神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 383

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ラーメンの国、思った感じと違う編

383 からしとしょう油と

 ギョーザにはからしじょう油がてきめんに合う。
 これは、この異世界においても変わることのない真理だ。異論は認める。貴様さてはラー油派か。
 ただしトルニ皇国にも唐辛子はないそうで、したがってラー油も存在しない。
 いや、さっきラーメンに載っとった細長いひょろひょろの赤い薬味はなんらかのオシャレ唐辛子と違うんか? と、ふと思い出したが違ったらしい。
 彩りにちょうどいい全然別種の薬味だそうだ。そう言えば、唐辛子にしては辛くなかったように思わなくもない。
 少し話は脱線するが、ではこの異世界のどこになら唐辛子があるかと言うと、魔族大陸である。
 たもっちゃんが「えっ、嘘。唐辛子ないの?」とびっくりした勢いでガン見したから多分確かだ。
「魔族大陸は南米だったのだ」
 私がそんなことを言いながら、あれでしょ? どうせ普通の唐辛子じゃなくて、ハバネロとかジョロキアとか言うんでしょ? 僕はね、そんなに辛いの得意じゃないからなくていいぞ全然それは。とひそひそすると、互いの肩がぶつかるくらいに密着気味のメガネが隣で悩ましそうに眉毛をぐねぐねとゆがめる。
「唐辛子のためだけに魔族大陸はちょっと行けないかな……何か、おっかないし……。俺にはほら、ダンジョンで出した鷹の爪もある訳ですし……。でも、どっかで苗とかタネとか手に入れてピラミッドで育ててもらうとか夢があっていいよね」
 たもっちゃんは深追いはしないみたいな空気を出しながら、しかし全然あきらめてなさそうなことをぼそぼそと言った。
 おいやめろ。魔族大陸はシャレにならんって、我々はよく知っているじゃないか。ツィリルとかの話で。
 私は絶対行かねえからなと強めに念を押してると、そんなメガネと私の後ろから何者かが背中をばしばしと叩く。
 振り返ると、そこにいたのはダンジョン産のからしとしょう油とついでにラー油の入れ物を持った料理人たちである。
 白い前掛けを付けたおっさんたちがからしじょう油に陥落し、待ってましたとメガネと私がギョーザに合う調味料をこれでもかとプレゼン。
 店に勝手に持ち込んだ調味料を使用した罪をうやむやにするべくがんばった結果、料理屋の厨房で料理人のおっさんたちによるギョーザの試食会が始まっていた。
 まだ午前中、それも比較的早めの時間帯であり、お店の中にほかのお客がいなかったのも運がよかったと言える。
 おっさんたちは料理の注文にジャマされることなく味の探索に没頭し、順調に我々の罪を忘れてくれた。未知の味を前にして、どうでもいいとかなぐり捨てたと言うべきかも知れない。
 そして、「まあうちの料理はこんな変わった調味料がなくても最高であることに変わりはないのだが、それはそれとしてこの調味料はどこで手に入る?」みたいなことをメガネと私をずいずい囲み問い詰めるにいたる。
 つまり、今だ。
「これ、この口の中が熱くなるやつ。これ何だ?」
 カプサイシンと初めて出会った人類は、こう言うリアクションだったのかも知れない。
 そんなことを思わせる表現で、ダンジョン産のラー油を指さす料理人の横からまた別の料理人が異論を唱える。
「いや、熱いのか? 痛くないか? オレはこっちの鼻につんとくるほうがいい」
「そんな事はどうでもいいだろう」
 すでに派閥の生まれたらしいからし党の料理人を抑え、どことなくほかのおっさんよりも貫禄のある恰幅のいい男性がずいっとメガネに顔を近付ける。
「やはり、原料も大陸産だろう? トルニ皇国で手に入れるのは難しいだろうか?」
 どうやらこの人が料理長であり、店のオーナーのようだった。
 なんとなく調味料への執着と言うか、圧がすごくて若干こっちが押されてしまう。
 しかし我々の出した調味料が大陸の、それもトルニ皇国に面した海から離れた位置にあるブルーメの国。そしてその国が管理する大森林の出入り口から、エルフによってのみ搬出される大森林の奥にあるダンジョンの産出品だと知ると、料理人のおっさんたちは一回逆に落ち着いた。
 多分だが、たもっちゃんが「えっとねえっとね」と一生懸命早口に説明した文章の中に情報が多すぎたのだと思う。
 しかし、しょう油もからしもラー油やタカの爪だって、とにかく大陸、それも向こうのほうにあるブルーメと言う国に行かなければ手に入らないと言うことはしっかり伝わったようだった。
「よし、誰が行く?」
 と、料理人の男らは、どこからともなく年季の入ったサイコロを出し、その辺のどんぶりにちんちろりんと放り込んで勝負を始めた。
 流れるような賭博への動線。
 賭けているのはブルーメへの遠征権であり、サイコロ勝負で勝ち残った料理人は我々と一緒に大陸へ渡る。
「えっ、付いてくんの?」
「なにバカなことやってんだい!」
 ブルーメでしか手に入らない調味料の味を教えた我々にも責任はあるのかも知れないが、付いてくるなら一応相談してくれてもいいんだぜと思ったタイミングのことである。
 厨房の奥にある、店とは逆側の出入り口からご婦人が現れて瞬時におっさんたちを叱り飛ばした。
 少しぽっちゃりとしたその人が料理屋のオーナーの奥さんだそうで、おっさんたちの盛り上がる姿にこれはアカンと察した女中が呼びに行ってくれていたらしい。
 奥さんが出てくると同時におっさんたちはびくりと顔と体を反射的に縮め、サイコロを放り投げ、素早くどんぶりを洗い場へ運び、あっ! 全然注文入ってないけど下ごしらえしなきゃ! とわざとらしく言って、ムダに忙しく働き始めた。
 よく解らんが、とにかく奥さんが頼もしい。
 料理人に恐れられるご婦人は我々が持ち込んだ調味料について知ると、まかない料理に合わせるタレに人なんか出せる訳ないだろとバッサリ切り捨てた。裏メニューとなっているギョーザは、本来彼らのまかないらしい。
 けれどもこのご婦人も、料理人が欲しがる調味料に興味がない訳ではないようだ。
 手持ちに余裕があるのならいくらか譲って欲しいと言って、代価は店の料理がタダになるサービス券で支払われることになる。
 この妥当な決着にオーナー夫婦の奥方とラーメン券を手に入れた私はニッコリだったが、料理人である夫のほうとなぜかメガネはめそめそと嘆いた。
「だってよう……だってよう、お前。新しい調味料があったら、新しい料理だってできるかも知れないじゃねえか」
「解るぅ。知らない食材とか調味料とか、とりあえず試したい。解るぅ」
 そのこだわりの一環として、自分の足で現地に向かい新鮮な食品を吟味するのは料理人のロマンだそうだ。ロマンってなんだ。
 訳が解らずめそめそしてる男らを放置していたら、なんだか仲よくなっていた。
 理解されない料理人の会である。
 たもっちゃんとオーナーは意気統合してきゃっきゃとはしゃぎ、明日の朝早く市場へ食材を買い付けに行く約束までしてた。
 帝都に着いて二日目のこの日は、街を見て回ったり、気になったラーメン屋にふらっと入ったり、乾物屋っぽい店先で黒い紙のようなシート状に加工された食材を発見しメガネと私だけ震えたり、ラーメン屋に入ったり、その内に街を警邏する兵士がレイニーを見付けてそわそわぞろぞろと付いてきてめちゃくちゃジャマだったりと色々あった。
 蛍光色の刑罰服で両手の自由が奪われて自力ではなに一つどうにもできないガイドらが多分なにかをガマンしすぎて絶えず小刻みに振動し始めたこともあり、我々は昨日連行されたお役所的な建物に駆け込むことになる。
 袖や襟元をがっちり縫い合わされた刑罰服も、その刑罰を執行しているお役所で切羽詰まってんだと泣きながら頼むと一時的になんとかしてもらえるらしい。
 ただしトイレから出てきたあとで二千字程度にまとめられた法律についての文章を書き取り、その間ずっと役人の指導役みたいなご老人からお説教を受けることになると言う。
 自由を奪い悪目立ちする刑罰服はこれらを含めての懲罰であると、教えてくれたのは昨日も会ったリクハルドと言う男性官吏だ。
 ガイドが席を外している間、レイニーの顔面に引きよせられた兵たちを解散させてもらうにはどこに言えばいいのかと魔法が無効になる役所の中をふらふらとさまよい、逆に付いてくる人数を増やすと言う失敗を起こしつつ迷い出た中庭で、やはり昨日お世話になったこのお役所の厨房に勤めるご婦人と再会。
 いや今困ってんすよと話していたら、どこから見てたのか知らないが男性官吏が建物の中からスタタタと出てきた。
 官吏はぶーぶー言ってる兵たちをいいから散れと解散させて、そのことに我々と一緒になってご婦人が礼を言ってくれると「んんっ」と変な声を出してやられた。
 まあだたのラブコメなのだが、なんと言うかそう言うのも含めてのんびりしてて、思った感じと違うんだよな。トルニ皇国。

つづく