神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 114

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


エルフと歳暮と孤児たちと編

114 カニを布教

「つまり、エルフを買ったのは先代だと?」
 王都からこのクレブリの街へ、一緒にやってきた騎士が言う。まるで口調は尋問のようだが、実際尋問なのかも知れない。
 ただ、彼は深皿とフォークを両手に持って、ぐつぐつ煮える鍋のかたわらにいた。
 そして尋問を受けているはずの青年も、食器を手にして鍋を囲む輪の中にいた。
 本日の夕食は、海辺で作る浜鍋である。
「わたしが物心付いた頃には、すでに彼女は城にいました。最初は、天使がいるのかと」
 揺らめくたき火に照らされて、ぽつぽつと。青年は、日の暮れた海や鍋の音を聞きながら語る。
 我々といる時の生活態度に後ろめたさがあるらしい。天使と言う単語が出てくるとレイニーが「えっ、同僚?」みたいな顔でギクリとしたが、あれは恋する男のただの比喩なので落ち着いて欲しい。
 今は彼が城主だそうだが、そうなる前は父親が同じ役目に就いていた。青年が囚われたエルフの存在を知ったのは、ずっと以前の、まだ父親が城を支配していた頃だ。
「造作ばかりは豪華な部屋で、不自由に閉じ込められているのがまるで自分の事の様で……いつの間にか惹かれてしまった」
 確かに、エルフたちがさらわれたのは五十年以上前のことだと聞いた気がする。だとしたら、この二十歳そこそこの青年はまだ生まれてもないはずだ。
 ただし、それだけで無罪を証明するのは難しいだろう。さらわれたエルフが転売されて、近年買った可能性もある。
 それに、事実買ったのが父親だとしても。この青年になにも罰がないかと言うと、残念ながらそうはならない。
 父親の支配が終わってもエルフを離さず隠していたし、エルフを害した者への罰は本人だけでなく一族に及ぶ。
 この青年が囚われた本人と恋人になってしまっているからなんかややこしいだけで、エルフの略取と売買はそれほどの罪なのだ。
 そこをまげるのは、まあダメだろうなとは思う。しかし悪事を働いた本人でもない、しかもエルフを恋人としてすごく大事にしてそうな青年に罰があるのも、なんか。
 納得行かねえなー。
 って、思いながらに私はぼっこぼこに沸騰している鍋の中のお湯を見ていた。
 エルフを不正に取り引きした上に長年に渡り幽閉した罪で、青年の一族は城主の役目と領主に仕える臣下の身分を剥奪されるのは確実らしい。
 その処理に当たる文官や一部の兵をクレブリの街の城へと残し、あとのエルフ解放軍は人族を含めてこの海岸に集まっていた。
 そしてそこら中で火を起こし、鍋パーティーに興じるなどしていた。パーティーって言うか、夕食なのだが。
 浜辺に点在するたき火の上で煮えるのは、ほとんどは野営に慣れた兵たちにメガネが雑に指導した海鮮鍋だ。ただし、エルフ軍団のものだけは違う。魚の処理からていねいな、ちょっと豪華な仕様になっていた。差別だ。
 よく見ると、兵の中にはエルフの団体にちらほらまざって豪華な鍋をつつく者もいた。つよい。何度も一緒にエルフの救出に向かう内、仲よくなっていたらしい。
 そんな中、海鮮鍋グループのすぐそばにいながら我々が囲むのはまだなにも入っていないただの熱湯の鍋だった。
 しかしそれを見詰めるメガネと私とレイニーは、やたらと気合に満ちている。
「行くぞ!」
「さあこい!」
 いや、熱いのやだから逃げるけど。
 たもっちゃんの掛け声にこいと言っておきながら、私はレイニーと一緒にさっと鍋のそばを離れた。
 お湯の鍋を囲んでいるのは、今はこの三人だけだ。金ちゃんはまだ大きめの石の上にいて、テオがその鎖を持ちながらなんとなくあきれた感じでこちらを見ている。
 多分、本当に食べる気かとでも思っているのに違いない。ばかめ。調理したカニのポテンシャルに、のちのち存分にひれ伏すがいい。
 たもっちゃんは慎重に、しかし大胆に。洗面器くらいある岩みたいなカニを生きたまま熱湯の中に沈めた。
 暴れるカニ。
 しかしすぐに息絶えるカニ。
 お湯に触れた部分からさっと殻の色が変わって、赤土色からなぜか抹茶色に変わるカニ。
「マジか」
 この色はちょっと予想していなかった。カニって、ゆでると赤くなるんだと思ってた。なぜゆでる前より赤みが消える。
 しぶい色になったカニを見て、若干テンションが落ち着いてしまう。だが、それでもカニはカニ。
 ごつごつの殻をがんがん割って、ぷりぷりにゆで上がった爪の身をガッと思い切り頬張ると、懐かしい我が心の日本海が口いっぱいに広がった。
「うっめえー」
 そして最高にしょう油が欲しい。
 やたらと足の多い異世界のカニを夢の食べ物かと絶賛してると、仲間になりたそうにこちらを見ている生き物がいた。孤児たちだ。
 それはエビやカニを投網からむしる作業を手伝ってくれた、中でも特に小さい二、三歳の幼児だ。いつの間にかほかの子供たちから離れ、手をつないだ幼児が二人、暗くなった浜辺にぽつりと立っていた。
 その子たちは痩せて小汚い格好だったが、目はぴかぴかと好奇心いっぱいに輝いている。あと、強い食欲と。
 孤児たちは漁師を手伝った駄賃に魚を分けてもらっていたが、目の前にあったかい鍋があれば食べたくもなるだろう。それに、カニを布教するチャンスかも知れない。
 おいでおいでと手招いてみると、幼児たちは戸惑いながらもおずおずと、人慣れない野良猫みたいによってきた。浅はかなり。
 手の届く所までやってきた幼児をがっしり捕まえ、レイニーを呼ぶ。
「洗って洗って。食べる前に洗って」
 食事の前に幼児たちの小汚い格好をどうにかさせたかっただけだが、これは私がよくなかったらしい。
 自分たちを洗って食べるつもりだと思い込み、幼児は暴れた。にゃーにゃーと暴れた。風呂場に連れて行かれた子猫のようだ。
 そこへ、あわてて仲間を取り戻しにきたのは年長組の孤児たちだ。幼児をかかえ上げながら、十歳くらいの男の子がわめく。
「離せよ! こいつらは食べさせたりしないからな!」
「私は悪い魔女かなんかなの?」
 ここで誤解に気付いたが、もう遅い。私の周りは仲間のために駆け付けた孤児たちでいっぱいで、多分、浜辺にいた子供はほとんど全員が集まってきていたと思う。
 それを、あらやだ入れ食いとでも言うように。レイニーが強力な洗浄魔法でまとめて洗った。真ん中にいた私ごと。
 なんかこう、あれ。強い敵をどうしても倒したい時に、決死の覚悟ではがいじめにして俺ごと討て! とか言うやつみたい。
 ただ釈然としないのは、もろともに討たれるつもりが私に一切なかったことだ。
 軽めの洗浄ならそうでもないが、レイニーの魔法で徹底的に洗われるとしんどい。グロッキーになるとでも言うか。
 今回も、レイニーの洗浄魔法が終わったあとには圧倒的洗浄力にショックを受けた孤児たちが夜の浜辺に累々とうつろな表情で残されていた。子供ではないが、私も含む。
「ごめんなあ……ごはんの前に、ちょっと綺麗にさせたかっただけなんだよ……」
「言葉には気をつけろよな……」
 海辺に広がる細かい砂利に崩れるように座り込む私に、同じく浜辺に座り込んだ子供がぼう然となりながら力なく答えた。
 同じ魔法に翻弄された者同士、若干なにか通じ合うものが生まれた。ような気が、しなくもないが気のせいかも知れない。
 アイテムボックスから取り出したイスに板を載せるなどして、簡易的なテーブルを作る。ちっちゃい子もいるから、イスの足を砂利にうずめて高さは低めに調節しておいた。
 その簡易テーブルの上には、子供たちの数だけ色んな食器を出してある。とりあえず、人数が多い。大きさや形がばらばらなのはがまんして欲しい。
「くそっ! メシ食わせても、売られたりはしてやらねえからな!」
 我々用に準備していた海鮮鍋をつぎ分けると、そんなことを言いながら子供たちはがっついた。
 なんで売られるとか言うのかなーと思ったら、前に仲間がどっかの大人にごはん食べさせてもらったあとで人さらい的に売り飛ばされたことがあったのだそうだ。
「ええー……孤児ってそんなこと気にして生きないといけないの? ムリゲーじゃない?」
 人生が。
 布教に努めたかったボイルしたカニやエビなどの甲殻類は、やはりにおいが慣れないようだ。お腹を空かせた孤児であっても、あまり手を付けてくれなかった。
 ただ、ごく小さい幼児たちは結構食べた。まだ幼く、常識が固まってないだけにそれほどこだわりがないようだ。いける気がする。
 子供だけで生きることの厳しさや、その受け皿であるはずの神殿の孤児お預かりシステムも管理する神官によって色々とある。みたいな話をカニの足をむさぼるかたわら聞きながら、正直ノリで私は決めた。
「たもっちゃん、私さあ。孤児院作るわ」

つづく