神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 51

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王都脱出編

51 選民の街

 この世界では、防壁で守られた街の中へ入るには身分証といくらかのお金が必要になる。
 ただし、そもそも防壁がないような町や村ではこの料金は発生しない。料金ではなく、税と呼ぶのかも知れないが。
 遊園地でもあるまいし、私としてはこのシステムにいまだに納得はしていない。でもなんか、どこでもそう言うものらしい。
 危険な魔獣がうろつく世界だ。実際遭遇したことはないが、ヒャッハーとばかりに蛮行を働く盗賊なんかもいると聞く。
 街に暮らす人々や旅人に取って、防壁の中で夜をすごすと言うことは安全面でかなり重要なことなのだそうだ。
 そのことを踏まえて、報告があります。
 我々、街に入れてもらえませんでした。
「えぇー……マジで?」
「なんなの? 拒否とかあんの? お金払えば入れてもらえるって、実はすごい親切だったの?」
 私、まだ納得できてないけども。
 街を囲む防壁の前でおどろきながらにぶーぶー言うと、警備の兵が鼻で笑った。
「貴族かと思えば、ただの冒険者ではないか。それも、Dランク? 大層な馬車に乗りおって。分を弁えろ」
 そんなことを言い捨てて、確認に預けた我々のギルド証を小さな窓から投げ捨てる。
 なんかこいつ態度わりいなと思っていると、横柄な兵はそのままのぞき窓を乱暴に閉じた。話は終わりと言うことらしい。
 くそー。Dランクをバカにしやがって。ふざけんなよ。こっちはなんでDランクになったのか、よく解ってないんだぞ。草しかむしってこなかったのに。
 ある日なぜか自動的にランク上がってた人間の気持ちが解んのかよ! 一言で言うぞ! ありがたい。
 兵が顔をのぞかせていたのは、四角く切った小さなのぞき窓だった。のぞき窓があるのは大人が一人、体を屈めてやっと通れるくらいの木戸だ。その木戸は、馬車も通れる大きな門の重たげな扉の端に付いている。
 街につながる大きな門扉は、ぴたりと閉じて開きさえもしなかった。
 これが門前払いと言うやつかー。
 通常なら、街の防壁にもうけられた門は日のある内は開かれている。逆に言うと、日暮れのあとは余程のことがない限り絶対に開くことはない。
 しかし目の前の大きな門が閉じられているのは、時間的なことではないだろう。確かにもう夕方ではあるが、完全に日が落ちるにはまだ少し早い。
 兵の態度から察するに、この街はどうやら旅人の身分によって受け入れるかどうかを判断しているようだった。
「出たよ、貴族主義」
「いや、リコ。平民の富豪も入れるみたいだ。選民、選民」
「人の子ごときが選別を? 思い上がりも甚だしい」
 好き勝手に文句を言いながら、我々はおとなしく門の前を離れた。閉じた扉にすがり付くにも、精神力っていると思うの。
 最後にチラッと人の愚かしさを小バカにしたレイニーは、顔面を隠す格好で頭に布を巻いている。
 もしかすると、布で隠していなければレイニーだけは町にも入れたかも知れない。
 ほぼ確実にロクでもないことになり、荒ぶる天使の魔法によって街が壊滅しそうな気もするが。
 我々は学んだのだ。正確には、思い出した。
 ハーレム勇者から遠ざけながらに、こいつ、顔だけはいいのだと。
「申し訳ありません……」
 馬車の前で我々を出迎え、しおしおと頭を下げたのはノラだった。
「ボクが、道を変えようと言ったから……」
「いや、それは正解じゃない?」
「そうね、そうよね。たもっちゃん」
 完全にまきたかったよね。リア充の追跡を。
 王都から大森林に向かう途中で、我々は少しルートを変えた。ノラの提案で。
 いや、一応ね。
 一応、出発前に確認はした。
 我々からするとあのリア充ハーレムにまざるのはキツいが、もしかすると陰キャの殻を打ち破りたい年頃と言うものもあるのかも知れない。
 そんな可能性を考えて、ほんと一応。ノラに勇者の仲間になりたいかとたずねたら、なんか普通に嫌そうだった。
 そして彼女が大森林への最短ルートから外れ、別の道を行こうなどと言い出したのはそのあとのことだ。やはりこの内気な御者も、我々の派閥だったのである。安心した。
 この辺りはまだ王都に近く、人が多い土地らしい。だから、少々ルートを外れても割と大きめの街がある。我々がたどり着いた選民の街も、その一つと言うことだ。
 しかし、この街はあまりにちょっと特殊な気がする。我々は立ち入りを拒否されたので、街の外を見た感じだが。
 ぐるりと街を囲む防壁は、人や財産を守るためのものだった。そりゃ防壁どころか柵もない村だってあるし、どこの街でもさすがに畑は壁の外側に作られる。
 でも、この街は壁の外にも人家があった。
 多分、家なのだと思う。
 グズグズに傷んだ薄板でできた、どこを見ても傾いた大量のボロ小屋は。
 どの屋根も高さは私の背よりも低く、間口も奥行きもおどろくほどせまい。粗末で小さな掘っ立て小屋は、街へと続く道なりにびっしりとひしめき合っていた。
 道を囲んでボロ小屋があるのか、ボロ小屋の中に道があるのか。どちらにしても空気はすさみ、控えめに言ってもスラムっぽい。
「あの感じだと、身分か金がないと中に住めないのかもなぁ」
「世紀末かねえ」
「全く、人と言うものは」
「あの、あの、本当に……こんな街だとは……申し訳ありません……」
 赤く焼けた夕暮れの中、街を背にして歩きながらに我々はのんびりしたものである。
 ただ、ノラだけがしきりに謝っていた。まさか街に入れないとは思わなかったようだ。馬車につないだドラゴンを引きながら、しょんぼりと肩を落としてとぼとぼ歩く。
 でも、そんなに気にすることはない。
 確かに、街に入れないとなるとこれから野宿ポイントを探さなくてはならない。でも、それだけだ。
 うちにはレイニー先生がいる。
 あの人、と言うか天使。野宿の時には障壁張ったまま寝たりする。最近では空調魔法も極めたらしい。
 アイテムボックスにはなめした革や、毛皮や、敷き物になるような大きめの布もある。だからまあ、野外でも我々は普通に寝れる。普通と言うか、快適に。
「別に謝る事ないよ」
「寝れればどこでもいいじゃんね」
 ヘーキヘーキと言いながら、歩いている時だった。ふと、たもっちゃんが動きを止めた。
 顔を上げ、黒ぶちメガネのレンズの下で両目を細める。星でも探しているように、まだ赤く明るい空に視線をさまよわせて数秒。
「あっちか!」
 カッと目を見開いて叫び、猛然とダッシュで走り去る。どこへ行ったのかは解らない。鬼気迫る勢いで駆けて行く背中を、私はぼう然と見送った。
「ええー……なんなのあいつ」
「あ、あの……どうされて……あの」
 不審すぎるメガネの奇行に、ノラがおろおろと取り乱す。その横で、レイニーが頬に手を当て首をかしげた。
「まぁ。一体どうしたのでしょう。……エルフでも見付けたのかしら」
 最後の部分は、ぼそりと呟く声だった。
 ごめんな、たもっちゃん。レイニーも適当に言ってるだろうが、私にはとてもかばえなかった。なくはねえなと思ってしまい。
 とりあえず、特に急ぐこともなく。道なりにそのまま歩いて行くと、スラムの外れで再びうちのメガネと合流できた。
 発見した時、奴はたき火のそばにいた。
 地面にしゃがみ込んだ格好で、こちらに気付くとぶんぶんと手を振る。
「リコ! こっち!」
 そこにはなにやら、もさもさとした集団がいた。集団と言っても、大小の人影が十やそこらだ。粗末で若干薄汚れた服装なのは、きっと旅の途中だからだろう。
「おい、増えたぞ……」
「まだいんのか……」
「こえェよ。なんなんだよ。オレらのメシにこんな食い付く人族いねぇぞ……」
 彼らは、どうやら戸惑っていた。
 たき火を囲み、小さな声でひそひそするのは様々な姿の獣族たちだ。
 気持ちは解る。自分で背負えるだけの荷物を持って、歩き通しで疲れた体を休めていたのに違いない。これからやっと夕食と言うところを、訳の解らない変態メガネにジャマされたのだ。ほんとかわいそう。
 しかし、たもっちゃんはそんなことは気にしなかった。顔をぴかぴか輝かせ、たき火にかけたそう大きくない鍋を指さす。
「リコ! 見て! これ! お米!」
「落ち着け」
 思わずそう言ってから、えっ、となった。
 いやいやまさかと鍋の中を覗き込んだが、夕暮れとたき火の色でよく解らない。しかし、ただよってくる独特の香りに覚えがあった。
 マジか。マジだ。お米じゃん。マジか。

つづく