神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 214

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回収続行シュピレンの街編

214 聖人

 シュピレンの街にある冒険者ギルドの建物は、土を日干しにしたようなベージュの壁でできている。隣の建物も同様で、裏口に面したせまい路地の足元もそうだ。
 建物と建物にはさまれたすき間のようなその場所は、なんと言うか、こう。ドラマとかだと飲食店の店員が、店の裏からゴミ出ししながら聞き込みにきた刑事を雑に相手にしてそうな場所だ。
 それか、謎のイケメンを拾う系の恋愛もので絶世のイケメンがなぜかゴミ袋の山に突っ込んで意識を失ってそうなシチュエーションと言っても構わない。
 どちらにしても伝わらないような気がするが、自分以外に誰かがいたらとりあえずびっくりするような場所だ。
 しかし、ギルドの建物の裏口近く。細く暗い路地に立ち、雨に打たれてぬれているのはゴミを持った飲食店の店員ではないし、聞き込みの刑事でもなければ、行き倒れた謎のイケメンでもなかった。
 ひたすら汚れた格好の、どうやらホームレスのおっさんだ。
 ぐるりと薄いつばのある古びた帽子に雨を受け、肩から下をびっしゃびしゃにしながらにおっさんは言った。
「旦那様、奥様、よければ……少しで構いやしねえんで。よければどうか、お恵みを」
 こんなストレートに、しかも腰を低くして、金品を要求されたのは意外と初めてだなと思った。
 このおっさんもフェアベルゲンバブルを狙ってきたかと身構えていたが、どうやら普通に物乞いのようだ。もはや普通ってよく解んないけども。
 持ち慣れない大金がポケットにあるせいか、ついつい疑り深くなってしまった。シュピレン通貨は魔道具だから、アイテムボックスに入らない。落としそうでものすごく不安だ。
 最初、おっさんには千シュピを渡した。
 よく考えたら渡さなくてもよかったような気がするが、この時はなんとなく、そう言うもんかとするっと自然に受け入れてしまった。
 汚い格好のおっさんがびっしゃびしゃなのも心配になるし、それでいて絶妙に弱腰な、押し付けない感じなのもよかったと思う。よかったと言うか、そんなんで大丈夫なのかと無関係のこっちまで不安感がすごい。
 この時ちょっとおどろいたのが、我々からお金を受け取るためにおっさんがシュピレン通貨の魔道具を出してきたことだ。
 でも、考えてみれば当たり前だった。シュピレンには貨幣が存在しない。ホームレスでも魔道具を持ち、キャッシュレスで決済しなければ投げ銭を受け取ることもできない。
 理屈は解る。ただ、なんとなく私の気持ちが追い付かないだけで。て言うかあれだね。すごいびしゃびしゃになってるけど、この魔道具って水とか平気なんだね。
 おっさんは、受け取った千シュピと言う額に戸惑った。少ないのかなと思ったら、えっ、こんなに? いいんですか? などとあわてたように言い出した。
 間違いではないことを伝えると、彼は目深にかぶった古い帽子を脱ぐような仕草で少し持ち上げ感謝を示す。
「あなたがたに幸運がありますように!」
 聞けば、おっさんは印象ほど年は取っていなかった。三十をいくつかすぎてはいるが。
 十二の年に見習いを始めて、三年ほど前までフェアベルゲン専門の猟師をやっていたらしい。ただそれも、仕事中にケガをして続けられなくなってしまった。ほかの仕事を探しはしたが、ろくに使いものにならないと次々にクビになり今ではすっかりこの様だ。
 みたいな感じで、ぽつりぽつりと。
 身の上を語るまだ若めのおっさんを、たもっちゃんと私はテーブルいっぱいに並べた料理で接待しながら話を聞いた。
 わかる。接待する意味と訳が解らないのが解る。でも仕方ない。おっさんの素朴さがそうさせずにはいられないのだ。
 我々は、シュピレンの裏社会と言うかあんまり隠れてないえぐい一面をたたみ掛けるように目の当たりにしすぎた。ほとんどギルド長から聞いただけの話ではあるが。
 そんな少し疲れてすさんだ心に、千シュピでも多すぎるかのように戸惑い、心から人の幸運を願える男の素朴さがしみた。
 心が汚れた我々はその素朴さをもっとくれよと貪欲に、おっさんを連れて場所を移した。幸い、スコールに伴う豪雨のために屋外に人は見当たらずなにも気にせず移動ができた。
 また別の適当な路地でレイニーに雨よけの障壁を頼んで、その下にテーブルとイスと料理を出しておっさんに勧める。と、彼がイスに座ろうとする前に衛生観念の申し子であるレイニーが全身を魔法でこれでもかと洗浄し、おっさんは清潔であると言う意味で小綺麗になってすっかり乾いた。
 おっさんは当初、特別なごちそうと言う訳ではないがとにかく品数だけはあるテーブルの料理とやたらと洗浄された自分の姿に「あ、これ内臓取られて死ぬな俺」とばかりにどうしようもなく遠い目をしていた。
 内臓は取らないし、おっさんをどっかに勝手に売り飛ばしたりもしない。
 どんなにそう説明しても、彼はあまり料理に手を出そうとしなかった。横から金ちゃんがひょいひょい取り上げ、子供に分け与えながら食べてたほうが何倍も多い。
 そんな様子を見かねてか、金ちゃんの肩に乗っかった子供が、横流しされた焼きそばパンをにぎりしめどこか一生懸命にホームレスのおっさんに言う。
「おじさん、だいじょうぶだよ。このおじさんはだいじょうぶなんだよ。たべてもおこったりしないんだよ。このおじさんのごはん、おいしいんだよ」
 つらい。
 おっさんを勇気付けようとでもするような、子供のセリフで我々の心のやらかい部分がなんかもうダメ。泣いちゃう。
 それを聞いたおっさんはトロールの肩の子供を見上げ、不器用そうに少し笑った。そしてやっぱり遠慮しながら、もそもそと食事に手を着けて「ほんとだね。おいしいね」と子供を安心させるように言った。
 なにこれ。優しい。おっさんが優しい。うちの子も優しい。なにこれ。ぐう聖。
 さっき声を掛けてきた時に大体の感じで私を奥様と呼んだことだけは引っ掛かっているが、このおっさんに限っては流せる。
 ほのかな幸福を余さず噛みしめるような、よそのおっさんとうちの子供に我々はそっと目頭を押さえた。別に涙は出てないが、とりあえず押さえる格好だけした。
 それに引き換え自分たちときたら。
 人としてのレベルが違う。なりゆきで転がり込んだあぶく銭を守り、ハニートラップ待ったなしの美女たちから逃げ回っているこのていたらく。
 だったら昨日手に入れたシュピをその辺にじゃんじゃかばらまくかと言ったらそんなの絶対に嫌だから、我々は多分聖人にはなれない。知ってた。
 雨が上がるとおっさんは、たもっちゃんが包んで持たせた料理に何度もお礼を言いながら去った。
 テーブルの料理になかなか手を着けようとしなかったのは、どうにか仲間に持って帰りたかったかららしい。おっさん。おっさんマジおっさん。
 おっさんはそうして立ち去る前に、余計なことかも知れないけどとちょっと申し訳なさそうにしながら子供の靴を扱う店を教えてくれた。ほとんど金ちゃんの肩にいるので歩く機会はあんまりないが、うちの子が裸足でいるのが気になったらしい。
 帰りには教えてもらった店に立ちより、サンダルもいいかなと悩みつつ最終的には軽い革で作られた小さな長靴を選んで買った。
 この街は突然の雨も多いし、サンダルでは子供の足が熱い路面でやけどしてしまうかも知れないと。強く力説したレイニーは自分にもかかとの高いブーツを買ってすぐ履いた。
 長靴をちょっとだけかぽかぽさせながら、雨上がりの道を歩く子供と代わるがわる手をつなぎブーゼ一家の屋敷へと戻る。

 帰ってすぐに、たもっちゃんとレイニーと私。金ちゃんと、その膝にちょこんと座った神妙な顔をした子供。
 そしてナワバリコロシアムと言うか闘技会までは大事にされているらしい、我々の留守中も無事だった様子のテオを加えてブーゼ一家の屋敷の部屋で緊急会議が開かれた。
「では、第一回、今日会ったどう見てもホームレスなのに聖人感の止まらないおっさんをどうにかしてまともな職に就かせたいけど我々にはツテもないのでそこら辺をどうしたものかざっくり考える会を開催します!」
「……一応聞くが、お前達はおれを心配してここまで付いてきてくれたんだよな?」
 高らかに会議の開催を宣言したメガネに、テオは複雑そうな顔で言う。
 いや、あきらめたならそれでいい。この状況は自分で選んで決めたこと。助けて欲しい訳じゃない。だが、一応、止めても付いてきたのはそう言う話だったよな、と。
 なんとも言えない表情のテオに、私たちはそっと顔をそらした。
 それは、ほら……ちょっと横に置いてるだけだから……テオの購入目的がすごいはっきりしすぎてて、闘技会が終わるまでどうにもなんない予感しかないだけだから……。忘れてる訳じゃないから……合法的にテオを取り戻す手段が全然思い付かないだけで……。
 確かに見知らぬおっさんを、テオより先にどうにかしようとしているけども。ごめん。

つづく