神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 324

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右の靴だけたずさえて編

324 酔っ払い

 あまりにもプライベートなのは解っているが、なんかもめてるみたいだし。もうこれガン見しちゃおうかな。
 と、メガネが誘惑に駆られている時だ。
 ちゃっかり宴会に参加していたミスカに、ちょいちょいと手招きされて端のほうの席へと呼ばれた。
 そして、この村の住人ではないからか、この件に関してミスカの口は誰よりも軽いと言うことが解った。
「アルットゥ殿は最初、お嬢様が村を出るのに反対していた様ですね。元々、お嬢様の父上がこの村の長でしたから。アルットゥ殿から見ると弟君になりますが、その血筋を守るおつもりだったのでしょう。ですから、シピは最初から嫁取りを諦めてしまった訳です」
 シピはネコの村の族長ただ一人の息子で、外の村へ婿入りはできない。そう言った、動かしようのない事情があった。
 けれども、一度でも申し入れていればどうなったか。
 ミスカはそう小さく呟き、話を続ける。
「ただ、お嬢様の考えは違った様で。水源の村とも深淵の村とも違う別の村への嫁入りを、さっさとご自分で決めておしまいになった。アルットゥ殿は当然反対された様ですが、約束を交わしてしまった以上は守らぬ訳には行かないと最後には折れた。渋々ではあったでしょうが」
「ねぇ、もしかしてミスカの村って深淵の村って言うの? 谷が深いから?」
「ごめん、私ずっと心の中でネコの村って呼んでたわ……」
 つい本題以外に引っ掛かってしまうメガネと私だが、ミスカはこれを適当にうなずいただけで受け流す。そして、ここからがややこしいのだと語った。
「お嬢様の結婚相手は金を積み、水源の村への援助を申し出て口説いたとか。それ自体はよくある話と言えますが、それならばうちのほうが援助できると横槍を入れたのが湖水の村の若君でした。この若君が……悪気はないのですが、世間知らずと言いますか。自らの言動を人がどう受け取り、どう影響するかを考えないところがありまして。湖水の村そのものがハイスヴュステの民の中では影響力の強い集落ですので、こちらのお嬢様の縁談に異議を唱えた時点で強要に近いとお考えにもならない。周囲が気を使い過ぎると言うか、甘やかされてきたのでしょう」
 それでもアルットゥの姪本人は約束だからと、最初に援助を申し入れた男と結婚すると言っている。
 だが影響力の強すぎる湖水の村の若君が出てきて、その結婚相手のほうがさすがにまずいと尻込みしてしまった。
 それなら男のほうから縁談を取り消せばいいような気もするが、――いや、それも勝手だけれども。
 しかし自分から結婚と援助を申し入れておいて、競合相手にびびったからと一方的になしってことにはできない。世間体とか、メンツとかのあれで。
 ミスカによると、アルットゥの姪が縁談の解消に同意すれば別だそうだが、彼女は最初の約束通りに結婚すると決めている。
 で、誰もなにもどうにもできず、膠着状態で今ココらしい。
「いや、でもさ。約束は解るよ。解るけど、結婚って先着順なの?」
 私はなにも関係ないのだが、どうにも納得しかねるものがある。
 腕組みしながら眉の辺りをぐねぐねさせて誰にともなく問うそれに、取りなすような消極的な合いの手を入れるのはメガネだ。
「まぁ、アルットゥも姪は頑固だって言ってた事ですし……」
「いや……でも、いやあ。でもよう、オジキ。そんな、権力者が出てきた途端にびびってイモ引くような男に、最初に結婚と援助を申し入れたってだけの理由で大事な姪っ子さん任せられねえっすよ」
「リコ、リコ。Vシネ出ちゃってる」
 だってよオジキ。と、なおもVシネの感じでうだうだやってると、ミスカが手にした湯飲みをちびちびなめて頭を揺らしながら言う。
「あのお二人はどちらも頑固ですよ。アルットゥ殿も気に入らないなら父代わりとして縁談を断る事もできるのに、お嬢様に遠慮してそうはなさらない。お嬢様はお嬢様で自分がいると伯父上の邪魔だと一人で決め付けておいでの様だ。話し合えばいいんです。互いに思い合う家族としてね。もういっそ、シピが家を捨てるか、お嬢様をさらってしまえば話が早い」
 お、なんか全方位にディスってくるし最後のほうはもはや意味解んないじゃんと思ったら、たもっちゃんがミスカの顔を覗き込むようにして問うた。
「ミスカさ、もしかしてお酒飲んでる?」
「はい、少し」
「あ、これ普通に酔ってるわ。顔と態度に出てないだけで。リコ、ちょっとこちらにいい感じのお茶差し上げて」
 たもっちゃんがミスカから酒入りらしい湯飲みを取り上げ、代わりに私がアイテムボックスから出して渡したお茶のカップを押し付ける。
 そうしてお茶をぐいぐい勧めるメガネに、酔ってる。いや酔ってない。と言い合うミスカはそうして見ると、完全に酒に飲まれた状態だった。
 いや、私もね。変だなと思ってはいたんだよ。
 ミスカ、そんな口数多いほうではないっぽかったのに、繊細な話題や砂漠の民の権力者についてはなんかすごいしゃべるなって。
 あれ、もしかしなくても全部酒の勢いか。
 アルコールってこえーな。この宴会に日本酒を投入したのは私ではあったが。

 そうして数人の酔っ払いを作り出した宴会は、日暮れ前には解散となった。
 足元が見えている内に各自帰宅するように、アルットゥが言い渡したからだ。
 この村は砂漠に囲まれているし、巨石がごろごろとしている土地だ。道が悪いか道すらなくて岩登りに近い場所もあるそうなので、そのための気配りなのだろう。
 アルットゥは頑固一徹だから、ぐでぐでとアルコールに負けていようとも族長代理の責任を忘れたりはしないのだ。帰りはメガネとテオに両側から担がれ、ずるずると引きずるように回収されててアレだったけれども。
 ハイスヴュステの村人が持ちよった謎の干し肉を噛みしめて酒のさかなとしていたレイニーと、そのそばで料理をがつがつ消している金ちゃん。明らかにしょんぼりと背中を丸めてあぐらを組んで、砂漠の砂地になぜかぐりぐり指を突っ込んでいるシピに、ここは自分がなんとかせねばみたいな顔でその頭を神妙になでているじゅげむ。
 料理と酒に盛り上がっていた砂漠の宴会の片隅で、そんなちょっとした混沌が発生していたことを私はシラフと言う名の貧乏くじを背負いつつざっと片付けながらに知った。

 どんよりと落ち込みはしているが酒は入ってないらしいシピに泥酔が顔と態度に出てないだけのミスカを任せ、我々は村の外に停泊させた船の中へと引き上げた。
 船は砂漠の日差しを浴び続け全体的に蓄熱し、甲板に隠れた船室も入ってみればかなりの高温である。
 そこをレイニー先生のエアコン魔法で冷やしてもらい、そしてこれもレイニーがじゅげむを寝かし付けがてらに語る、方向性の違いで離婚して今もすごい仲の悪い神々の、この世界に生み出した多様な生物一つ一つの養育権をめぐってもめていると言う、その後のひどい話を聞きながら就寝。
 神様の私生活ゴタゴタしてんなと思いながらに翌朝起きて、同じ船、別の船室に泊まっていたシピとミスカの解りにくく泥酔していたほうにアルコールを摂取してからの昨日の記憶がないことが解り、おめーほんっとタチ悪いな! と叫んで一日が始まった。
 いや酔ってるのが解りにくい上に記憶ないって最低だぞお前。
 どうやらメガネとテオが一度も戻っていないようなので、チャンスとばかりに朝食ラーメンと思ったがインスタント麺とスープの開発がまだだった。
 ローバストの山中で毒ヘビを生きたまま捕獲するために私の手をエサにしたメガネの暴挙と引き換えに、製作を約束された私のインスタントラーメンはどこなの。
 たもっちゃん忘れてんじゃねーかなとぼやきながらにアイテムボックスの料理で勝手に簡単な朝食として、うちの男子たち二人が担いで送ったアルットゥの家まで様子を見に行くことにする。
 すると朝霧にかすむ砂漠の果ての、巨石の家のその前の砂地でたき火を囲む男三人の姿があった。
 それはアルットゥの家の前であり、火を起こし三本の棒で支えた台に鍋を吊るしてなんらかのスープを作っているのはメガネ。メガネと一緒にぼーっと火の前に座るのは、テオやアルットゥである。
「どうした」
 こんな所でなにやってんだと思わず声を上げた私に、たもっちゃんが頭を上げた。
「あ、リコ。ごめんね。昨日外泊しちゃった」
「いや、それは心底どうでもいいんだけどね」
 それよりも、どことなくぐったりとした三人が朝からなにをしているのかと思えば、そもそも昨日の夜の時点で酔っ払いは家に上げぬとしめ出しを食らっていたらしい。
 そらそうなるわとめちゃくちゃ笑った。

つづく