神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 280

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


洋館の密室謎解き旅情名探偵編

280 謎解き

 ローバスト伯爵夫妻とアレクサンドルが会食に招かれたのは昼。護衛の騎士はほとんどが外の警備に出され、同行したのは事務長やヴェルナーのほかには四人ほど。
 最初にリビングに通された一行は、ここで箱に入った宝石についてナマズ夫人からべらべらと自慢を聞かされることになる。
 この時、ローバスト伯爵夫人、フロレンティーネ・フォン・シュトラウスは宝石の鑑定をしていた。
 かの貴婦人の鑑定スキルはブルーメ国内でも指折りで、そのことを知っていたナマズ夫人がぜひにと強くせがんだからだ。
 ちなみにこの自慢も鑑定も、宝石は透明なおおいの付いた箱に入れたまま行われたと言う。
 宝石が収められていた箱は、魔道具である。
 木製のぶ厚い土台に魔法術式が組み込まれ、開けることができるのは魔法的ななにかで登録された持ち主のみとのことだ。
 持ち主以外が箱に触れると非常ベルのような機能が作動して、魔道具であるために魔力が充填されている間はアイテムボックスでも盗難は不可能と言う代物である。
 これは生き物と同様に魔力が巡った状態の魔道具は収納することができないと言う、アイテムボックスの特性を利用したものだ。
 また、アイテムボックスは使用者と対象の間に薄い紙一枚、透明なガラス板があるだけで、やはり収納することはできないそうだ。
 だから保護ケースの中に入った貴重品だけを、アイテムボックスに収納し盗むと言う手法も不可能となる。
 アイテムボックスの特性について間に障害物があるとダメってことを初めて知って、「へー」と感心していたら、常識人であるテオが「何で知らないんだ」といつもの感じで引いていた。知らないものはしょうがないと思うの。
 とにかく、普通に盗まれることとアイテムボックスを使用した盗難を防止するために、貴重なものはこうして魔道具の保護ケースに収めておくものらしい。
 ただし対象物に物理で干渉するアイテムボックスと違い、見るだけである鑑定スキルは視界さえクリアなら問題なく使えるようだ。
 そうして会食前にローバストの奥方様が行った鑑定の結果は、間違いなくナマズ一族に伝わる由緒正しい宝石で、とても貴重な逸品であると保証できるものだった。
 内心でニセモノとか出たらどうしようとドキドキしていたローバストの伯爵夫妻はほっとして、素晴らしい宝石ですねと余分にほめつつ屋敷の主に案内されて食堂へと向かった。
 その場にはこちらの招待客であるアレクサンドルもいたはずではあるが、武骨を前面に押し出してコメントを避けつつ空気に徹していたとのことだ。事務長や騎士たちは付き添いなので、そもそも会話には参加しないものらしい。
 彼らがリビングへ戻ってきたのは、それからしばらく経った食事のあとだ。
 この時、宝石はまだあった。
 これはナマズ夫妻もローバストの客たちもはっきりと証言している。
 なぜ全員が断言できるかと言うと、まだ話し足りないナマズ夫人が所有する宝石について自慢を再開しようとしたからだ。
 それはさすがに夫によってものすごくやんわり阻止されたそうだが、保護ケースに鎮座した宝石の姿は夫人の残念そうな様子と共に全員が強く印象に残した。
 たもっちゃんはそこまでを当事者たちから聞き出すと、ここぞとばかりに顔をキリッとさせて言う。
「しかし、それこそがトリックだったのです。実際は最初に全員がこのリビングをあとにして、食事を終えて戻ってくるまでに宝石は姿を消していたはず」
「たもっちゃん、その名探偵まだ続くの?」
「これからいいところだから。まだだから。リコ、ちょっと黙ってて。ひまならちょっとあっちで遊んでなさい」
 ねー、もうやめない? と口をはさんだ私に対し、名探偵ごっこが楽しくなってきているメガネはさもこちらが空気を読めないみたいな感じでそこだけ声をひそめてたしなめた。
 私は親の立ち話に退屈した子供か。
 いや、話が長くなってきて飽きているのは確かだが。
 でもさあ、なぜなの? なぜ、もうガン見で全部知ってることを当事者たちに改めて聞くの? 様式美なの? 聞いてないのに知ってたら不自然だからそうするの? それはそうかも知れないね。
 たもっちゃんの看破スキルはあんまり人に言ってなかった気がするし、打ち明ける機会があったとしても少なくともここではないだろう。
 だとしたらガン見のスキルを洞察力とごまかして統合性を取るために、このただの趣味としか思えない名探偵ぽいやり取りも必要なプロセスと思えなくもない。
 そう一応の理屈を付けると、謎解きのジャマをした私がマジで悪いのかも知れん。
 ごめんな、話の腰折って。
 なんとなく引きさがったほうがいいような結論が自分の中で出てしまい、私は釈然としない気持ちを残しながらも部屋の端へと移動して壁紙や家具と同化した。
 ガン見なんだけどなあ。別に推理じゃないんだけどなあ。なんであんな堂々と名探偵みたいな顔ができるのか、解らないよ私は。
 壁際に置いてあるソファになんとなくしょんぼりして座り、私はおもむろにアイテムボックスからおやつを取り出した。
 空気を読めない自分に対してなぜだか心を痛めているので、王都で買った高級焼き菓子でも食べないとやってらんないと思うんだ。
 普段とは違う高級菓子の気配を察知してレイニーがすかさず隣に陣取り、レイニーの親切心によりじゅげむとじゅげむを抱っこするテオが逆隣りに配された。
 甘党の天使と、格の違いを見せ付けてくる高級焼き菓子に魂が消し飛びそうになっている子供。甘いものが苦手で子供の座椅子と化しているテオに、相変わらず守護霊のように子供連れのテオの背景になっている金ちゃんをまじえ、私たちは取って置きのお菓子を味わった。おいしい。
 ふと事務長や一部の騎士のもの言いたげな視線を感じたが、食べるか聞くとそうじゃないと返事があった。
 じゃあなんなのかなと思ったら、この状況でよく食べれるものだとあきれていたそうだ。
 なるほどね。でも仕方ない。名探偵の披露する推理が全然推理じゃないと知ってるし、私は傷心なのである。
 口の中がおいしくてなんで悲しい気持ちになっていたのかもはやうまく思い出せないが、とりあえず高級店のお菓子は最高だった。
 こうして戦力外の我々が甘いものに癒しを求めている間にも、名探偵は謎を解く。
 なんかもうすでに飽きたので内容をざっとまとめると、宝石が消えたのは会食中。実行犯はナマズ夫妻の使用人。使用人はこのために用意された魔道具、それも宝石を収めた保護ケースそっくりに作ったものを本物の保護ケースとすり替えた。
 この魔道具には幻術の魔法術式が組み込まれており、会食から戻った一同がまだそこに宝石があると誤認したのはこのせいである。
 時間が経つと宝石を見せていた幻術が解け、怪盗感のあるメモが現れる仕掛けだ。
 つまり宝石が消えたと思われた時にはすでに宝石はそこにはなくて、魔道具が見せていた幻が消えたのにすぎない。
 しかしここで問題になるのが、持ち主以外が箱に触れると非常ベルが作動するはずの、本物の保護ケースが使用人により偽物へとすり替えられた事実だ。
 まあその辺は単純に、この事件そのものが宝石の所有者であるナマズ夫妻が計画したことなので。実行犯をあらかじめ、魔道具に登録しておけばいいだけだ。
 盗まれた品も自前なら、盗んだ犯人も自前。なんと言う自給自足。これは自給自足とは言わない気もする。
 そもそも、夫妻がこの犯行計画を思い付いたのは、ローバスト伯が妻を連れこの地を通ると知ったからだそうだ。
 奥方様のスキルで鑑定し、その直後に事件が起これば間違いなく本物の宝石が盗まれたことになると考えたらしい。
 ナマズ夫妻はこのための魔道具を急いで作らせ、大枚はたいて製作者に口止め。準備万端整えて別荘屋敷に滞在し、復路にもこの地を通るはずのローバスト一行を待った。
 そしてそのまあまあ雑な計画の全てを、無残にも名探偵メガネに看破されることになる。
「どうです! 当たってるでしょう!」
 しつこいようだが、推理ではない。ガン見でドヤ顔しているだけだ。
 無意味に自信満々のメガネにふくよかな体をぶるぶるさせて夫人は反論していたが、やがて観念することになる。
「だって! だって! 娘の結納金が用意できなくて! ローバスト伯に罪を着せようとした訳ではないわ! 宝石は間違いなく盗まれたと証言してくれたらよかっただけよ!」
 宝石には価値がある。けれども先祖伝来の逸品だけに、手放せば貴族として恥だ。それで盗まれたことにして、こっそり売り払ってしまおうとした。
 ちなみに宝石を持ち去った使用人は、夫妻の娘の結婚を心配しすぎる乳母とのことだ。
 最後は夫人がわっと泣き伏して、なぜか自発的に動機まで暴露してくれた。隣で申し訳なさそうに妻の背中をさすってあげてる夫も含め、絶妙に犯人役の素質を感じる。

つづく