神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 149

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春のお仕事編

149 ペテン

 上司さんが我々に接触する時に、大体その姿で現れる光の玉はとてもまぶしい。
 その夜も、我々はまぶたの上から容赦なく刺すやたらと強い光で目が覚めた。
 用意した覚えがないから当たり前だが、孤児院にはまだベッドがなかった。ユーディット辺りは自前の寝具を持ち込んでそうだが、子供の部屋には毛皮や毛布を防寒具として放り込んであるだけだ。
 だから孤児院の一室で、そろそろベッド買うかとか言いつつ我々も床で雑魚寝していた。
 それを見下ろし、うやうやしげに、えらそうに。
 天界からの光の玉を背負うような格好で、逆光の中に立ち上がったレイニーは床に転がる我々にのたまう。
「天使でありながら地上の生物に影響を及ぼした罪。そしてそれを促した罪。償いの機会を得た事を、心より感謝するように」
「ええー……」
 さすがになにそれとは思ったが、なにぶん我々も寝ぼけていた。こうも上のほうから言われると、そう言うもんかなと思ってしまう雰囲気はある。
 そんな中、たもっちゃんは割とがんばったほうだと思う。寝ぼけながらに問うたのだ。
「それで、謝礼とかは」
「罰ですよ。謝礼など」
 上司さんはどうやら、玉のままでは話せないようだ。ぴかぴかと微妙に輝きは変化してたが、言葉は全てレイニーが妙にキリッと通訳していた。
 そのために、レイニーは自分を中心として下される罰を自分の口で言い渡す格好になっている。聞いてるこっちも釈然としないが、言ってる本人が一番釈然としてないだろう。
 たもっちゃんはそんな複雑な立場のレイニーを介し、上司さんに食い下がってぶうぶうとごねた。
「やだやだ。何かくんないとやだ。影響っつったって、レイニーが直接生き物殺した訳じゃないじゃん。天使の規定に抵触してるかどうかも微妙じゃん。それで罰って言われてもさぁ。しかも俺、いい加減エルフの里に行きたいんですよね。なんだかんだでお預け食らってもう限界なの。行きたいの。エルフの里でエルフ率の高い空気を吸いたいの。その時間をさぁ、わざわざ割いてただ働きしろって言われてもさぁ」
 やる気でなーい。
 納得行かなーい。
 誠意が見たーい。
 みたいなことをつらつら並べ、ごねるメガネはうざかった。寝ぼけていると、めんどくささが三割増しになるらしい。
 たもっちゃんが両手をぱっちんぱっちん打ち鳴らし、スーキール! スーキール! とめちゃくちゃうっとうしく迫った結果、新しいスキルは付与できないが別のことならと上司さんが折れた。
 これはあれだな。最初にめちゃくちゃ高いものを言っといて、次に最初よりは安いものに譲歩すると見せ掛けてそこそこ値段のする商品を買わせる時のペテン師の手口だ。
 こうして上司さんから託された使命は、内容としては試練と言うよりお使いに近い。
 レイニーの予測をまじえたぼやきによると、恐らく天界に取って不都合な、なんらかの不測の事態が起きつつあるのだろうとのことだった。
 それをどうにか修正したいが、天使が直接手を出してしまうのは具合が悪い。
「なんで?」
 直接どうにかしたほうが、話が早いし確実だ。しかし、レイニーは私の疑問に首を振る。
「神の手は、人の世には大き過ぎると言われています。そのしもべであるわたくしども天使とて、神様程とは申しませんが、深く影響を落とします」
 人が小さなアリの巣を壊さず掘り起こせないように、神の力は人の世界の思わぬ場所までゆがめ壊してしまいかねない。
 だから天界も滅多なことでは手を出さないし、また、出せないと言うことだ。
 しかし今は、我々がいる。
 たもっちゃんや私は神によりこの世界に落とされた存在ではあるが、恩寵スキルと異世界出身特有の非常識さ以外はただただ普通の人間だ。
 ちなみにまじりっけのない天使であるレイニーは、周囲に影響を与えすぎないように本来の力を封じられ地上に落とされているらしい。一体なんの主人公だ貴様は。
 つまりすでに地上にいる我々を使えば、天界による人の世界への干渉も大きな影響を出さずに行えるのではないか。そんな判断があったのだろうとのことだ。
 ここへきて堕天系主人公みたいな設定が出てきたうちの天使は、我々をいいように利用せんとする身勝手な天界のありようを責めた。
「天界は都合よく言う事を聞かせるために、わたくしの行動に難癖を付けているのに決まっています。何と嫌らしい! まるで重箱の隅を突く姑のよう!」
「重箱の」
「なんでそんなピンポイントな慣用句を」
 妙なところでメガネと私をざわつかせ、レイニーがぷりぷりと上司の悪口を言ったのは光る玉が部屋から消えたあとだった。
 たもっちゃんとレイニーと私は結構わいわい騒いでいたが、同じ部屋で雑魚寝していたテオや金ちゃんは目覚めなかった。
 上司さんの光の玉は選んだ相手にしか見えないか、よく眠らせる作用でもあるのかも知れない。
 なので、これからちょっと用事ができたと言うことは翌朝の食卓で伝えた。金ちゃんは聞いてるか伝わってるかよく解らなかったが、テオは意外そうだった。
 たもっちゃんが作ったミソスープをすすり、イケメンは理知的な灰色の瞳をすがめて眉を片方だけ上げる。
「タモツは、この依頼を終えたら大森林へ行くのかと思っていた」
「奇遇だね。俺もそう思ってた」
 大森林には、エルフの里が待っているので。
 たもっちゃんは深刻そうにうなずくが、エルフは別にこの変態を待っている訳ではないはずだ。ただそこで暮らしているだけで。
 しかし多分メガネの中では、光にあふれ花が舞い散るエルフの里できらきらと美しいエルフらがきゃっきゃうふふとたわむれながら早くおいでよとばかりに手を振っている光景でも広がっているのに違いない。私、知ってる。そう言うの、妄想って言うんだ。

 レイニーの上司さんから受けた指令をこなすため、我々はクレブリの街をあとにした。
 ただ少しその前に、孤児院の院長であるユーディットを連れて冒険者ギルドへと行った。この貴婦人を冒険者として登録し、ギルド証を作るためである。
「これで、ギルドに預けてある俺らのお金引き出せるから。孤児院で何かあった時とか、お金ないと困るだろうし。持っといて」
 急ぎじゃないなら、ギルドに伝言を預けることもできる。孤児院用に通信魔道具も作ってあるから、利用しないかも知れないが。
 冒険者になるとノルマもあるが、うちのパーティメンバーとして登録すれば我々が普通に仕事をしている限りは特に気にする必要もない。たまに忘れることがあるだけで。
 ギルドの窓口を離れつつ、いまさらでごめんと謝りながらそんな説明をしているとユーディットはめちゃくちゃ厳しい顔付きで自分のギルド証を見る。にらみ付けると言うべきだろうか。
「えぇー……何で? 何が不満なの?」
「そんなに冒険者登録が嫌だったの?」
「その様な事ではありません」
 なにが気に障ったのかと、無意識にじりじり体を下げるメガネと私にユーディットはやはり厳しい声で言う。
「そなた達に呆れているのです。このギルド証があれば、わたくしはそなた達の財産を奪ってどこへなりとて逃げられるのですよ」
「奥様はそのような卑しい真似はなさいません……!」
「良いのです、モニカ」
 同行していたユーディットの侍女がすがるように否定してかばうが、それをやんわりとしりぞけるのは本人だ。
「魔が差すと言う事は、誰しもある事。貧しければ尚更。――信じるなとは申しませんが、惑わせるのはお止めなさいな」
 ふう、と深く息を吐きさとすような貴婦人に、たもっちゃんと私はおののいた。
「えっ、貧しいの? えっ、給料……えっ」
「足りないのかな……お給料……」
 孤児院の給与がどれくらいの額なのか、我々にはよく解らなかった。そこでクレブリの冒険者ギルドに立ちよった時、職員たちをガン見してそれっぽい値段を決めていた。
 特にユーディットは現場の責任者になるので、ギルド長と同じ額にしているとメガネからは聞いている。それで安心していたが、ユーディット、貴婦人だから。足りないのかも知れない。ギルド長への流れ弾がひどい。
 今の額が不満なのかとあせってそわそわしていたら、「その様な事ではありません」と貴婦人はさっきと同じセリフで否定した。じっくり重い、お説教のテンションだった。
 一職員が扱う額には制限を設けるべきとの主張を受けて、冒険者ギルドの窓口に戻って相談すると普通に限度額が設定できた。聞けば、お金に関してはどんなパーティも割とモメるとのことだ。こわい。
 大きな額が必要な時にはその都度話し合うことにして、ユーディットが引き出せるのは週に金貨五枚までと決まった。

つづく