神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 359

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過去を訪ねてラーメンの旅路編

359 犯罪は割に合わない

 おっさんは別になにも悪くないのだ。
 いや、いきなり泥酔するのはどうかと思うけど。
 自ら酒を浴びるように飲み、我々の思惑通りに翌日の朝まで起きなかったおっさんは酔いがさめて目覚めてのちに、昨日は終日移動だと聞いてたし、自分は荷物と共に運ばれるだけであるので実質休みだと思った。休みの日には酒を飲み、いつの間にか寝て、起きたら次の日と言うのが常なのでなんの疑問も持たなかった。今日から本気出す。
 みたいなことをやたらとまっすぐな表情で語った。めちゃくちゃにごった瞳をしていた。
 しかし、それでもおっさんは悪くないのだ。
 ただ業務命令に従って、我々の船に乗り込んだだけで。
 それは解っていたのだが、ペーガー商会に属するおっさんの目があるために一日が移動でつぶれるのはつらい。
 王都からローバストまで一日で行ければ普通より充分速くはあるが、ドアのスキルなら一瞬なのだ。
 ぐにゃぐにゃのタコみたいになったおっさんを男子たちが苦労して運び、ローバストへ密輸する様をガンバと見守ってしまっていたのはその思いがあったからだろう。
 いや、でもな。密輸と言ってもおっさんを運び込んだのは元々の目的地だったし、自ら持ち込んだ自前の酒を浴びるように飲んで寝始めたのはおっさんの自由意志である。
 我々はほら、その眠りを妨げないよう細心の注意を払いつつメガネとテオが胴体と足をそれぞれ持ってスキルで開いたドアを通ってローバストの家まで運び込んだだけって言うか。
 あとは空飛ぶ船で移動しているはずの時間におっさんが目覚めないように祈り、のちのち証言の食い違いなどが出ないよう村の人の目を避けて家の中に閉じこもりのんびりラーメンなど食べてすごしていただけで。
 テオに片棒を担がせてしまった汚れ仕事はこれで全てだが、実際に担いだのはおっさんの足だし見ようによっては移動時間の短縮におっさんを運んだだけと言えなくもない。
 それをこれほど気に病むテオが、ちょっと繊細で善良にできすぎではないのか。
 と、最初は思っていたのだが実際におっさんをローバストの家に運び込みクマの老婦人のご好意でおばあちゃんたちの部屋のリンデンのベッドにおっさんを一旦置かせてもらい、ダイニングキッチンでラーメンやおやつを食べたり簡単なお手伝いをする内におっさんがいつ起きるかいやそもそも運んでいる最中も本当に起きていなかったのか万が一起きていたのだとしたらなぜ寝たふりをするのかみたいな考えが頭の中でぐるぐるしてしまい、全然気持ちが落ち着かないので多分私も悪事に耐えられる精神構造をしていない。
 あと、冷静になって考えてみると村の人に姿を見られないように移動予定の時間の間は家の中に閉じこもっていたので、不自由に拘束されている意味では空飛ぶ船で移動してるのと大して状態は変わらなかった。
 途中で砂漠のピラミッドまでおいしいものを届けに行ったりはしたが、それはおっさんがいない船室などでドアを開けば普通に船からも行けた気がする。
 犯罪は割に合わないと言うのは、もしやこう言うことなのか。
 私は深い反省と共に、やかましいリンデンを草で眠らせおやつで釣った金ちゃんにえっちらおっちら運んでもらいこの村まで捨てにきた記憶などを薄ぼんやりと思い出し掛けたが、それにはそっとフタをしてリンデンとまだ幼いその子供らとついでにリディアばあちゃんのぶんも王都のお菓子を包んで渡した。

 そして、そんな忸怩たる到着の翌日。
 いつの間に着いたのか全然気が付かなかったなどと言いながら、酔いのさめたおっさんが起き出して朝食の席で酒飲みの言い訳を聞いてから村の食堂へと出掛けた。
 ペーガー商会の意向を伝え、パンをいっぺんに大量に焼く目的で生み出されし大型オーブンをどかどかと厨房へ搬入するためだ。
 でもこれ勝手に置いていいのかなとここへきてやっと思ったが、各所への許可は事前にもらっているらしい。
 我々が人には言えないドアのルートでおっさんを運び入れつつ到着した昨日の段階で村にはいなかったはずの事務長が、今日になったらちゃんといてべろべろだった一日前とは打って変わって急に普通に仕事をし始めたペーガー商会のおっさんとなにやら書類のやり取りをしていた。
 レイニーの魔法で無意味に魔法陣をびかびか光らせるなどしてもらい、なんらかの魔法に偽装して大型オーブンを食堂の中に出現させれば今回のお仕事は完了である。
 あとは冒険者ギルドを通して依頼を受けた時に渡された、依頼完了を証明する紙にフーゴから委任を受けているおっさんのサインをもらって提出すればいいだけだ。
「それでさ、たもっちゃん。我々はこうしてレミの様子をうかがっている訳だが」
「しっ! リコ、声が大きい!」
 たもっちゃんは立てた人差し指を口に当て、鋭く私の不用意さをとがめた。
 我々は村の食堂で、宿屋をかねたこの店のクマの店主が自ら入る厨房前のカウンター席に、背中を丸めて並んで座る。
 そしてその位置からこっそりと、体をひねるようにして増築されて広がった食堂で忙しく働くレミの様子をうかがっていた。
 昨日家から出られずにヒマを持て余していた時もエレやルムやレミたちとも顔を合わせていたのだが、それでは足りないようだった。
 なにが足りないかと言うと、たもっちゃんのガン見のことだ。
「いや、見たんだよ? 一応は。それがさ、エレは小さい頃に脱出したから生まれた国の事あんま覚えてないみたいでさ。ルムもまだ若くて、それでね、聞いて。ほんとはほかにも年上の上司とかがいたみたいなんだけど、その人が死んじゃって途中から護衛がルム一人になっちゃったみたいなの。きつくない? それからは色々レミに相談するようになって、今ではすっかりレミの言う通りにしとけば間違いないみたいな仕上がりに」
「まあ、うん……。自分で考えるのって……しんどいもんな。解るよ……」
 カウンター席でこそこそとガン見で知った新しいことを全部リークしてくるメガネに、私はにぶく相づちを打った。
 ルムは元々、武官なのだそうだ。がっちりとした体格や実直そうな雰囲気はなるほどと思わせるものがあったが、もしかして、彼もまた筋肉で考えるタイプだったのか。
「じゃあレミは?」
「いっぱい難しい事考え過ぎててもう何も解らない」
 ガン見で見ても膨大な関連項目がぶわーっと一緒に出てきてしまい、情報の海で俺迷子、とメガネは途方に暮れて弱音を吐いた。
 我々がエレ、ルム、レミを探っているのは、彼らがホントはどうしたいのか知りたかったからだ。
 我々はこれから、彼らの生まれ故郷を目指し本場のラーメンを探求に行くので。
「あっ、違う」
 王族の血筋であるために命を狙われ故国に戻ることのできないエレと、彼女を守る二人のためになにかできることはないかと探りつつ異世界における本場のラーメンを食べに行く。メインはエレ。ラーメンはついで。
 危ないところだった。思わず声が出てしまうレベルで、うっかり本題を間違えてしまいそうになっていた。
 それはともかく、だから、会いたい人がいるとか、会わせたい人がいるとか、誰を連れてきたいとか、誰の様子を知りたいだとか、考えているとしたらレミなのだ。
 そのためにレミの様子をうかがって、そして結局なにも解らずにいる。
 まあ、人の情報を勝手に見てるこの状況が卑劣すぎる感じはあるのでなにもかも完全に我々が悪い。
 本当はこっそり盗み見たりせず、向き合って話すべきなのだろう。
 しかしながら当方コミュ障、ちゃんと聞ける気がしない。それに、答えてもらえる自信もなかった。
 なんかこう、信頼関係? そう言うの、ないよね。もうなんか、ひとっかけらも。
 我々にできるのは食堂で注文を取り料理を運び食器を下げて手早くテーブルを拭き清めキリキリと働くレミの仕事ぶりをうかがいながら手をこまねくことだけだったし、これはなにもしてないと言うべきかも知れない。
 そんな我々の座るカウンター席にはテオもいて、なんとなく居心地悪そうにメガネや私を苦い顔で見ていた。
 そう言えばメガネのガン見をテオに言ったことあったっけなとふと思ったが、今までも知っているはずのないことをメガネ経由で不自然に知らされるケースは何度となくあったので、なんらかのそれっぽい能力があるってことはすでにバレていそうな気はする。
 いや、私もね? 人のやらかいプライベート部分を軽率に暴くガン見のスキルはどうかと思う部分はあるの。
 でも人間て、本心を見せないこととかあるじゃない? それに、自分や誰かを守ろうと嘘をつくことだってある。深みにはまるとなにを信じていいのか解らなくなるから……それが今回の話に当てはまるかは知らんけど。
 倫理的には解らんが、とにかく話は早いのだ。ガン見で見ると、とりあえず。レミのガードが堅すぎで今回はなんかうまく行かないし、人としてド外道だったとしても。

つづく