋敷とかでこのタイプも見ているはずだが、おおいがガラスでないことは体感としては今知った。
「これ、陶器で暗くなったりしませんか?」
「いいえ、却って明るくなりますよ。砂漠の一部で産出される特別な砂で作った特別な覆いですからね」
 陶器に使った特別な砂漠の砂粒が、光を拡散してくれるのがその明るさの秘密だそうだ。
 それをここだけの話のように、店主がひっそりとした雰囲気を出して砂漠の神秘みたいな感じで言うもんだから私はイチコロに購入を決めた。砂漠の神秘は仕方ない。
 おおいが付いたランプにも、家具のように据え置いて使うべきものと持ち運びに強いランタンがあった。しかし旅や移動が多いならこれだと、店主は数あるランタンの中でも特に頑丈そうな一つを天井に吊るしたフックから下ろす。
 渡されたのは、嵐の中でも大丈夫! とビジュアルで主張する頑丈で武骨なランタンだ。
 金属のオイルタンクと陶器のおおいはほかのランプと同じだが、おおいの上部に金属製の煙突と排気のためのすき間の開いたフタがある。
「この煙突のお陰で雨にも風にも強いので、旅などにはおすすめですよ。それにこの側面の、煙突とタンクを繋げる太いアームがあるでしょう? これがランタンを衝撃から守って壊れ難くしてくれているんです」
 油乗りのいい店主の舌は、セールストークによく回る。買います。あれでしょ。灯台守か海の男が持ってるようなランタンなんでしょ。そんなん絶対強いじゃん。買う。
 ついでにアラビアンレリーフが入った土のランプも一つ買ってしまった。異国情緒がそうさせるのだ。異国と言うか異世界だけど。
 無地のものは千から二千シュピの間だが、レリーフ入りでも五千シュピより高いと言うことはない。もっと高い買い物をしたばかりと言うことと、キャッシュレス決済が私を軽率に決断させた。
 すっかりいいように転がされ、こちらの買い物が終わってもうちのメガネはまだ悩んだままだった。私が連戦連敗の店の主人のセールストークに流されず、まだ悩んでいられると言うのはある意味でメンタルが鋼のようだ。
 高いほうの卓上コンロは四万八千シュピであり、海の男の丈夫なランタンは七万シュピだ。その二つでも結構いい値段だが、三口コンロは二十万シュピに限りなく近い。
 卓上コンロを三つ買っても十五万シュピにもならないはずだが、あとの五万はなんなのか。燃料タンクが大きいからか。それともよくよく比べてみたら、三口コンロの手前の二口に関しては燃焼部の口金が卓上コンロより多く付いているからだろうか。
 そんな話を聞いたような気もするが、もうなにも解らない。なにもだ。とにかく時間が無為にすぎているってことだけが解る。
「たもっちゃん、それ脚があるかないかだけの違いなの?」
「うん」
「じゃあ脚がないほうにして。脚付きだと背が高くなるからさー、子供の頭より上で熱いもの料理されるのがやだ」
 別に実際子供の頭の上で調理はしないが、高さ的にね。なんかね。子供の頭より高い所で揚げ物とか恐くてね。やだよね。
 まあ、そう言えば今子供いるじゃんと私が思い出したのも、ふと金ちゃんとその肩の子供がたまたま目に入った今のことだが。
「まぁっ! リコさんがまともな事を……」
 思いもよらぬものを見た! みたいな顔のレイニーはさておき、それもそうだねと言うことになって三口コンロは箱型の物に落ち着いた。

 我々は反省した。
 出来心で燃料コンロを売ってるお店に走ったが、あまりに時間を掛けてすぎてしまった。
 なんかテンションが変になってたし、ふくよかに油ぎった商人のセールストークは実に危険だ。
 最後にはコンロとランプに共通して使える灯芯を、気付くと五十本くらい買わされていた。買ったあとだが、さすがに解る。まだ絶対そんなに必要ではないと。
 燃料油を手に入れて、試しに使って問題があればアフターケアもしてくれるとのことだった。ただそれも、なるべく早いほうがいいらしい。
 帰りに忘れず油屋によろうと心の片隅にしっかりメモし、我々は次の目的地へと急いだ。
 燃料コンロとランプの店はブーゼ一家の屋敷からがんばれば歩いて行ける距離にあったが、次に行くのは少し離れた別の区画だ。人のいない道に入ると隠匿魔法をレイニーに頼んで、こっそり船で飛ぶことにする。
 どこからともなくそこそこ大きなボロ船が出現したことと、それがふわりと浮いたこと。
 そして飛ぶような速度で実際飛んで動いたことに、金ちゃんの膝で子供が「ひやあ」と蚊の鳴くような悲鳴を上げた。
 そう言えば、この子を乗せて船を飛ばすの初めてだった。
 浮いているのが恐いのか、速度の速さが恐いのか。顔を押し付けるようにして金ちゃんにぎゅうぎゅう抱き着く子供はなんだか、かわいそうなのにじわじわとかわいい。
 ほんわかほほ笑ましく見ていると、もじもじ居心地悪そうに子供がさらに金ちゃんにめり込む。メガネと私の慣れない笑顔がキモいのか、慈愛全開の天使の笑みがうさんくささをぬぐえないのだろうか。
 そうして嫌がる子供でさえもほほ笑ましいとしばらく見ていてふと悟る。我々は今、子供に嫌われる無神経な大人でしかないと。
 あれはこうして悪意なく生まれる、悲しき生き物なのだとを身をもって知った。

「清掃依頼とか地味に初めてだなぁ、俺」
 なんだか逆にわくわくしちゃうよと、たもっちゃんは船をおりて建物を見上げた。
 目の前にあるのはやはり土を日干しにしたような、そう大きくはない箱型の三階建ての建物だ。中はワンフロアに二部屋、六世帯が暮らす集合住宅になっている。
 昨日ギルドで選んだ依頼は、この建物の外回りの掃除だ。これから本格的な雨季になるので、急激な豪雨で溝があふれないように普通に清掃すればいいらしい。
 道に面した側溝のほかにも隣家とのせまいすき間にゴミのたまった溝があるのが気になるが、正直、この清掃依頼は魔法で押したらなんとかなんじゃねと言うだけで選んだ。困ったらゴリ押しでなんとかしようと言いながら、集合住宅一階の大家の部屋をノックする。
 すると、中から肌色の。
 裸のネズミがわらわらと出てきた。

つづく