神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 376

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ラーメンの国、思った感じと違う編

376 裏道
(※犯罪行為の描写があります。フィクションです。)

 ふわふわの小さいサルに財布を奪われ、そのあとを追う男子たち。トルニ皇国のガイドを含む。
 そんな彼らをレイニーと私は男の子は元気ねえみたいな感じで見送り掛けたが、じゅげむを肩に乗せた金ちゃんが俺もやるぜみたいな感じでずいずい私を引きずるし女性ガイドも「はぐれますよ!」とまあまあ必死に急かすので、しぶしぶあとを追うことになる。
 どこの都市でもそうなのかも知れないが、街はメインの大通りから離れるごとに雑然とさびれて簡素になって行く。
 六角形の石でできた足元はがたがた乱れ、時には傾き階段のように低地へとくだる。
 道はいつしか曲がりくねったせまい路地に入り込み、ささくれ立った木でできた、屋根にも木の板を張り付けただけの、瓦さえ載ってない掘っ立て小屋がせせこましくひしめいたうらぶれたような場所へ出た。
 正直サルはだいぶん前に見失っているのだが、たもっちゃんが妙に迷いなく「こっちこっち」と先導役を買って出た結果だ。
 私には解る。間違いなくガン見してるだけだなと。やっぱガン見で道案内できるんじゃねえか。
 たもっちゃんと言うか、大体なんでもガン見で解るスキルのお陰でしばらく行くと、一度見失ったサルと財布を再び発見することができた。
 しかし、そこにいたのはサルだけではなかった。
「兄ちゃん、すごいよ! 金貨だ!」
「これでおくすり買えるね!」
 壁が破れて屋根も半分ほど落ちた廃屋らしき建物に、擦り切れ古びた服を着た汚れてぼさぼさの子供たちがいた。
 中心にいるのは十代になったばかりと思われる、頭の上に白いサルをちょこんと乗っけた少年である。
 周りにいるのは彼よりずいぶん小さい子たちのようで、どう見てもメガネの財布らしきものから中身を出して無邪気にきゃいきゃいうれしげに騒ぐ。
 けれどもそんな小屋の端には、へたれたワラを敷いただけの寝床でげほごほしているやたらと小さな人影があった。
 私は察しが悪いほうなので多分でしかないのだが、これ身をよせ合ってどうにか生きてる子供らが重い病気の子のためにやむにやまれず犯罪に手を染めた系のやつじゃないんですかね。
 実際盗みを働いたのはサルだけど。
 て言うか一瞬干物に食い付いてしまったものの、的確に財布を狙った上にちゃんと持ってきて賢いなサルは。
 たどり着いた廃屋の、破れた壁の外で団子になって中を覗いた我々は、気まずい思いでメガネのほうを見る。
 たもっちゃんは全員ぶんの視線を受けて、どこまでも真顔でぼそりと呟く。
「めっちゃ取り戻し難い」
 わかる。

 我々はムダに熟考し、ものすごく微妙な顔のガイドらの困惑しすぎた結果のような黙認のもと、ぼさぼさの子供たちがいるいつ崩れるか解らないような廃屋を急襲。
「どけどけーい! お薬でござる!」
「どけどけーい! 惣菜パンでござる!」
 なんとなくのノリで布を巻いて覆面として、レイニーに無意味な魔法をびかびか光らせてもらいつつ小屋の中へと飛び込んだ。
 常識人らは外の物陰で待っていて、たもっちゃんと私だけが実行犯である。
 こちらがげほごほしている子を起こしエルフの万能薬をぐいぐい行かせている間に、たもっちゃんはなにごとかときゃーきゃーパニック状態の、でもまぶしくて身動きの取れない子供らにふかふかの惣菜パンをにぎらせる。
 ついでにさっきの干物のかじられた辺りを切り取って、小さいサルにもそっと与えるなどしていた。さすがに噛みあとは捨てるしかないので、それなら食べてもらいたいらしい。
 素早くかつ慎重に自分の仕事を終わらせて、最初からないのか朽ちたのか床の見えない室内で、その辺に散らばる硬貨と財布を回収し離脱。
 いくらかの銅貨は拾い切れずに残ったが、それはなんかあったかいもんでも食べなさい。
 びかびかの魔法が続いている間に姿を隠せば、あとにはすっきり病気の治った子供と惣菜パンが残されるばかり。
 あざやかな完全犯罪である。
 急襲された子供たちにしてみれば訳解んないし普通に恐かっただろうなとは思うが、仕方ない。
 いい感じのことがなにも思い付かなかったし、我々も、初対面の子供らに信用してもらえる自信は一切持てなかったので。

「金貨もさー、置いてってもよかったんだけどさ。子供がね、あんま大金持ってるとさー。大人がばちぼこに取り上げちゃうみたいなんだよね」
 クズに渡ってしまうかと思うとなんかそれはやだよねと、たもっちゃんは悩ましげにぎゅっと目を閉じて眉をぐねぐねさせて言う。
 我々はすでに帰途、と言うか大通りに戻るべくせまく細い路地を歩いているところだ。
 どことなく薄暗いのは元々なのか、日が傾いてきているからなのかはよく解らない。しかしそのどちらにしても、路地にだだようスラム感に変わりない。
 なにがスラムっぽいかって言うとな、掘っ立て小屋みたいな建物がつぎはぎみたいに密集し、それなのに妙に人がいないところとか。そして、子供がお金を持ってると大人がばちぼこに取り上げる治安。
 行きはサルと財布に気を取られあんまり気に留めてなかったが、なんかめっちゃ恐いじゃん。
 我々が当面の目的地とするのはメモに書かれた宿屋だが、ガイドたちの話によるとそこは首都の中でも結構いい場所にあるそうだ。
 ほとんど街の端となるこの辺りからだとしばらく歩くことになるらしく、それも含めて一秒でも早くこの裏道を脱出したい。
 そうして表通りを外れた路地をぞろぞろと、張り切ったのに出番のなかった金ちゃんにカレーパンを渡したりしつつ、メガネが「財布は困るけどふわふわの小さいサルを追っ掛けて初めての街を走り回るのはファンタジーっぽくて満更でもなかった」などと、ロクでもない感想をえへへと語っていた時だ。
 薄暗い路地の角からふっと、数人のチンピラが現れた。
 彼らは、我々を見ると「あっ! いた!」と言った。
 まずこれがそもそもおかしいのだが、この時は気付かずスルーしてしまう。いや、だってね。ちょっと忙しかったの。気持ちが。
 まず一人は見上げるほどに大柄で、そして頭に髪がない。筋肉も付いていそうだが、体質なのか若干もちもちした体型の人族である。
 なぜそれが解るかと言うと、上半身がもろ出しで体に巻き付け布のベルトでしめてある服はほとんど腰布状態だからだ。
 なぜなの。冬よ。
 比較的あったかい島だとしても。
 これだけでも情報が多めではあるのだが、男には連れが二人いる。そのどちらも背の低い、そしてなんらかの獣族だった。
 一方はなんとなく体型のふくふくとしたげっ歯類のように見えたが、しかし着古したガウンのような服の裾から見える平たい尻尾に硬いうろこのようなものがある。
 もう一方は全身がぬるんとした流線型を持つ、多分だがアザラシ的ななにかだと思う。
 しかしトルニ皇国的なガウンっぽい服を着て、ヒレのような後ろ足で立っているので意外にスッとしたたたずまいがあった。ただしバランスはめちゃくちゃ悪い。
 見た感じの情報が多くて逆になにも解らない割に、ガラが悪そうと言うことだけはなんとなく察するチンピラ感が彼らにはあった。
 と言うか、その三人は我々の前でこそっと話し合ってから、こちらに向き直ってくいっとあごを上げ気味にすると「おう、金出せや」とストレートに言った。チンピラである。
 でもダメだ。
 それから小柄な獣族二人が大柄な男の後ろに隠れようとして、せまい路地と男の間にもぎゅもぎゅとふくふくしい体をねじ込んでいるのがおもしろすぎてなにもかもダメ。
 途中で詰まって動けなくなって、尻尾とか足ヒレをびろびろさせて暴れるのやめろ。
「たもっちゃん、私もうこれいくらかお金お包みしてあげたいんですけど」
「わかる」
 まあまあ本気でそう思っちゃっているのもあって、たもっちゃんと私に関してはチンピラたちに絡まれつつもそんな会話をするくらいには余裕があった。
 しかしこの状況に、ガイドの二人は「あ……」と言葉を失うように、なんとも言えない表情を見せる。
 自分の国で自分がガイドを務める客が、危険な目にあいそうになっていることに責任でも感じているのかな。と、思ったら違った。
 いそいそと手持ちの紙にいくらか包み、こちらの文字で表に「ご祝儀」と書き始めた我々に、チンピラたちが戸惑ってチラチラとなぜかガイドの二人をうかがう。あと多分、こう言うお金はご祝儀ではない。
 チンピラたちの視線を受けてガイドの男女は控えめに、しかしぶるぶると首を横に振りなにかを訴え掛けていた。あまりにも不自然なアイコンタクトだが、それも当然。
 彼らは事前に打ち合わせ済みの、金で結ばれたグルだったのだ。

つづく